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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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11/45

11:墓守離れできない亡霊達

 

「カティナ、カティナ……」

「可愛いパンプキン……」


 日も落ち夜の闇が広がる墓地、辛気臭いその場所に延々と繰り返される男女の虚ろな声。

 ただでさえ縁起の悪いうえに今夜は冷えきった空気が周囲を包み、常人であれば頼まれたって足を踏み入れることはしないだろう。虚ろで陰鬱としており、活気も生気も欠片も無い。

 吹き抜けた風が草を揺らし、墓地に漂う青白い男女の体をも揺らし……そして、


「カティナー!」

「パンプキン!!」


 と、彼等の限界を招いた。


 言わずもがなシンシアとヘンドリックである。

 彼等は叫ぶなり実体の無い体を風のように駆けさせ、一つの墓石へと向かうやその前で急停止した。その速さと息の合った動きと言ったら無い。

 次いで彼等はこれまたタイミングを合わせたかのように揃えて土の中へと腕を突っ込んだ。シンシアもヘンドリックも亡霊だ、土に遮られる実体はとうの昔に失っており、渇いた土だろうが地中に棺があろうがまるで水に潜るかのように楽に腕を入れられる。

 そうして二人は勢いよく腕を上げ、地中から何かを引っ張り上げた。


 その何かとは、青白く灯る男……もちろんギャンブルである。


 文字通り墓石の下で眠る……とはいかずとも墓石の下でのんびりしていたギャンブルもこれには表情を引きつらせ、「なんだよお前ら」と唸るような声で呟いた。

 普段は明快で面倒見の良いギャンブルにしては珍しく、不満を隠すことなく訴える露骨な表情と声色である。

 だが突如として両腕を取られて墓石の下から引っ張り出されれば、いかに500年の亡霊といえどこうなるというもの。

 だがシンシアもヘンドリックもそんなギャンブルの訴えに耳を貸すことなく、いまだそれぞれ左右の腕を掴んだままだ。それどころか「カティナに会いたい!」「パンプキンが心配!」と喚くように訴え続ける。

 その悲痛な声にギャンブルが呆れたと言いたげに盛大に溜息を吐き、ふわりと浮かび上がると共に彼等の拘束を擦り抜けた。


「お前たちなぁ、カティナが墓地を出てからまだ一日も経ってないんだぞ」

「ギャンブル伯! カティナに会いたいの! あの子のことを思うと、この胸が止まりそう!」

「安心しろ、もう止まってる」

「可愛いパンプキン! 彼女が無事でいるのか心配で心配で、このままでは思いを昂らせ過ぎて生霊を飛ばしてしまいそうだ!」

「生きても無いし、お前が霊だし。飛ばせるもんなら飛ばしてみろ」


 あっさりと一刀両断するギャンブルに、それでもシンシアとヘンドリックが折れることなく――聞いてすらいないかもしれない――喚き続ける。

 そのしつこさと喧しさと言ったらなく、逆に周囲がシンと静まっていく。他の亡霊達が巻き込まれては堪らないと考え、各々の墓石の下で息を……呼吸する必要などないのに息を潜めているのだ。森に生きる動物達もシンシア達の気迫に当てられたか、鳴き声どのろか羽音も足音も一つとして漏らさない。

 その静けさに、この二人を止めるのは自分の役目かと察してギャンブルが溜息を吐いた。賭けに負けたわけでもないのに損をした気分である。


「墓地を漂う亡霊が王宮に居るカティナに会いに行く方法なんてあるわけがないだろ……と、言いたいところだが」

「あるの!? あるのねギャンブル伯!」

「あると言えばある。だが危険を伴う方法だ」

「可愛いパンプキンに会えるなら、どんな危険だろうが構うものか!」


 熱意的に訴えるシンシアとヘンドリックに、ギャンブルもまた真剣な表情で見つめて返す。

「覚悟は出来てるな?」という口調は彼らしくなく重々しさを纏い、500年の亡霊が見せるその迫力にシンシアとヘンドリックがフルリと青白く灯る体を震わせた。ギャンブルの足元で草木が微かに揺れ、乾いた風が高い悲鳴のような音をたてる。

 仮にシンシアとヘンドリックの心臓が動いていたなら、この迫力に負けて恐怖に早鐘を打っていたか、もしくは凍てつくような寒さを覚えていただろう。

 それほどまでの威圧感を出しつつ、ギャンブルが重苦しい口調で再び話し出した。


「確かにこの方法ならカティナに会いに行ける。だがかなり強引な力技だ。その分反動もでかく、もしも失敗したら……」

「し、失敗したら……?」

「その時は……命を落とすと思え」


 険しい表情でギャンブルが告げれば、まるでそれを煽るかのように周囲で風が渦巻いた。月が淀んだ雲に多い隠され雷鳴が鳴り響き、空を見上げて天候を窺う隙すら与えずに雨が降り始める。

 暗い墓地がより一層の重苦しさを漂わせ、あたり一帯に湿気た空気が満ちる。


「……命を、落とす?」


 細い声で呟くように尋ねたのはシンシア。

 大粒の雨が彼女の体にあたり……はせず、青白い体を擦り抜けて地面に吸い込まれていった。

 息の詰まりそうな空気が周囲を包む。そんな中、ギャンブルが真剣な表情でシンシアの問いかけに頷いて返し……、


「といっても、私達はもう死んでるんだから命の落としようがないんだけどな!」


 と、緊迫した空気を一瞬でぶち壊した。

 先程の威圧感もどこへやら。むしろ先程の威圧感があるからこそ落差が激しい。


「よーし、それじゃやるか。なに、どうせ失敗しても青白い体が赤白くなる程度だろ。上手くいくか失敗するか、失敗したらどうなるか。これもまた賭けだ」

「それでこそギャンブル伯よ! これでカティナに会えるのね。あの子もきっと喜んでくれるわ。ギャンブル伯、格好良い!物知り!大好き!」

「さすがギャンブル伯! この墓地における『自業自得死因』『後先考えない末路』ナンバーワンは伊達じゃない!」

「おいおいシンシア嬢、そんなに言ってくれるな照れるだろ。……ヘンドリック、てめぇは後で墓石の裏に来い」


 ヘンドリックに対してのみ地を這うような低い声で告げ、ギャンブルがふわりと浮かび上がった。――ちなみにギャンブルに脅された瞬間、ヘンドリックは高い悲鳴と共に謝罪の言葉を口にした。これが500年の亡霊と99年の亡霊の上下関係である――

 雲間から月が覗き、その光が三体の亡霊を透かす。シンシアはご機嫌で墓石の上を舞うように浮かび、時には優雅に回って実態のないドレスを揺らして踊る。ヘンドリックもまたご機嫌に墓石の上を渡り歩くようにひょいひょいと跳ね、時には二つ三つ飛び越えていく。

 二人の動きは重力を無視したもので、とうてい人間の出来るものではない。実体の無い彼等だからこその軽やかさだ。

 珍しくギャンブルも興奮しているのか、はしゃぐ二人に「少しは落ち着け」と話しつつ青白く灯る体を心地よさそうに風に揺らしていた。




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