帰宅
下り立った場所は監督生長の執務部屋だった。夜の校内は真っ暗でかなり不気味である。
「ミシャ、こっちだ」
ヴィルはなぜか廊下のほうではなく、窓側を示した。
「窓から外にでるのですか?」
「いいや、それは不可能だ。なぜかといえば――」
ヴィルがぼそりと何か呟くと、壁一面に幾重にもなる魔法陣が展開される。
「こ、これは!?」
「ありとあらゆる侵入者を弾く、ヴァイザー魔法学校自慢の防御魔法だ」
夜間にうっかり窓でも触れたら、警告音と共に捕獲魔法が展開されるらしい。
「校内の教師全員にそれが伝わり、もれなく大集合される」
「うう、聞いただけでも恐ろしい魔法です」
廊下へ繋がる引き戸も同じように防御魔法がかかっているようだ。
「私達、閉じ込められたってことですか?」
「いいや、関係者用の夜間通路がある。そこを案内しようと思っていた」
ヴィルはその場にしゃがみ込み、床にそっと触れた。何やら呪文を唱えると魔法陣が浮かび、ゴゴゴゴ、と音を立てて出入り口のようなものが出現する。
「ここからガーデン・プラントに戻ることができる」
「わあ、こんな仕掛けがあったのですね」
石畳の床は輝き、壁のレンガは淡く光っているので明るさは十分だ。けれどもヴィルは危ないからと言って私の手を引いて階段を下りてくれた。
五分ほど歩いた先にある魔法陣にヴィルが触れた。すると地上へ繋がる階段がでてくる。
階段を上って地上にでると、そこはガーデン・プラントだった。
「こ、こんなところに繋がっていたのですね」
「そうだ」
ちなみにヴィルはよくこの通路を使ってここまできていたらしい。
「そういえばヴィル先輩がガーデン・プラントに通っているという噂を聞かないのは、地下通路を通ってきていたからだったのですね」
「まあ、そうだな」
ヴィルの七不思議がひとつ解けた瞬間であった。
ひとまず、お茶を飲んで落ち着こう。
ヴィルはまともに夕食を食べていないというので、パンとチーズ、葉野菜を挟んだだけのサンドイッチを作ってみた。その間、ヴィルは紅茶を淹れてくれる。
外は肌寒いので家の中に招いた。正式な婚約者になったので、部屋にお招きできるようになったのだ。
「私達、というか、ヴィル先輩、これまでよく耐えましたね。寒かったでしょうに」
「別に問題ない。寒さなど魔法でどうにかできるからな」
「でも、していなかったでしょう?」
「まあ……」
きっと雪国育ちの私に合わせてくれていたのだろう。
「ジェムがある程度は対策してくれたからな」
「そういえば、ありましたね」
ジェムの座ると温かくなる椅子やテーブルに助けられていたのだろう。
そんな会話をしつつ、ヴィルは紅茶の準備をしてくれた。
ヴィルは紅茶にティーコジーを被せ、しばし蒸らす。普段、私はお茶を蒸す工程を挟まないので、丁寧なお仕事だな、と思ってしまった。
三分後、ヴィルは紅茶をカップに注ぐ。ありがたくいただいた。
香り高い紅茶は爽やかかつ芳醇な味わいがして、舌の上を楽しませてくれる。
歓迎パーティーと事件で疲れた体を癒やしてくれるような一杯だった。
ヴィルもサンドイッチをすべて平らげてくれた。ホッと胸をなで下ろす。
「食欲が戻ったようでよかったです」
「ああ。不思議とミシャの料理は食べられる」
ヴィルは自分で料理を作っても、なんだかお腹いっぱいになったような気持ちになり、すぐに食べられないときがあるという。
「わかります~~。匂いだけでお腹いっぱいになるんですよね」
疲れているときに調理したら、なおさらそのような事態が発生するのだ。
料理を作るさいのあるあるなのだろう。
一息ついたところで本題へと移る。
「サーベルト大公子息、ジルヴィードについて報告します」
彼から聞きだした情報のすべてをヴィルに伝える。すると彼は眉間に深い皺を寄せ、大きなため息を吐いていた。
「私が王妃殿下の元侍女の子なわけあるか」
「で、ですよね」
母親について話を聞いてもいいのか、などと考えていたらヴィルのほうから話してくれた。
「私の母はすでに亡くなり、現在の母は継母だ」
なんと、ヴィルとノアは腹違いの兄弟だったわけだ。たしかに似ていないな、と思っていたのだが……。
「ノアとは似ていない兄弟だっただろう?」
「顔立ちは、そう、ですね。けれどもふとした瞬間の笑い方だとか、驚いた顔だとか、そっくりだなと感じる瞬間はありました」
「そうか」
少し前のヴィルとノアに距離感を覚えたのは、腹違いの兄弟だということもあったのかもしれない。
ジルヴィードが国境を越えて持ち込んだ問題について、ヴィルは調査をするという。
「父には報告しない。味方だとは思えないからな」
「は、はあ」
ただでさえ問題が山積みなのに、新たな懸念材料を背負わせてしまった。
おのれ、ジルヴィードめ!
今はそう思うしかできなかった。




