お茶タイム
アリーセとノアは比較的落ち着いた様子でドレスを選んでいたようだが、馬車に戻ってからは興奮していた。
「レディ・バイオレットのドレスを贈っていただけるなんて、夢みたいですわ!」
「見ることができるだけでも幸せなのに」
店頭に置いてあったドレスはどれも美しかった。そんなドレスを着る日が訪れるなんて、今でも信じられない。
「ミシャ、ありがとうございます」
「ミシャさんのおかげで、レディ・バイオレットのドレスが着られるんだ。なんてお礼を言っていいのやら」
「いやいや、私のおかげではないわ。レディ・バイオレットの前で正しい振る舞いをしたふたりのお手柄よ」
レディ・バイオレットのお店はいくら高位貴族であっても、店主自身が気に入らなければ客として認めないのだ。詳しい内情を知っているわけではないが、きっとそうだと思っている。
今日、ドレスを贈ってもらえたのは、アリーセとノアが自身で得た報酬とご縁だと思っていい。
「ドレスが届くのが楽しみね」
「ええ」
「本当に」
皆でにこにこしながらの帰宅となったものの、これでイベントは終わりではない。
ノアと私は表情を陰らせる。
「ミシャとノア、どうかしましたの?」
「いえ、その、これから用事があって」
「お兄様と食事会なんだ」
「まあ!」
そういえばアリーセにヴィルとの婚約について報告していなかった。後日、お茶にでも誘って打ち明けよう。
「でしたら、ゆっくり楽しんでいらして」
「うう、緊張する」
「ノア、大丈夫よ。私も一緒についているから」
「ありがとう。ミシャさんを誘ってよかった」
これから私とヴィルの婚約について聞かされるのだが、胃を押さえているノアの止めにならないか心配だ。
アリーセと別れたあと、まだ食事会まで時間があったのでノアを誘う。
「よかったら家でお茶でも飲んでいく?」
「いいの? あ、でも、僕がミシャさんの家にいったらお兄様が嫌がるかも」
「そんなことないわ。いきましょう!」
夕暮れの中、ノアと一緒にガーデン・プラントに向かった。
チンチラと仲間達は温室での仕事を終えたようで、私の帰宅に気づくとトコトコ駆けてくる。
『今日、頑張った!』
「いつもありがとう」
ジェムに収納していたカステラという名の報酬を一匹一匹手渡す。すると嬉しそうに受け取ってその場で頬張る。皆、おいし~い! とかわいらしく喜んでくれた。
「ノアさんの今の状態にぴったりな、いい薬草があるの」
「摘むの僕も手伝う」
緊張に効果のある薬草はラベンダー、リンデン、セントジョンズワートなどなど。
「胃、少し痛いでしょう?」
「どうしてわかったの!?」
「さっき胃の辺りを押さえていたから」
「無意識だった。まあ、とはいっても違和感がある程度なんだけれど」
ここで登場するのは、レモンバームである。
「消化促進効果のある薬草よ。これを入れたら胃の違和感もよくなるはず」
ラベンダーとリンデン、そしてレモンバームをブレンドした緊張と胃に優しい薬草茶を淹れる。
これから食事会なのでお菓子はないが、代わりにスノーベリーのジャムを舐めながら飲もう。
「ミシャさん、これって薬草茶に入れるジャム?」
「好きにどうぞ。私は舐めながら飲んでいるの」
「へえ、初めて聞いた」
「きっと雪国の処世術だわ」
極寒のラウライフではあつあつの紅茶で体を芯から温める。そんな紅茶にジャムを入れたら、せっかくの紅茶が冷えてしまう。
そのため、ジャムはちびちび舐めてから紅茶を飲む、というのが習慣になっているのだ。
「そうだったんだ」
「まあ単純においしい、ってのもあるんだけれど」
スノーベリーの甘酸っぱいジャムを舐めてから薬草茶を飲む。すると、薬草の癖を緩和してくれるのだ。
ノアも気になったようで、私を真似てスノーベリーのジャムを舐めてから薬草茶を飲む。
「本当だ! おいしい!」
「でしょう?」
でも、これは褒められたマナーではないだろう。
「だったらミシャさんと僕とでお茶を飲むときの、正式マナーにしよう」
「いいわね」
ノアの頬に赤みが差す。先ほどまで青白かったので、緊張は解れたのだろう。
お喋りをしている間に、約束の時間となる。
学校の最上階にあるレストランへ向かったのだった。




