まさかの求婚!?
いったい何を言い出すのか。呆れて言葉もでてこない。
「いやー、あの子、リジーが思っていた以上に厄介な娘みたいで」
「初対面のときの言動から、想像つかなかったのですか?」
「まー、そのー、うん、俺の目は節穴だったみたいで」
すでに婚約を取り消したい気持ちに駆られているらしい。
「いろいろ酷いんだよ。夜な夜な素行が悪い人達の集まりに参加したり、朝帰りしたり、侍女の仕事を完全に放棄したり」
なんでもジルヴィードのもとにも苦情が届いているのだという。
「夜遊びに関しては、一緒にいっているものだと思っていました」
「まさか! 異国の地で羽目を外すような愚かなことはしないよ」
婚約を申し入れる前に、リジーの素性を調査しなかったのか、と問いかける。
すると、エルノフィーレ殿下の侍女だから、その辺は問題ないだろうと思ってしていなかったという。
「よくよくあの子について調べたらツィルド伯爵の養子だってわかって、出身はなんとかっていう、ドドドドド田舎出身っていうからさ」
「私もそのドドドドド田舎出身ですが」
リジーと従姉だと打ち明けると驚かれる。最初に出会った日、言ったような言っていないような。まあ、言っていたとしても記憶しておくことに値しない情報だと判断されたに違いない。
しかし、彼の情報把握能力がこの程度だとわかったことはよしとしよう。
「もう少ししっかり素性調査したほうがいいかと」
「君の言う通りだ」
ジルヴィードも私と同じように、すっかりぬるくなった紅茶を一気に飲み干す。
これで会話は終わりかと思いきや、彼は追い打ちをかけるようなことを言ってきた。
「それで、婚約の話、考えてくれた?」
「誰の婚約ですか?」
「君と俺の」
一瞬脳内が真っ白になる。けれどもすぐにハッと我に返り、言葉を返した。
「何を言っているのですか。私には婚約者がおりますので」
「俺とそっくりな婚約者だろう? 彼、プライドが高そうで、一緒にいて辛くならない?」
「いいえ、まったく!!」
たしかにヴィルの印象はツンとしていて近寄りがたい。
けれども実際の彼は心優しく、小さな幸せを大切にするような人だ。
よく知りもしないのに、適当なことを言わないでほしい。
「きっと未来のリンデンブルク大公と結婚するより、いい暮らしができると思うんだけれど」
「爵位がなくとも、裕福な生活ができると?」
「うん、それに関しては保証するよ」
なんでもサーベルト大公家はリンデンブルク大公家よりも多くの財産を有しているらしい。それらの恩恵は当主一家だけでなく、親族にも十分にもたらされるという。
「君にとって、リンデンブルク大公夫人の座は重荷になるんじゃない?」
痛いところを突いてくれるものだ。それに関しては言い返す言葉が見つからない。
礼儀作法が完璧ではない私にはふさわしくないものだろう。
「俺との結婚は楽だよ。面倒な貴族の集まりに参加しなくていいし、嫌みを言ってくる親族なんか近寄らせないし、好きなことだけをやっても誰も文句は言わない」
それは夢のような結婚生活のように思える。
けれども私は、もしも結婚するのであればジルヴィードよりもヴィルのほうがいい。
彼を傍で支えて生きるほうが、ずっと幸せだろう。
「お断りします」
「えー、どうして?」
「あなたの妻になりたいとは、思えないので」
「はっきり言うなー」
こういうタイプは適当にはぐらかすとあとあと面倒なことがわかっているからだ。
大人しくリジーとの婚約で我慢していてほしい。
まあ、その婚約もこれから解消させるために動いているのだけれど。
「またいつか、君とはゆっくり話をしたいな」
「ご勘弁を」
そんな言葉を返すと、ジルヴィードは楽しげに笑う。
ただそれ以上何も言わずに退室していったので、ホッと胸をなでおろした。
なんだか厄介な人に目をつけられた気がする。なるべく会わないようにしなければ、と思ったのだった。




