お誘い
翌日――教室内が張り詰めた空気に包まれているのに気づく。
皆、エルノフィーレ殿下がいるので緊張しているのだろう。
あのアリーセですら、居心地悪そうにしていた。
レナ殿下はエルノフィーレ殿下を気遣っているのか、積極的に話しかけている。
リジーはお上品な会話についていけないのか、苛立っているように見えた。
もう一人、教室内にイライラしている人物がいた。ノアである。
おそらくエルノフィーレ殿下にレナ殿下が取られないか気が気でないのだろう。
冷静にエルノフィーレ殿下とレナ殿下の様子を観察してみたらわかるのだが、ふたりの間には国という名の高く厚い壁があるように思える。
双方の壁を乗り越えないような気遣いの中、会話をしているように見えた。
とても仲睦まじい、という雰囲気ではないだろう。
ふたりの結婚が噂される中で、ノアも焦っているだろうか? 見てわかるような人物観察もできていないように思える。
話しかけたら怒られそうな気がしたが、放っておけない。ノアに朝の挨拶をしてみた。
「ノアさん、おはよう」
「ミシャさん、おはよう」
ふてくされた様子でノアは返してくれた。
「その、どうかしたの?」
「別に。機嫌が悪いだけ」
むしゃくしゃしている、と自らの状態だけは解析できているようだ。
「私に何かできることはある?」
さすがにエルノフィーレ殿下とレナ殿下の会話を邪魔することはできないが、それ以外であればなんでもできるだろう。
「何かって……別に何も……あ! だったら放課後、お買い物にでも付き合ってもらいたい! 監督生だったら、外出許可が取りやすいでしょう?」
「まあ、普段は難しいかもしれないけれど」
さすがの私も監督生の特権を私的に使うわけにはいかない。
けれども今回に限っては外出する理由が私にはある。
「実は夜会で着るドレスを入手しなければならないの」
「夜会って、もしかしてエルノフィーレ殿下の歓迎するやつ?」
「ええ、そう」
「それって九日後に開催されるやつでしょう? 今から作るって無理なんじゃないの?」
そうなのだ。夜会シーズンは既製服や貸し出し服など、根こそぎお店からなくなる。
皆、そうなるのを想定して、一年も前からドレスを予約しておくのだ。
「残っているとしたら祖母世代に流行った古くさいドレスとか、舞台で使うような安っぽい衣装しかないんじゃないの?」
「そうなんだけれど、実はこれをいただいて」
〝レディ・バイオレット〟の商品引換券をノアにこっそり見せる。
「こ、これは、入手困難の人気店――もが!」
周囲からの注目を浴びてしまいそうなので、慌ててノアの口を塞ぐ。
「レディ・バイオレットのお店なんて、この僕でも予約を断られた王室御用達店なのに、どうやって手に入れたの?」
まさかヴィルに貰ったのか? と聞かれたが首を横に振る。
驚かないでほしいと前置きをしてから、耳元で囁いた。
「実は国王陛下からいただいたの」
「!?」
約束通りノアは声にださなかったものの、目が極限まで見開く。
「どういう縁でいただいたの?」
「あ~~~、まあ、いろいろあって」
「そう。なんだか大変なことに巻き込まれてそう」
本当にそうなのだ。ヴィルは私達の結婚についてノアには説明していないのだろうか。
私がここで報告するのもなんなので、ヴィル本人に確認をしなければならない。
「そんなわけだから、お店に付き合ってもらえると嬉しいんだけれど」
「それはもちろん! というか、レディ・バイオレットのお店にいけるなんて最高だよ」
ノアレベルの貴族でも、お店に入ることすらできないらしい。
ドレスを目にすることだけでも嬉しい、とノアは言ってくれた。
「そうだ。アリーセも誘おうよ。きっと喜ぶはずだから」
「わかったわ」
アリーセのほうへ行こうとしたら、ノアが私の腕を引く。
「え、何?」
「そうだ。ミシャさん、僕の用事にも付き合ってくれない?」
「用事って?」
「夜、一緒に食事をしようってお兄様に誘われているんだ」
このように呼びだされたのは初めてだという。
「きっと大事な話をするんだ。僕を呼びだすことなんて、これまでなかったから」
「そ、そうなの。でも、私はいないほうがいいんじゃないの?」
「緊張するからいて!」
場所は最上階にあるレストランだという。これから予約したら私の分の料理も用意されるはずだ、とノアは主張する。
「もしもヴィル先輩が席を外してほしいと言ったら従うけれど、それでもいいの?」
「もちろん!!」
そんなわけでレディ・バイオレットのお店にいったあと、ヴィルとノアの食事会に参加することとなった。
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『婚家の墓守を押しつけられた私、ご先祖様は黄金竜だそうで、親族をこらしめてくださるそうです 』
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あらすじ
謎が多い一族、ヴェルノワ公爵家のご当主様と結婚したのはよかったものの、ご当主様は御年80歳、さらに寝たきりで意識がなく、呪われているという。誰が見てもわかりやすい政略結婚だったが、当主代理である66歳の義弟が私に、「一人で墓守をしろ」と言うのだ。まるで使用人同然の扱いに辟易していたものの、霊廟で祀られているご先祖様は金脈を生み出す黄金竜だった。酷い目に遭っているお主を助けてやる!、なんて偉そうに言う黄金竜だったが……?
墓守妻と黄金竜、それから謎が多いご当主様が繰り広げるラブ(?)ファンタジー




