ヴィルのやる気
「明日から学校にいくつもりだ」
えっ!? と声をあげそうになったものの、喉からでる寸前で我慢した。
このソフト軟禁されている中、学校にいくことなど許してくれるのだろうか。
「もうすぐ乗馬大会があるだろう? 申し込みをしなければならないと思って」
「出場されるのですか!?」
ついつい、大きな声で反応してしまう。
「どうした?」
「いえ、その、事故に遭ったばかりなので、参加は許されるのですか?」
理事が反対でもしてくれたら、こちらとしては万々歳である。
ジルヴィードも納得してくれるかもしれない。
「誰が反対するというのだ?」
「その、父君とか国王陛下とか」
乗馬大会はたしか、保護者の同意がないと参加できないはず。そんな内容が掲示板にあったポスターに書かれていたのだ。
「参加同意書は事故に遭う前に父からもらっている」
「そ、そうだったのですね」
仕事が速い親子だったわけだ。
「なんだ、私が参加するのが嫌そうに見えるが」
「いえいえいえ! 不可解な事故に遭ったばかりですので、何かあるのではないかと不安で」
「さすがに学校内で悪さなどできないだろう」
たしかに、魔法学校内は国内最強クラスの強力な結界が展開されている。この世のありとあらゆる悪意を跳ね返すものだと聞いていた。
ヴィルの言うとおり、さすがに魔法学校内で犯行には及ばないだろうが……。
「その、なんていうか、ヴィル先輩はこういう皆の注目を浴びるイベントになんて興味ないと思っていました」
「これまではそうだった。けれども乗馬大会は婚約者がいる者にとって、とても名誉な催しだからな」
名誉というのは、優勝者が婚約者と共に壇上に上がり、勝利の喜びを分かち合うというものだろう。
「そのー、ではこれまでは参加はされたことはなかったのですか?」
「ああ、今年が初出場になる」
さらに乗馬大会自体も直接見に行くことはなく、監督生室で中継のような映像を見るばかりだったとか。
「実家にいる魔石馬は毎年やる気があったようだから、今年は喜んで参加するだろう」
「魔石馬は各自愛馬を連れてやってくるのですか?」
「まあ、そうだな」
もちろん魔法学校側から魔石馬を貸してもらえるようだが、ガチ勢の参加者はそれぞれ愛馬と共に挑むようだ。
「えーっと、その、乗馬大会について詳しい話を把握していないのですが、生徒手帳にあるものをここで読んでもいいですか?」
「ああ、構わない」
迷惑にならないよう素早く読み進める。
乗馬大会――それは魔法学校の創立から続く伝統的なイベントで、婚約者がいる者は二人三脚で頑張る催しだ。
「こ、婚約者がいる者は二人三脚で頑張る、ですか!?」
「ああ。練習時のサポートを務めるらしい」
魔石馬の走りを観察し癖を指摘したり、参加者を揮い立たせたり、作戦を考えたり。
まるで監督がするようなことを行うようだ。
「でもこれ、ある程度知識がないと難しいのでは?」
「まあ、乗馬は貴族の嗜みだからな」
学生時代から婚約を結んでいるような家柄の者達は、乗馬を日頃からやっていると。
「私、エルクにしか乗ったことないです!」
エルク――雪国に生息するトナカイみたいな生き物である。
馬の飼育はしておらず、移動手段はエルクが牽くソリがメインなのだ。
「まあ、その辺に関しては心配いらない。私が自分でするから」
「でしたら私は不要ですよね?」
「いや、応援だけでもしてくれたら、これ以上なく嬉しい」
「わあ、なんて謙虚なお方なのでしょう」
ヴィルの参加は避けられず、私は乗馬大会期間中は彼を応援しなければいけないらしい。
優勝しなければいいなどと思うものの、彼はきっと優勝するだろう。そんな気がしてならなかった。
ヴィルは私の手を握り、にっこり微笑みながら言った。
「ミシャ、そこまで気負わなくていい。私はミシャが婚約者として傍にいてくれるだけで嬉しいのだから」
「は、はあ」
とんでもない状況に追い込まれてしまった。冷や汗が止まらない。
そんな中で私は引きつった笑みをヴィルに返したのだった。




