紳士クラブ
紳士クラブというのは女性禁制の、男性が羽を伸ばす社交場である。
その中でもヴィルが通うクラブは、国内の選ばれし貴顕紳士のみが立ち入りを許可される、もっとも上品な集まりなのだろう。
中央街の閑静な場所に位置する、三階建ての建物がそうらしい。
ドキドキしながら中へと入る。
出入り口の扉の前には守衛がいるが、ヴィルは顔パスだった。
お付きである私は見とがめられると思いきや、通ることができたのでホッと胸をなで下ろす。
会員でない私まで入れるのは、ヴィルが信用されている証なのだろう。
入ってすぐに老紳士が待ち構えるように立っていて、にこやかな様子で会釈する。
「お帰りなさいませ、ヴィルフリート様、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」
この紳士クラブのコンシェルジュなのだろう。
彼も私について聞くことなく、通してくれた。
内部はフロアによって、目的が分かれているようだ。
「一階は茶や軽食を楽しむ場だ」
そう言ってヴィルはフロア内に入っていく。
中は洗練されていて落ちついた喫茶店のような雰囲気である。
円卓とカウンターがあって、皆、各々お茶とお菓子を楽しんでいるように見えた。
私達がやってきても、誰も気にする素振りはない。
これが貴顕紳士の余裕なのか! と思ってしまう。
「知り合いはいないようだ。二階に行こう」
「はい」
階段を上って二階に向かう。
「ここは酒と食事を楽しむ場だ」
ただし、酩酊するまで飲むのは禁止。
あくまでも嗜む程度に飲むことを推奨されているようだ。
先ほどの静かな一階と異なり、二階は賑やかである。
けれども品よく談笑している、レベルの盛り上がりだ。
ヴィルは知り合いを発見したようで、声をかける。
「ユルゲン・フォン・ウリブル、少しいいだろうか?」
「ヴィルフリートじゃないか! 久しぶりだな」
眼鏡をかけたユルゲンと呼ばれた男性は、なんと魔法学校の先輩らしい。二つ年上らしく、ヴィルと親しい様子だった。
「珍しいな、使用人を連れているなんて」
「社会勉強をさせるよう、彼の親から頼まれただけだ」
「お前は相変わらず、面倒事を断れない気質なんだな」
「そんなことはない」
ヴィルの面倒見がいいのは以前からだったようだ。
ウリブル先輩は私をひょっこり覗き込むと、ニコッと微笑みかける。
「彼、ヴィルフリートは優秀な後輩でね! 監督生時代は、いつも助けてもらっていたんだ」
ヴィルは「そういう話をしにきたんじゃない」と少し迷惑そうに言う。
私はそういう話をぜひとも聞きたいのだが。
残念ながら目的は別にあるのだ。
ウリブル先輩は人払いをしたあと、真面目な表情でヴィルに話しかけてくる。
「それで、どうしたんだ?」
「ツィルド伯爵の屋敷で夜会が開かれるようなのだが、招待状を余らせていないかと思って」
「ツィルド伯爵といえば仮面舞踏会か。あれはよくない集まりみたいなのだが、ワケアリなのか?」
ヴィルはこくりと頷く。
「残念ながら、私は招待を受けたことがなくてね」
「まあ、そうだろうと思っていた」
ヴィルは最初から、ウリブル先輩が持っているかもしれない招待状が目的ではなかったらしい。
「顔が広い先輩なら、招待を受けた者を知っていると思って」
「さすがだな。実は持っていそうな人物を、一人だけ知っている」
「誰だ?」
「アンスガー・フォン・フィーリッツ」
「ああ、あの問題児もここに出入りできるのか」
「そのようだ」
アンスガー・フォン・フィーリッツというのは、魔法学校を退学処分になった、ヴィルの同級生らしい。
「彼は三階の遊戯室にいるよ」
「わかった」
そんなわけで、私達は三階の遊戯室を目指すこととなった。




