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婚約者から「第二夫人になって欲しい」と言われ、キレて拳(グーパン)で懲らしめたのちに、王都にある魔法学校に入学した話  作者: 江本マシメサ
四部・四章 調査、調査、そして調査

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まさかの

 ツィルド伯爵夫人のサロンへの入会申し込みが始まると、皆、いっせいに受付デスクに押しかけていた。


「えーっと、どうする?」

「ここまで耐えたんだ。もちろん入会するに決まっている」

「何かやっているとしたら、限られた枠内だと思っておりました」


 受付にはフロアにいた客のほとんどが並んでいるようだった。

 待機する人々は皆、日焼け止めの効果を口々に絶賛している。

 なんでも長年悩みの種だったシミ、皺などが消える効果があるようだ。

 本当にそうだとしたら、金貨一枚は安いものなのかもしれない。

 一時間ほど並んでやっと私達の番が回ってくる。先ほどツィルド伯爵夫人は言っていなかったものの、入会金が必要らしい。


「金貨一枚となっております」


 心の奥底から、うわあ払いたくない。と思ってしまう。

 一応、これまで魔法薬で稼いだお金を持ってきているものの、こういうのに使いたくない。

 普段、購買部でお菓子を買ったり、かわいい文房具を我慢したりしているのに……!

 なんて考えていたら、ノアが三人分の金貨を出してくれた。


「え、ノア?」

「どうしてですの?」

「あげるんじゃない。将来、出世払いで返してよね」


 ノア!! と叫んで抱きしめたくなる。


「わたくし、持っていますのに」

「私もあるよ」

「いいんだ。単に貸しという繋がりが欲しいだけだから」


 ノア……! と先ほどとは異なる理由で抱きしめたくなる。


「そんなものがなくても、わたくし達はずっとお友達ですのに」

「そうだよ」

「アリーセ、ミシャ……!」


 なんて感動的なやりとりをしている間に、ノアがだした金貨三枚が回収されていく。


「あ」

「まあ」

「あー」


 その後、特別な書類の記入などはなく、会員証が手渡され、別室へと案内された。

 フロアにあったお店みたいな場所は、サロンの非会員がお買い物をする売店らしい。いまいちだったチーズケーキも販売されているようだった。


 行き着いた先は個室で、ツィルド伯爵夫人の姿はない。代わりに思いがけない人物と遭遇してしまう。


「あんた、ミシャじゃないか!」

「リジー!」


 あろうことか、リジーと会ってしまった。

 なぜ彼女がここに!? と疑問だったが、すぐにツィルド伯爵夫婦の養女だったことを思い出す。


 リジーとはケンカ別れをしたはずだったが、彼女は楽しげな様子で話しかけてきた。


「あんたも、結局は金が欲しいんだ」

「どういうこと?」

「知らないとは言わせないよ。このサロンが、大金を得るために開かれているってことを」


 まったくの初耳である。そう言っているのに、リジーは聞く耳なんて持っていなかった。


「いったいどういうことなの? なぜリジーがここに? 私達、ツィルド伯爵夫人のサロンに入会しただけなんだけれど」

「いいからそこに座りな! 説明してあげるから」


 いちいち発言が癇にさわる。まあいい、我慢だと言い聞かせて腰を下ろす。

 まず、リジーが棚の中から取りだしたのは、化粧品のセットが入ったポーチだった。


「これはツィルド化粧品店特製のポーチなんだけれど――」


 お値段金貨五枚だという。高っ! と思ったものの、大人しく話を聞いておく。


「サロンの会員は特別に、金貨三枚で買えるんだ。いくつか買って、非会員に勧めたら売り上げをせしめることができる。そのあと、非会員がサロンに参加したいと希望すれば、入会費を金貨二枚払ってもらって、一枚は自分の物になるんだ。非会員が負担が大きくなると思うだろうが、同じように売り上げと会費を集めたら取り返せるってわけ!」


 その仕組みを次々と広めたら、大もうけできる。

 これがツィルド伯爵夫人の〝特別な情報〟だったわけだ。

 すぐに私は思う。これって〝ネズミ講〟なんじゃないか、と。


「あたしも最近商売を始めたんだ!」


 何かと思えば、リジーがだしてきたのは見覚えのある石鹸だった。


「リジー、これって――!?」

「ああ、あんたがしみったれた田舎でせっせと作っていた、雪白石鹸だよ」


 雪白石鹸というのは、ラウライフにのみ自生する〝シャボン・スノー〟という雪原に咲く花を原料に使った石鹸である。

 シャボン・スノーの花びらには水に浸すと洗浄成分のある泡がでて、体の汚れを落としてくれる。

 ラウライフの領民は冬になるとシャボン・スノーの花をせっせと摘んで、石鹸を作っているのだ。


「昔の男に連絡をしたら、新鮮なやつを喜んで送ってくれたんだよ」

「新鮮って……。でもあなた、作り方なんて知らないでしょう?」

「完成品を送るように言ったんだ」


 まさか男性の家族が作った石鹸を盗んで送ってきたのではないか、と疑ってしまう。

 さすがのリジーもそこまでさせないだろうけれど……。


「男って誰なのよ」

「聞き出して、あたしの真似する気じゃないだろうね?」

「しないわよ。いいから教えて」


 もったいぶるかと思いきや、リジーはあっさり「昔あんたに気があった、ドニーだよ」なんて言ってのける。


「ドニー? 私に気があったって、知らないわ」

「控えめな男だったから、アプローチが伝わっていなかったんだねえ」


 ドニーというのは雑貨店の息子で、その母親が作る雪白石鹸は村でも評判だったような……?


「雪白石鹸はとっても貴重だから、一個金貨六枚で販売しているよ」

「高っ!!」


 はっきり口にすると、リジーはムッとした表情を浮かべる。


「あんたはこの石鹸のよさに気付いていないんだ!」

「気付いているわよ! 毎年作って、使っていたから」


 まあ、ほとんど売りにだしていたのだけれど。

 雪白石鹸は汚れがよく落ちると評判で、商人が高値で買い取ってくれたのだ。

 ただリジーが言うような、金貨六枚ほどの価値はない。


「この雪白石鹸も、非会員に対して金貨八枚で売れば元が取れるんだよ!」

「誰が買うっていうのよ!」

「金持ちは掃いて捨てるほどいるだろうが!」


 ちなみにこれまでたった三個しか売れていないらしい。


「まったく! 最近夜にでかけるなってみんなが言うから参加してあげているのに、これじゃあ骨折り損だよ!」


 なんでもジルヴィードから苦情が入り、ツィルド伯爵夫人を通して夜間の外出を禁止されたようだ。


「もっともっとたくさん売って、ガッポリ稼ぎたいのに!」

「サンプルとか配っているの?」

「なんだい、それは?」

「お試しで使うように配る商品のことよ」

「はあ!? そんなもったいないことするわけないだろうが!」

「商品をそのままひとつ渡せって意味じゃないの。たとえば石鹸を小さくカットして使ってもらうとか」


 ツィルド伯爵夫人はサンプル品の配布をしていた、と言ってもリジーには響いていなかった。


「サンプルだとかそんなことを言って、ただで石鹸が欲しいんだろう? 卑しい子だね。いいよ、あげるから」


 リジーはそう言ってバターナイフで石鹸を切り分ける。紙みたいに薄っぺらくカットしていた。こういう変なところで器用さを発揮しないでほしいのだが。


「ほら! 持って帰って使ってみな!」


 押しつけるように雪白石鹸を分けてくれた。


「あんたらは?」

「僕はいい」

「わたくしも」


 ただノアはポーチ入りの化粧品セットを購入したようだ。

 私とアリーセは何も買わなかったからか、「ケチだね!!」と言われてしまう。


「そうだ、わかった! あんたらは非会員を勧誘して入会費で稼ぎたいんだね! 金がない奴は販売の前に、そうやって金儲けするって聞いたことがあるんだよ」

「あーはいはい」


 もういい。好きに言ってくれ、という気分だった。

 

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