嵐
帰りの馬車の用意ができた、という声がかかったのでヴィルと一緒に廊下を歩いていたところ、想定外の人物に遭遇してしまった。
「あ、あんた!!」
地味なドレスをまとったリジーである。怒り心頭に発す、という感じでずんずん接近してきた。
「ミシャ、あんたのせいで、あたくしはこんな使用人みたいなドレスで夜会に参加することになったんだ!!」
「どうして私のせいなの?」
「エルノフィーレ殿下にチクったんだろう!?」
リジーには私しか見えていないらしく、ヴィルの存在を無視してわめいていた。
「歓迎パーティーの開始前にエルノフィーレ殿下には会っていないわ」
「だったらどうして、あたくしのドレスが非難されたんだ!?」
「ドレスコードに合っていなかったからでは?」
ヴィルの指摘を聞いてリジーはハッとなる。今にも噴火しそうな火山のごとく、カーッと顔を真っ赤にさせていた。
「あんた、何様――あ!!」
拳を握り、今にも殴りかかりそうな雰囲気で威勢よく言い返そうとしていたリジーだったが、ヴィルを見て瞬時に猫を被った。
「あんた、こんなところにいたのかい!?」
リジーは満面の笑みを浮かべると、先ほどジルヴィードにしたように抱きついてこようとした。
しかしながらヴィルは冷たい眼差しで見下ろし、近づくなとばかりのオーラを放つ。
さすがのリジーも蛇に睨まれた蛙みたいに、身がすくんで動けなくなっていた。
ただそれも長くは続かなかった。怒りの矛先はすぐに私に向けられたのだ。
「ミシャ、あんたは本当に呆れた女だね!」
「え? どうして?」
本気でわからなかったので、真顔でリジーに問いかける。
「すっとぼけた顔をしたって無駄だよ! あんたはあたくしの男をまた奪ったんだ!」
「また? 今も昔も、リジーの恋人を奪うなんてことはしたことがないけれど?」
「あるだろうが! 空っぽの脳みそに問いかけてみるんだ!」
子どもの頃を振り返っても、リジーの初めての恋人ダニエルは私の悪口ばかり言ってきて大嫌いだったし、二人目の恋人は私を毛嫌いしていたので近寄ることさえしなかった。三人目も、四人目も、五人目すら深く関わっていない。リジーは外からやってきた商人の息子や観光客と、短い恋を楽しむことが多かったことだけは記憶している。
「わからないわ。記憶に覚えがないの」
「ルドルフのことを忘れたって言わせないよ!!」
「いやいやいや」
リジーから奪った男というのは元婚約者ルドルフのことだった。
いったいどうして彼を私が奪ったと勘違いできるのか。
「あのねリジー、彼と私が出会って婚約をしたのが先なの。婚約中にルドルフと不貞関係になって、妊娠したのがリジー、あなたなのよ」
「なっ、妊娠は最初からしていなかったって言っただろうが!」
リジーの怒りのボルテージが上がる中、今度はヴィルを指差して叫んだ。
「この男も、あんたが奪ったんだ!!」
「えええええ……」
さすがに無理がある。ヴィルとリジーは今日が初対面なはずだし。
ヴィルもリジーに対し、珍妙な生き物を見る目を向けていた。
「返して!! あたくしの男なの!! 最初に目をつけたんだから!! この、泥棒猫!!」
泥棒猫はリジーのほうだろう。呆れて言葉も返せなくなる。
ヴィルも同じようで、リジーの勝手な物言いに怒っているというより困っているように見えた。
「泥棒猫!! 泥棒猫!!」
「誰が泥棒猫なんだい?」
少し楽しげな、好奇心旺盛といった感じで話しかけてきたのは――サーベルト大公子息ジルヴィードだった。
リジーは彼を振り返ってギョッとする。無理もないだろう。ヴィルとジルヴィード、同じ顔が向かい合って立っているのだから。
「なっ――どうして同じ男がふたり?」
リジーは何度も何度もヴィルとジルヴィードを見比べる。
ヴィルも同じように、ジルヴィードを見て瞠目していた。
ひとり、ジルヴィードだけが笑みを深めたのだった。




