ミュラー男爵の過去①
少し長くなるかもしれない。
そう前置きをしてから、ミュラー男爵は話し始める。
ブランド・フォン・ミュラー。
ミュラー商店の商会長で、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで頭角を現す商会の一つとなっている。
商会長でありながら男爵の爵位を持ち、本人はレヴィアタン侯爵よりも体が大きい、戦う人のような出で立ちをしているという、商人としては不釣り合いな姿をしていた。
さらに、血縁関係にないエアの後見人となっており、異常なまでの庇護欲を示している。
いったいなぜ、ミュラー男爵はそこまでするのか。
その謎が今、本人の口から明かされる。
「私の本来の名は、ブランド・フォン・アーベル」
それを聞いて、レヴィアタン侯爵が反応する。
「貴殿はまさか――!」
どうやらミュラー男爵となる前の名に聞き覚えがあったらしい。
ミュラー男爵はレヴィアタン侯爵の視線から目を逸らし、続きを話す。
四十五年前、アーベル子爵家の三男として生まれたミュラー男爵は、自らが継承すべき財産や爵位がないことから、騎士を目指して鍛錬を続けていたという。
十五歳のときに正騎士となったまでは順調だったが、そこから厳しい日々の連続だったという。
「騎士というものは、家の格式が物を言う組織なんです」
有名な門閥家出身の者ほど、特に何も成し遂げていないのに出世していく。実力なんて関係ない。重要なのは実家の支援と家柄。騎士隊とはそんな組織だという。
「どれだけ努力をしても実らず、同期の騎士がどんどん出世していくのを眺めるばかりでした」
けれどもミュラー男爵は日々の鍛錬を怠らなかった。
いつか認められるはず、なんて前向きな感情からではなく、騎士として生きる道しか知らなかったからだと語った。
けれどもミュラー男爵の努力が実るような出来事があった。
それは二十年以上も前、国王陛下の結婚が決まり、ルームーン国の王女が輿入れすることとなる。
そのさい、王妃となる王女の近衛部隊が作られることとなった。
アルテミス・ド・レナルド=サラ・ルームーン。
レナ殿下の母君であり現王妃である女性は、自らの近衛部隊の隊員となる騎士の要望を出した。それは家格に関係なく、強い騎士であること。
その条件によって選出が始まり、トーナメント戦が行われることとなった。
参加を命じられた騎士の中でもっとも強かったのが、ミュラー男爵だったというわけである。
結果、ミュラー男爵は二十三歳という若さで、未来の王妃の近衛部隊に選出され、さらに隊長を任されることとなったのだ。
王妃となった女性は控えめな見た目から想像できないくらい、強かな女性だという。
さらに人格者で、侍女から騎士の末端まで大事にするような、心優しい女性だった。
王妃殿下はミュラー男爵を信頼し、常に傍に置いた。
騎士という職業に希望なんて見いだせなかったミュラー男爵だったが、王妃殿下の存在が光となっていたようだ。
「何があっても、王妃様のことは守る。この命を散らしても――その当時はそんなことまで考えていました」
ミュラー男爵の忠誠心は本物だったのだろう。
ただずっと、過去形のように語っていたのが引っかかる。
いったいどうしてなのか。
それはこのあと語られるのだろう。
結婚から数年後、懐妊が明らかとなる。
国中が祝福ムードに包まれた。
「王妃様はお体が弱く、子どもができるか心配していらっしゃったんです」
そのため、妊娠がわかったあと王妃殿下は本当に幸せそうだったという。
「永遠に、その時間が続くものだと思っていましたが」
出産日に、とんでもない事件が起こったという。




