第二十九話 まったり、まったり、まったりな日
新章ですが、閑話的な感じでまったりしてます。
そして、祝 三十話!といつも通り自分で言ってみる(笑)。
九月に入ったからといって弥勒の生活が劇的に変わることはなかった。強いてあげるならアルバイトの給料が入ってくるので、生活支援の対象から外れることになったということだろうか。
所詮アルバイトなので金額自体はそれほど高くはないが、一人――と一羽――で暮らしていくことは可能であった。もちろん田舎ならではの生活必需品の物価が安いという利点や、夕食の大半を四谷家でお世話になっているので食費が抑えられている、ということがあって初めて成り立っている状況である。
弥勒の当面の目標としてはスポーツタイプの自転車の購入資金を貯めることだが、大食らいがいるため先は長そうだ。
早番のアルバイトが終わり役場の駐輪場へと向かうと、人垣ができている一角があった。
「ほら雀さん、おやつだよ」
と、集まってきている人々から餌付けをされているのはジョニーである。この光景もすっかり見慣れたものとなってしまった。人見知りしない真ん丸雀はあっという間に駐輪場のアイドルとなってしまい、半ば名物となりつつある。彼を見にやって来るお年寄りも多いそうで、そうした人たちの健康維持にも役立っているとか。
「おや弥勒さん、もう帰る時間かね?」
当然主人である弥勒も顔なじみになっている者が何人かいて、今話しかけてきたのもそういった者たちの一人だ。
「今日は特に用がないので、もうしばらくは構わんよ」
そう返すと彼らの好きにさせることにした。あんな寂しそうな顔をされたら終わりだとは言い難い。そんな弥勒の心情を察したのだろう、ちょっと申し訳なさそうな顔をしてから「ありがとさん」と言い残してジョニーを囲む輪の中に戻っていった。
それに多少待つことにはなるが、弥勒にとってもここで大量におやつを食べさせておけばジョニーの食費を減らせる、というメリットがある。食い意地の張った雀にはご飯を抜くという選択肢はないので、夕食代がゼロになることはないのが難点ではある。
しかしそこはちりも積もれば山となるで、千里の道も一歩からだ。節約できる所から節約していくべきなのである。
そんなことを考えながら弥勒は近くにあるベンチに腰を掛ける。建物の陰であり、植えられた木の下であるせいか、この時期――残暑厳しい九月初旬――、この時間帯――昼下がりで気温が一番高くなる午後二時――の割には涼しい。蚊を始めとした虫が多いことさえ我慢すれば、それなりの優良物件である。
「弥勒さんじゃないか」
横合いから呼び掛けられたのは、湧き上がってきた眠気に身を任せようかと思案していた時だった。
「ん?おお、フタバではないか。こんな所で会うとは珍しいな」
「うちは役場にも何台か納品しているんだよ。それで急に調子が悪くなったから見に来てくれって連絡が入ってな。急いでやってきたって訳だ」
無理矢理眠気を振り払い、振り返った先にいたのは弥勒の愛車、青龍号を購入元である〈フタバサイクル〉の主人だ。ちなみに週に一度は青龍号のメンテナンスと称して顔を出していたので、すっかり仲良くなっていた。
「ああー、これは大分痛んでるな……。自分の持ち物じゃないからって荒い乗り方をする奴が多過ぎる。ちょっとは弥勒さんを見習ってもらいたいもんだぜ」
「褒めたところで何も出ないぞ。……まあ、金が貯まったらスポーツタイプの自転車を買うつもりではいるが」
「へへっ。それが分かれば褒めておくのに越したことはないさ」
軽口を叩きながらも作業する手は澱みない。弥勒はこうした作業風景を見るのが好きで、元の世界で魔王だった頃から職人の所をふらりと訪ねては見入っていたのだった。そして
「……弥勒さんよ、そんなにじーっと見られていたら、やり難いんだけどな」
と、言われるのもまた常であった。
『ふいー。腹はいっぱいだし、飛ぶ必要もない。極楽、極楽っすねー。これもオレの魅力の成せるわざっすか、色男はつらいっす』
と青龍号の前籠でいい気になっているジョニーを、うざっ!と思いながらも何とか心の内に留め置く。それにしてもジョニーが景気良くおやつを貰っていたのを見ていたので、小腹が空いてきてしまった。余り遠回りにならない位置で、丁度良い寄り道になりそうな場所はないものかと脳内検索をしてみる。
「久しぶりにあそこに寄ってみるか」
呟いて、すぐそばの脇道へと方向転換をする。数分かけてたどり着いたのはコンビニだった。元酒屋さんなので常備している酒の種類が多い、というのは克也からの情報である。夜な夜な買いに来ては一人で晩酌をしているのだそうだ。
「いらっしゃいませー」
店員の元気な声に迎えられて、店内を物色して回る。夏休みが終わったからか、たむろしている子どもたちもおらず、店内はいたって静かだった。
一月ほど前は遊びに来る子どもたち用のお菓子やジュースを買うためによく利用していたのだが、最近はお菓子持参でやって来るようになったので、すっかり足が遠のいてしまっていた。例の事件で菜豊荘の住人を疑ってしまったような形になったので、親たちが気にして持たせているらしい。
こちらとしてはもう終わったことなので止めさせても良かったのだが、お菓子のチョイス自体は子どもたちに任されていて、それを楽しみにしているということなので、好きにさせることにしていた。
とりあえず夕食までの繋ぎになればいいので、おにぎり――今日はしっとり海苔の鳥おこわの気分だ――を一つとペットボトルのお茶――当然のように緑茶だ――を一本購入する。思えばこの組み合わせにもすっかり慣れてしまったものである。苦笑しながら青龍号に乗ると、一路菜豊荘を目指す。
ゆっくりとペダルをこぎながら、少々気は早いが弥勒は車上で今日の夕飯は何だろうと思いを巡らせるのだった。
次回から本格的な魔法の話が始まります。
せ、設定考えないと……(汗)。




