リジーの〝運命〟
緊迫した状況なのだが、リジーがどちらを自分の男とするのか気になるところだ。
リジーがヴィルのほうを見た瞬間、睨まれたので助けを求めるようにジルヴィードのほうを向く。
「君はたしか――そう、リジーだ!」
「そうだよ!」
尻尾をぶんぶん振る犬のごとく、リジーはジルヴィードに抱きつく。
彼は避けもせず、リジーの好きなようにさせていた。
「騒いでいたようだけれど、どうしたのかな?」
「ミシャが、ミシャが」
「ミシャがどうしたの?」
「ミシャが……」
私は何もしていないので、抗議できないのだろう。彼女の目はわかりやすいくらい泳いでいた。
「少し、いいだろうか?」
ヴィルがジルヴィードに声をかける。その瞬間、ジルヴィードはリジーを離し、ヴィルと対峙するように向かい立つ。
「私はリンデンブルク大公家のヴィルフリートという」
「俺はサーベルト大公子息ジルヴィードだよ」
空気がピリッと震えたように思えた。
「初対面であるリジー・フォン・ツィルドが私と貴殿を勘違いしたのか、ミシャを泥棒猫呼ばわりした。彼女は貴殿と関係あるご令嬢で問題ないだろうか?」
「いいや、ぜんぜん関係ないよ。今日知り合って、いきなり自分の男扱いしてきたんだ」
ジルヴィードはあろうことか、リジーをバッサリ捨てるような物言いで関係を否定した。
リジーは目を極限まで見開き、信じがたい、という表情でいる。
「あ、あんたとは、魔法学校で出会って――」
「魔法学校? それってここの国にあるかの有名な、ヴァイザー魔法学校のこと?」
「そうだよ! 講堂で、目が合って運命を感じたんだ」
「俺で間違いない?」
「当たり前だ!」
リジーはあっさりと、ジルヴィードの誘導尋問にはまってしまったようだ。
「残念だけれど、俺は君の運命の男ではないよ」
「どうして!?」
「だって俺はエルノフィーレ殿下と同じ国で生まれ育った男だからね。魔法学校にも通っていないし、最初から何もかもが勘違いだったんだよ」
「だったら――」
リジーはすがるようにヴィルを見る。
「リジー・フォン・ツィルド、呆れた物言いを繰り返すのは止めてくれ、迷惑だ」
たった一言でヴィルはリジーを黙らせることに成功させていた。さすがである。
「自分が行った愚行をミシャのせいにするのもどうかしている。身の程をわきまえてほしい」
「うっ、うう……酷い、あたくしを全員で悪者にして!! ツィルド伯爵に言いつけてやる!!」
リジーはそう叫んだあと、この場から走って去って行った。
ジルヴィードはせいせいした、とばかりにのびのびと背伸びをする。
「嵐は去ったな~~」
そんな発言をしたあと私とヴィルを見つめ、「やっと会えた!」と嬉しそうに言う。
「ヴィルフリート君、少しお話がしたいんだけれど、いいかな?」
「断る」
「君の出生について知っていると言っても?」
「生まれなどどうでもいい。大切なのは今だから」
ヴィルはそう言って私の手を握ると魔法を展開させる。
逆の手には破った転移の魔法巻物が握られていた。
足下に魔法陣が浮かぶと、視界がくるりと回転する。あっという間に魔法学校へ下り立った。
「――わっ!」
ヴィルが私を抱き寄せ、着地を補助してくれた。
「学校へ繋がる魔法巻物を、持っていらしたのですね」
「ああ。生徒手帳に入っている緊急用ではなく、監督生長に支給されるものだ」
リジーがやってきたときから、魔法巻物を使うタイミングを狙っていたらしい。
「ミシャと馬車でゆっくり帰りたかったから、使う気はさらさらなかったのだがな」
想定外のリジーとジルヴィードの遭遇により、しぶしぶ使ったようだ。
「リジーがすみませんでした」
「なぜ謝る?」
「一応従姉ですので」
「齢十五を超えている者の責任を、親族だからと言って気に病む必要はまったくない。今後、いっさい気にするな。それにあの者はツィルドと名乗っていただろう。もはや他人だ」
「ヴィル先輩……ありがとうございます」
リジーのことは今、この瞬間から他人だ。
ヴィルのおかげでそう思えるようになった。




