怒り
「そもそも、魔法学校で開催される乗馬大会のあれこれについてよく把握していましたね」
「さっき女子生徒達が教えてくれたんだ~」
なんでも皆、自分の婚約者が馬術大会に出るからと言って、キャッキャと楽しんでいたらしい。その場にジルヴィードが居合わせ、どうかしたのかと聞いていたのだとか。
「ジルヴィード先生を慕う女子生徒達に囲まれているものだと思っていました」
「だったらよかったんだけどねえ。みんなかわいい娘達ばかりで、結婚したいなと思うくらいだったんだけれど、残念ながら婚約者持ちみたいでさ~~」
現代日本であれば教師が口にしたらアウトな発言である。
いいや、魔法学校でも生徒をそういう目で見るのはだめだろう。
「まあまあ、何はともあれ、優勝者は婚約者を壇上に呼んで自慢するみたいでさ。そこに君が登壇して、こっぴどくヴィルフリート君を振って婚約破棄してくれたら、それはもう傑作になるだろうなと思ってね!」
我が耳を疑うような発言である。悪魔かと思った。
「よくそんなことを思いつきますね」
「でしょう? でもさー、国家間の大問題になるよりはいいと思わない?」
それはそうだが、その命令だと私はいいとして、ヴィルが公衆の面前で恥をかくことになる。
まさかそれがジルヴィードの真なる目的なのでは? と思ってしまった。
「この件に関しては口外禁止だから。筆談とか読唇術とか、ダイイングメッセージとかもだめだからね!」
「筆談と読唇術はともかくとして、ダイイングメッセージは私が死んでいるじゃないですか」
「あははは、そうそう! いいねえ、面白いねえ」
「面白くありません!」
なんだかリジーやルドルフとは別の方向で、喋っていると疲れる男性だ。
一刻も早く彼と別れて教室に戻りたくなった。
「あ、そこの使い魔にも口止めしていてよ」
「ジェムは無理です。自由気ままな子ですから」
「ええ~、自分の使い魔なのに?」
「気まぐれで契約してきたので、言うことを聞かないときもあるんです」
「へ~~って、なんかいつもよりかなり大きくない?」
「ええ、普段よりは少し……」
まんまるとしたジェムの影が私を覆っていることに気付き、違和感を覚えて振り返ると、先ほどよりもかなり大きく膨らんでいた。
色も水色から赤く染まっている。もしかしたらジルヴィードに対して怒っているのだろうか。こんな反応を見たのは初めてである。
「ジェム、落ち着いて! いつもの大きさに戻りなさい!」
そう言ったのに、ジェムはスーーっと空気を吸い込んでさらに大きくなっていく。
「わあ、君の使い魔、どうなっているの!?」
「わかりません!!」
こうなったら私でも手が付けられない。ホイップ先生を呼んでこようか、なんて考えているところにまさかの人物がやってくる。
「ジルヴィード、何をしているのですか?」
取り巻きの女子生徒達を従えて登場したのは、エルノフィーレ殿下であった。
巨大化し続けるジェムを気にすることもなく、冷静な様子でジルヴィードを責め立てる。
「今日、腹痛で休むと聞いていましたけれど」
「いや、なんだかよくなったからさー、午後の授業だけでもやろうかなと思って」
「今日まで試験期間だということを、ご存じなかったのですか?」
「あー、ご存じなかったかも」
そしてエルノフィーレ殿下は間髪入れずに「ここで何を?」と問い詰める。
「彼女と世間話をね、していたんだ?」
「使い魔がずいぶんあなたに怒っているようですけれど、何か失礼なことを言ったのではないのですか?」
「そんなことないよー。全人類、もれなくリスペクトしているから!」
「それはそれで不誠実なのでは?」
エルノフィーレ殿下に言い負かされたジルヴィードは、「あ、用事を思い出した!」と言って去って行く。
そんな彼を見ながら、エルノフィーレ殿下は「はあ」とため息を零していた。
「あの、エルノフィーレ殿下、助けてくださって、ありがとうございました」
「いいえ、お気になさらずに」
なんでもエアが腕組みしつつ校庭を眺めている姿を、エルノフィーレ殿下は不思議に思ったらしい。どうかしたのかと問いかけると、ジルヴィードと私が揉めているように見えたので助けにきてくれたようだ。
「あ、エア!」
教室のほうを見上げると、エアらしきシルエットを発見した。手を振ると、すぐに振り返してくれる。
「それで、ジルヴィードと何かあったのですか?」
「あ、いえ、そのー、女子生徒相手にでれでれしていたように見えたので、監督生として注意をしにいったんです」
「まあ、そうだったのですね」
心の中でジルヴィードごめん、と謝罪した。
しかしながら私に口止めした彼が悪いのだと思うことにしておく。
その後、エルノフィーレ殿下と別れ、教室に戻ってエアに感謝の気持ちを伝える。
ジェムもジルヴィードがいなくなったからか、元の大きさに戻っていてホッとした。
「エア、ありがとう! エアのおかげで、エルノフィーレ殿下に助けてもらえたの」
「それはいいけれど、大丈夫なのか?」
「何が?」
「ジルヴィード先生と言い合いをしているように見えたけれど」
「あーーーー、うん、あの人とは死ぬほど気が合わないみたいでね」
今度、ほとぼりが冷めたら事情を話すよ、と言っておく。エアは深く聞かずに「わかったよ」と言ってくれた。




