逃走、そして
一目散にヴィルと落ち合う場所まで駆けていく。ルドルフがしつこく追いかけてくる様子はなかったので深く安堵した。
すでにヴィルはやってきていて、息づかいが荒い私を見て驚く。
「ミシャ、何かあったのか?」
「ルドルフが話をしたいって言ってきたから、逃げてきたんです」
「なっ――」
ヴィルの形相が一瞬で怒りに染まる。
「ミシャにいったいなんの用事があるというのだ」
「たぶんリジーが教室にいなかったから、事情を聞き出したかったのかもしれません」
そういう話はホイップ先生からも聞けるというのに……。
「ミシャ、放課後にその者を呼びだそう。私も同席するゆえ」
「え、どうしてですか?」
「そうでもしないと、あの男はミシャにつきまとうだろうが」
たしかに何度もルドルフと追いかけっこをするのは得策でない上に、私のストレスも溜まってしまうだろう。
「もしもミシャが会いたくないというのであれば、私ひとりで話をつけるが」
「いいえ、私も会います」
ルドルフは変に頑固なところがあるので、私から直接伝えないと信じないだろう。
婚約をしていたときは、彼のそんな部分をひたむきで真面目だと思っていたのだが。今は厄介だと感じるばかりである。
「なんというか、いろいろ巻き込んでしまって申し訳ありません」
「気にするな。婚約者として、当然の務めを果たしているだけだから」
「ありがとうございます」
召喚の魔法巻物でヴィルを呼ばなかった件に関しても反省した。
「逃げることを先決したのだろう? まあ、二階からの逃走は褒められたものではないが、ミシャにはジェムがついていたからな」
ヴィルが「よくぞミシャを守った」と褒めるので、ジェムは当然だとばかりにチカチカと点滅していた。
「ヴィル先輩を召喚できる魔法巻物はジェムに預けていたので、その、すぐに使えるようにポケットなどに入れておきます」
「そうしてもらえると助かる」
そこで話は終了となった。
ヴィルに「どうしてすぐに呼びださなかったのか!!」と怒られるものだと思っていたのでビクビクしていたものの、そうではなかったのでホッとした。
「ミシャ、食事にしよう」
「はい!」
本日もヴィル特製のお弁当をいただく。
ヴィルの周囲を取り巻くリス達が、大きな葉っぱを重ねてピクニックシートを作ってくれる。その上に腰を下ろさせてもらった。
「え、温かい!」
よくよく葉っぱを確認したら、表面に呪文が書かれてあるのに気付く。
「暖房みたいな魔法がかかっているんだ! すごい!」
リス達が自主的にかけてくれた魔法だという。なんて賢く、優しい子達なのだろうか。
盛大に褒めると、嬉しそうにチチチと鳴いていた。
どんぐりが好きだというので、今度どこかで拾ってきてあげよう。
ヴィルは保温効果のある魔法瓶からレンズ豆のスープをカップに注ぎ入れてくれる。ほかほかと湯気が上がり、温もりが心を落ち着かせてくれた。
メインはバゲットにオムレツを挟んだという斬新な一品だ。
「ミシャが教えてくれたオムレツがあまりにもおいしいので、パンにも合うのではないかと考えたバゲットサンドだ」
バゲットにはオムレツの他、葉野菜とスライスしたトマトが挟んである。
さっそくいただいた。
オムレツにはチーズが入っていて濃厚な味わいである。ヴィルの言うとおりバゲットとよく合う。葉野菜は新鮮シャキシャキで、甘いトマトはケチャップ代わりの役目を果たしているようだった。
「とってもおいしいです!」
「よかった」
スープも最高で、恐怖で冷え切っていた心まで温まったような気がした。




