夜になり
その後も私は夜まで覚醒せずに眠り、夕食のいい匂いで目を覚ます、という贅沢な目覚めだった。
「ミシャ、具合はどうだ?」
「おかげさまでよくなってます」
お昼の段階で大分よくなっていたのだが、ぐっすり眠れたのは日々の疲れが溜まっていたのかもしれない。
ヴィルは起きたばかりの私にショウガシロップのお湯割りを用意してくれた。
ショウガがピリッと効いていてとてもおいしい。
「これもミシャが陛下のために作ったものの中で、陛下がとてもおいしいと言っていたんだ」
夕食も陛下用の療養メニューからピックアップしたものを作ってくれたらしい。
ジャガイモと鯖のクリーム煮込みに、スープリゾット、鶏肉と野菜の包み焼き、フルーツのシロップ煮などなど。
ジェムが寝台にテーブルを作ってくれたので、ヴィルと一緒にいただく。
まずはスープリゾットからいただく。
「とってもおいしいです!」
「よかった」
お昼のスープの残りにトマトペーストを混ぜて作ったアレンジ料理らしい。
トマトの酸味が食欲を刺激してくれる。
他の料理も絶品で、ヴィルの料理の腕に舌を巻いてしまった。
「料理を覚えてよかった、と今日ほど思った日はないだろう」
「まさかヴィル先輩に看病してもらう日が訪れるなんて、夢にも思っていませんでした」
「額に当てる布なども用意していたんだがな」
氷水を作り、浸した布を額に置いて熱を冷まそうとしてくれたようだが、ジェムがどいてくれなかったらしい。
「ジェムとしばらく睨み合っていた」
「ふたりして、いったい何をしているのですか……」
眠っている間にそんな攻防があったなんて。相変わらずジェムはヴィルをライバル視しているようだ。
食後は生のリンゴをカットして入れたフルーツ紅茶を淹れてくれる。至れり尽くせりだった。
すっかり元気になったので、こうなってしまった事情について打ち明けた。
「その、朝、いろいろありまして」
「ジルヴィードが教師としてやってきた件か?」
「まあ、はい」
接触があったのかと聞かれたので首を横に振る。
「彼ではなく、えーー、そのーー」
気まずい。非常に気まずい。
元婚約者を目撃して倒れそうになるくらい具合が悪くなるなんて、ヴィルに言いたくなかった。
けれどもヴィルに迷惑をかけた上に、ルドルフがジルヴィードの助手として魔法学校に出入りする以上、説明しておいたほうがいいのだろう。
勇気をかき集めて事情を説明する。
「実は元婚約者のルドルフが、サーベルト大公家子息の助手としてやってきたようで」
「なんだと!?」
ヴィルから表情のいっさいが消え去る。
「まさかミシャを追ってきたのか!?」
「それはないと思います。おそらく偶然です。もしかしたら私ではなく、リジーを追ってきた可能性のほうが高いかと」
リジーはツィルド伯爵の養子になるため、ルドルフを捨てたと話していた。
きっと突然、一方的に別れを切り出されただろうから、未練もたらたらだろう。
「誤解がないように説明しておきますと、私は彼に対してなんの感情も抱いていません。その辺に落ちているゴミや埃よりも、興味がないと言っても過言ではないでしょう。ただ、彼が私の世界に再び入ってきたことが嫌だった、と言えばいいのか……。すみません、上手く説明できなくって」
「大丈夫だ、わかっている」
ヴィルは私をそっと抱きしめ、背中を優しく撫でてくれる。
「何も気にすることはない。ジルヴィードが担うのは二学年から選択可能な専門的な学科ゆえ、ミシャが授業を受けることもないだろうから」
宝石魔法が専門だと言っていたか。
「あの、宝石魔法というのはどういうものなのですか?」
「宝石にある魔力を使って発動させる魔法だな」
「わあ……」
富の象徴のような魔法があるなんて……。
さすが、サーベルト大公家のご子息が使う魔法だと思った。
ヴィルの言うとおり、私にご縁がない科目のようでホッと胸をなで下ろした。
「もしも元婚約者とやらがミシャに接触してこようとしたら、すぐにでも魔法札を使って私を召喚するように」
「は、はあ」
ヴィルを呼びだすような事態にならないよう、ルドルフに発見されないようにしなくては。そう強く思ったのだった。




