工場にて
渡された棍棒は思っていたよりも重たく、ずっしりしていた。
ただ叩くだけではなく、繊維を取り除かないといけないので、思いのほか繊細な作業だった。
四方八方から、どん、どん、どん、と繊維を叩く音が聞こえる。
皆、会話もなく、黙々と作業を続けていた。
もしも叔父ならば、黙っていられないのではないか、と疑問に思う。
また同じ作業を続ける集中力もないはずだ。ここではなかったのか。
こうして作業の輪に加わると、周囲にいる人達が男か女か、というのはわかった。
事前に聞いていたとおり、ほとんど女性である。
十人中、男性は一人いるかいないか、くらいの印象だった。
二時間後、休憩時間となる。作業着を脱いで、皆が行く方向へついていった。
この時間はお昼休みも兼ねているようで、休憩所兼食堂には昼食として蒸かしたジャガイモとミルクが置いてあった。すでに取り分けられており、各々取って運ぶシステムのよう。ミルクは瓶入りで常温である。大丈夫なのか、と少し心配になった。
一見してシンプルな食事だが、お皿の上に大きなジャガイモが三つも載せられ、バターと塩が添えられる。なかなかのボリュームだった。
空いている席に腰掛けると、隣にいた女性に話しかけられる。
「あんた新入り?」
「ええ」
年頃は二十歳前後か。好奇心旺盛そうな瞳が印象的な女性は、ヘルタと名乗る。
「あたしはけっこう長いよ。一ヶ月くらいかな」
なんでも単純作業な上に給料は安価、食事が貧相だということで長続きしないらしい。
基本日雇いなので、二回目以降はやってこない人が大半だという。
「中にはもっと稼ぎがいい仕事があるって教えてくれる人もいるんだけれど、あたしは身分証を持っていないからさ!」
「そうなの?」
「ああ、飲んだくれの親父が酒を買うために売ってしまったのさ」
なんとも気の毒な女性である。
ただ身分証を売るというのは法律違反で、あってはならないことだ。
「そういうの、騎士隊に相談したらなんとかならないの?」
「騎士サマが親父をしょっ引いてくれたらいいんだけれど、身内がしたことだから、相手にしてくれないだろうね」
「そうかしら?」
会話をしつつ、ジャガイモをいただく。
モソモソした食感のジャガイモだからか、呑み込むときにミルクが必要だった。
そんなジャガイモだからか、ヘルタは潰してミルクをかけ、バターと塩で味付けするという方法で食べていた。私も真似してみたら、おいしくいただけた。
「一ヶ月もいたら、ジャガイモの効率的な食べ方もマスターしているわけ」
「さすがだわ」
いろいろ話しているうちに、ヘルタはお金を貯めて実家を出る計画をしていることを聞かせてもらった。
「いつか独り立ちして、家を借りることが夢だったんだけれど、ついに叶いそうなんだ」
「あら、よかったわね」
「ああ」
お金が貯まったのかと聞くと、そうではないという。
「あたしの稼いだお金は親父が奪って、酒にしてしまうんだ。どこに隠しても、めざとく見つけてしまって」
使われないように持ち歩いていても、無理矢理奪ってしまうのだとか。
なんて酷い父親なのか、と思う。
「でもあたし、今度結婚するんだ」
「まあ!」
婚約者と一緒に暮らすので、家を出ることができるらしい。
「だから最近は婚約者に稼いだ金を預けているんだ」
「そ、そうなの……?」
婚約者にお金の管理を任せるというのは普通ではないが、父親が使い込んでしまうのならば、預けていたほうが安全なのかもしれない。
なんて考えていたら、ヘルタは衝撃の言葉を口にする。
「婚約者がもっと稼げる仕事があるから、紹介してくれるって言うんだけれど、どう思う?」
その仕事というのは、花街で春を売ることだった。




