リジー捕獲大作戦!
そこには我が目を疑うような光景が広がっていた。
「ここでの支払いはすべてあたくしの〝お父様〟が行うから、好きに飲んでいいんだよ!」
「おおおおお!」
「さすがリジー様!」
「太っ腹だぜえ!」
リジーは夜遊びを禁じられていたはずだ。それなのにツィルド伯爵へのツケでお酒を飲むなんて。
というか、これが彼女の話していた〝婚約お祝い会〟?
周囲を取り囲む男性陣はとてもではないが、貴族には見えない。
一応、仕立てのいい服を着ているものの、大金をはたいて買っただけで、着せられているようにしか見えない。
もしかしたら貴族というのは生き方なのだろう。
背筋をピンと伸ばし、優雅な礼儀作法や言葉遣いを操り、人々の模範となるような者が真なる貴族なのだ。
彼らは貴族なんかではない。貴族の皮を被った何かなのだ。
「ふふ、思っていたよりもあっさり見つかったわねえ」
「は、はい」
ヴィルは呆れて言葉もでないようだった。
ジェムはナイフを取りだしてぶんぶん振り回していたものの、危ないからしまうように言っておく。
「あたくしはエルノフィーレ殿下の筆頭侍女で、サーベルト大公家のジルヴィードと結婚し、この国で一番偉くなるんだ!」
リジーは好き勝手に言って褒めそやしてもらい、気持ちがよくなっているようだ。
誰もリジー自身を見ておらず、一時的に手にした名誉にしか目が向いていないのに気付いていないのだろう。
どれも棚からぼた餅――思いがけない幸運が降り注いできた結果、得たものだ。リジーの努力で手にしたものではない。
そんなものを自慢して何が楽しいのかわからなかった。
「問題はどうやって捕獲するか、ねえ」
「私が話をつけてきましょうか?」
「いいや、必要ない。ミシャが不快な気持ちになるだけだ」
こういうのはやり方がある。ヴィルはそう言ってホイップ先生の不可視魔法を解いてもらうと、給仕係を呼んだ。
「ここの店に貴賓室はあるだろうか?」
「ございますが、常連様の専用となっておりまして」
ヴィルは無言で給仕係にお金を握らせる。
「今すぐご用意いたします!」
「すぐに案内してくれ」
「かしこまりました」
その会話を聞いてなるほど、と思う。リジーを貴賓室に呼びだす作戦なのだ。
案内されたのは真っ赤な絨毯に黒張りの長椅子、やたらギラギラ輝くシャンデリアが特徴的な、ホストクラブのVIPルームみたいな部屋だった。
「問題は誰からの呼び出しにするか、だな」
ヴィルの名前は絶対に使いたくない。かといって、適当な人物の名前を書くわけにもいかないだろう。
悩んでいるところに、ホイップ先生がいい案をだしてくれた。
「シンプルにい、〝薔薇の貴公子〟とかでいいのでは~?」
それだ!! とすぐさま決定する。
給仕係に〝特別な部屋でお待ちしております。あなたの薔薇の貴公子より〟と書かれたカードを託す。私が特別にイケメンが書くような整った字体で書いてあげた。
すると五分と待たずにリジーがやってくる。
「あたしを呼びだした男はいったい誰なんだい!?」
「私達よ!」
リジーが入った瞬間、ホイップ先生が魔法で扉を閉ざして逃げられないようにする。
「なっ、ミシャ、なんでここに!?」
「リジー、あなたに用事があったのよ!」
「ミシャだけではないわあ」
「!?」
リジーは今になって、ホイップ先生とヴィルがいることに気付いたようだ。
ただリジーはヴィルのことを見間違えていた。
「ジルヴィード! まさかこのあたくしを騙して、連れ戻しにきたっていうのかい!?」
「私はジルヴィードではない」
「ヴィル先輩よ」
人違いに気付いた瞬間、リジーはばつが悪そうな表情を浮かべる。
けれどもそれは一瞬のことで、すぐに言い返す。
「同じ顔をしている奴が悪いんだ!」
いったいどんな言い訳なのか。話していると頭が痛くなる。
「リジー、とにかく話があるのよ」
「あたしはないよ!!」
そう叫んでリジーは回れ右をして退室しようとしたものの、すでに扉はホイップ先生の魔法によって閉ざされている。逃げられるわけがないのだ。




