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婚約者から「第二夫人になって欲しい」と言われ、キレて拳(グーパン)で懲らしめたのちに、王都にある魔法学校に入学した話  作者: 江本マシメサ
三部・第一章 新学期のはじまり

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ヴィルのやりたいこと

「そういえば、ホリデー中のお食事はどうしていたんですか?」


 父親に疑いがかかっている以上、家でだされる料理も安心して食べることができないだろう。

 料理をデリバリーしなくて大丈夫か、と何回か聞いたものの、ヴィルは必要ないと言っていたのだ。


「最近は自分で用意している」

「ヴィルが!?」

「ああ。とは言っても、調理しているとは言えないような簡単なものだがな」


 ヴィルは一人でふらりと街へ繰りだし、パンやハム、野菜などを購入し、自室でサンドイッチなどを作っているらしい。


「パンにハム、葉野菜とミシャが作ってくれたものと材料は同じなのに、味がまったく違った」


 不思議に思ったヴィルは、パンを売っていたおかみさんに理由を尋ねたらしい。


「理由が判明した。ミシャが作ってくれたものには、愛情が入っているらしい。それゆえ、おいしく感じていたようだ」

「あ、愛!?」


 冗談ではないようで、真面目な顔で語っていた。想定もしていなかったスパイスに、目玉が飛びでるかと思った。


「たぶん、味気なかったのはバターとマヨネーズが入っていないからだと思います」


 サンドイッチのパンの表面にはバターを塗り、ハムにマヨネーズを付けていたのだ。その違いが、普段と違うと思ったのかもしれない。


「ミシャ、愛情は入っていなかったのか?」

「そ、それは……」


 期待の眼差しがぐさぐさ突き刺さる。

 ここは正直に言っておいたほうがいいのだろう。


「愛がなかったら、お弁当なんて作らないと思います」

「そうか」


 返事は素っ気なかったものの、表情はとても幸せそうだ。

 恥ずかしがって否定しなくてよかったと思う。


「して、マヨネーズとやらは何でできているんだ? 市販はされているのだろうか?」

「ええ。瓶入りのものがありますよ」


 マヨネーズと聞くと近代的なものだと思われるかもしれないが、地球でも十八世紀半ばくらいから貴族の間で広まっていた。たぶん、それ以前にもどこかの地方ではあったのだろう。

 この世界でもマヨネーズは愛されており、貴族のお上品な料理にも使われている。

 さすがにチューブ状のマヨネーズは販売されていないが、瓶詰めされたものならば食品店にかならずと言っていいくらい売っているのだ。


「手作りもできますよ」


 マヨネーズの作り方は実にシンプルだ。

 卵と酢、蜂蜜、塩コショウを入れて混ぜたものに、オリーブオイルを少しずつ垂らしてかき混ぜたら、マヨネーズが完成する。


「なるほど。帰ったら試してみよう」


 毒を警戒するならば、自分で作るほうがもっとも安心できるようで、ヴィルは少しずつ料理を習いたいと決意を口にしていた。


「では、お勉強を教わるお礼に、私は料理を教えますね」

「いいのか?」

「もちろんです!」


 新学期からはお弁当は自分で用意するという。


「そうなのですね。実は先日、エアにもお弁当はもういいと言われてしまって」


 なんでもエアはミュラー男爵から昼食はどんなものを食べているのかと聞かれ、お弁当を作ってもらっていると話をしたらしい。

 それを聞いたミュラー男爵は昼食代を用意する、と言ってくれたようだ。

 なんでもミュラー男爵はこれまで、払ったお金の中に昼食代も入っていると思っていたらしい。

 朝食と夕食は寮費に入っているので、勘違いをしていたのだろう。

 そんなわけなので、明日からは一人分しかお弁当を作らないのか、なんて考えていたら、思いがけない提案を受ける。


「明日から、ミシャの昼食も作ってみたい」

「ヴィルがですか?」

「ああ」


 なんでも以前ヴィルが作ってくれた白湯を私が喜んで飲んだので、次は別の物を作りたいと考えていたらしい。


「迷惑ならば、言ってくれ」

「いいえ、とても嬉しいです!」

「よかった。あまりおいしくはないかもしれないが、精一杯努力する」


 マヨネーズ作りにも挑戦してくれるようだ。


「でも、無理はしないでくださいね」

「もちろんだ」


 ゆくゆくは夕食も作れるようになりたい、とヴィルは語る。


「このように何かをやりたい、と強く思ったのは初めてかもしれない」


 これまでのヴィルは未来のリンデンブルク大公として、周囲の大人達からさまざまな課題をだされていたらしい。

 それらを淡々とこなすばかりで、自分から何かをしようと考える余裕さえなかったと言う。


「ミシャのおかげだ」


 ただそれを、リンデンブルク大公やそれ以外の人々がどう思うのか。

 手放しに賛成することはまずない。私の存在がヴィルに悪影響を与えている、と糾弾されてもおかしくない話だろう。


 私だけは、ヴィルのやりたいことを応援したい。

 だから、これ以上何も言わなかった。


 馬車はとっくにレヴィアタン侯爵邸に到着していた。

 話が盛り上がって、下りるタイミングを探していたのだ。

 自分の家でもないので、お茶を一杯、なんて言えないのが切ないところである。


「そろそろお別れですね」

「ああ、そうだな」


 ヴィルは馬車から下りて、私に手を差し伸べてくれる。

 彼のエスコートをありがたく受けながら下車した。


「別れのキスを、と言いたいところだが、婚約者でもない者がそのような行為など許されるわけがないな」

「まあ、そうですね」


 ヴィルは腕を組み、「いっそのこと、ミシャの父親に手紙を書いて、結婚を許可してもらおうか」などと呟いている。

 リンデンブルク大公のご子息から、求婚の手紙なんか届いたら、倒れてしまうだろう。

 可哀想なので、止めてほしい。

 お別れのキスはできないが、別のものを提案してみる。


「頬への親愛のキスでしたら、いいのでは?」

「それがあったな」


 軽く触れるだけのキスならば、一瞬で終わる。

 なんて考えている間に、ヴィルは私の両手を握る。

 そして身をかがめ、私の頬にキスをした。


「――!」


 触れるか触れないかくらいの、一瞬のキスだった。

 私がヴィルにするものだと思っていたのに、まさかされるなんて。

 キスをされた頬が燃えるように熱くなっていくのを感じていた。 


 ヴィルは私から離れると、耳が真っ赤になっているのに気づく。

 照れていたのは私だけではなかったようだ。 


「ミシャ、また明日」

「え、ええ」


 夕日よりも眩しい微笑みを浮かべ、ヴィルは帰っていったのだった。 

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