ホイップ先生のところへ
ヴィルと一緒に夜道を駆けていく。
なぜかジェムも猛スピードで地面を這ってついてくるので笑いそうになるが、奥歯を噛みしめてぐっと耐えた。
いなかったらどうしよう、と思っていたものの、幸いにもホイップ先生は研究室にいた。
「あらあ、ふたり揃って仲よくどうしたの~?」
「あの、ご相談したいことがありまして!」
「まあまあ、何かしら~」
ホイップ先生は長椅子に重なっていた書類の山をどかし、私達に座るように言ってくれた。
「息を切らして、かわいそうに。お茶でもいかがかしらあ?」
「いえ、大丈夫です」
「遠慮しないで~」
ホイップ先生が杖を指揮棒のように動かすと、どこからともなくティーカップとティーポットなどの茶器がふよふよ浮かんでやってくる。
呪文を唱えるとあっという間に茶葉が宙を舞ってポットに入り、湯気が漂う水球があとに続く。ポットの口から勢いよく湯気が噴きだし、あっという間にカップに注がれて私達の前に着地した。
紅茶をすべて魔法で淹れるなんて、とんでもなく高度な技術だ。さすがホイップ先生。
すぐに飲めるような温度に調節もしてあるというので、ヴィルと一緒にいただいた。
とてもおいしい紅茶だった。
「それで、どうしたのお?」
「あの、実はリジーが熟成していない石鹸を売っているかもしれなくて」
「まあ、大変~!」
「サンプルをもらってきていたので、調べることはできますか?」
「もちろんよお」
物質の成分を調べる魔技巧品があるらしい。ヴィルの料理に含まれている毒を検出するために作ったものだとか。
「未知の毒は調べるのに時間がかかるけれど、石鹸の熟成度合いくらいならすぐにわかるわあ」
「お願いします!」
装置にかけた瞬間、真っ赤な警告音と文字が浮かび上がる。
そこには〝悪影響! 注意!〟と書かれてあった。
「あら~、しっかり熟成されていない石鹸みたいねえ」
なんでも製作から二十日程度しか経っていないという。
作ったばかりで熟成させている途中の雪白石鹸が送られてきたに違いない。
「ホイップ先生、リジーはすでに三つもこの石鹸を売っているみたいなんです」
「まあまあ! 早く回収しないと、大変なことになるかもしれないわあ」
ひとまずリジーのところにいって、どこの誰に販売したか聞き出さないといけないだろう。
「リジーは王城に貴賓として滞在しているんです! 今すぐいって確認しないと!」
「だったら、私が送ってあげるわあ」
どうやって? と聞く前に足下に魔法陣が浮かんで瞬時に景色が変わる。
転移魔法だ! と気付いたときにはすでに王城の廊下にいた。
なんでもホイップ先生はその昔、王城で働いていたらしい。そのため転移魔法で直接ここに下り立つ許可があるそうだ。
ピンポイントで貴賓室がある廊下に着地したので、さすがホイップ先生! と思ってしまう。
「リジーの部屋はわかるかしらあ?」
「はい!」
前回訪問したばかりなのでしっかり覚えている。
「ここです! リジー、入っていい?」
扉をトントントントン! と叩くも反応はない。
「まさかもう眠っているとか!?」
「うーーん」
ホイップ先生は扉に触れ、何やら呪文を唱えている。小さな魔法陣が浮かんで消えた。
「残念ながら、ここにはいないみたいねえ」
「わあ」
ツィルド伯爵夫人から夜間の外出は禁じられている、なんて話をしていたのに、舌の根も乾かぬうちに言いつけを破っているようだ。
「ねえ、あの子がいきそうな場所ってわかる~?」
「おそらく酒場だと思います」
「そう」
ホイップ先生が懐から取りだしたのは、外套が描かれたお着替えカードである。
「ふたりともこれを着てくれるかしら~?」
魔法学校の制服のままで酒場につれていくわけにはいかない、と用意してくれたようだ。
「てっきり待っておくように言われるとばかり」
「ふふ、そうしたいんだけれど、私、あの子に嫌われていてねえ」
なんでも何度かリジーを呼びだし、指導を行ったのだとか。
「そこまで厳しく怒ったつもりはないんだけれど~、私の顔を見るなり逃げるようになってしまってえ」
怒ったホイップ先生というのが想像できない。何を言ってもへこたれないリジーが逃げるくらいなので、よほど怖かったのだろう。
「いきましょう~」
「はい」
私達は夜の王都へ繰り出したのだった。




