10:そびえ立つは業火の摩天楼
どうやって来たのか、家族はどうしているのか、馬車に揺られながら当たり障りなく聞いてくるリドリーに、アルフレッドもまたそつなく返す。時に楽しげに笑い、時に懐かしみ、何も知らぬ者には移動中の他愛も無い雑談のように聞こえるだろう。
だが実際は虚偽を貫くための話の摺り合わせでしかなく、楽しげに語り合う思い出話は全て偽り。それも双方理解したうえで話しているのだ。
そんな二人のやりとりをカティナはアルフレッドの隣に座りながら聞き、そして覚えようと努めていた。
自分達がどこから来たのか、故郷に家族は何人居るのか、リドリーとはどういった関係なのか……。正確に言うのであれば、どこから来たふりをすれば良いのか、故郷に家族が何人居るふりをすれば良いのか、そしてリドリーとはどういった関係を装えば良いのか、である。
「カルティアもアルと一緒に来たんだな」
「はい。親戚のアルが王宮に行くって言うから、私もと思って」
「そうか。そうだな、アルもカルティアも親戚だからな」
改まって話すリドリーの言葉に、カティナが頷いて返す。もちろんこれも全て嘘だ。アルフレッドとは親戚ではないし、リドリーとも初対面である。そもそもリドリーに至っては名前も存在さえも知らなかった。
だが馬鹿正直に墓地から来た墓守だなどと言えるわけがなく、そしてリドリーもまた事実など興味がないのだろう。彼の望みはこの虚偽を貫き通し、己の懐に一つでも多く宝石を溜め込むことだ。
茶番としか言いようがない。そうカティナが小さくぼやいて窓の外を眺めた。日が少し傾きはじめている、森に囲まれた墓地はもう暗くなりはじめている頃だろう。
そうしてしばらくは白々しい雑談を盛り上がらせる中、馬車がガタと音をたてて止まった。
リドリーが窓の外を眺め「着いたな」と一言漏らす。
次いでニヤリと笑うのはカティナとアルフレッドを成り上がり思考の田舎者と決めつけたからだろう。王宮を見て驚く様に期待しているのか、どことなく楽しんでいるように見える。
少なくとも、アルフレッドが元王子とは露程も気付いていないようだ。
「さすがに陛下にお通しするわけにはいかないが、謁見の申し出ぐらいは手伝ってあげよう。数日滞在するなら、運が良ければ王宮内でお会いできるかもしれない」
「えぇ、そうですね。ですが陛下もお忙しいでしょう……あんなことがあって……」
言葉尻を濁し、アルフレッドが窓の外へと視線を向けた。
深緑の瞳が細められるのは、きっと王の姿を……父の姿を思い出し、そして先立ってしまったことに胸を――もう動かない胸を――痛めているからに違いない。
家族愛だの情だのといったものを知らないカティナだが、さすがに今のアルフレッドの胸中を察するくらいはできる。
だからこそ彼の手にそっと己の手を重ねた。包むように軽く握れば、ひんやりとした冷たさと強張るような硬さが伝う。
「……カルティア」
「アル、大丈夫?」
「あ、あぁ……大丈夫だよ。少し緊張してたみたいだ」
取り繕うようにアルフレッドが笑う。
その表情は痛々しいものでしかなく、カティナが小さく彼の名を呼んだ。心配させまいとしたのかアルフレッドが手を握り返してくるが、それもまたひやりとして硬い。
そんな中、唯一事情の知らないリドリーはさして気にかけることなく、それどころか二人のやりとりに苦笑を漏らした。額面通りに緊張の面持ちと受け取ったのだろう、その笑みは若輩者を愛でるような色を宿している。
「陛下は寛大なお方だ。そこまで緊張しなくてもいい」
「えぇ……そうですね」
ポツリと返すアルフレッドの言葉に、リドリーが苦笑を強めた。「緊張するなという方が無理な話か」と茶化すような彼の口調は脳天気なものだ。
そうして馭者が到着を告げて扉を開ければリドリーが馬車から降り、アルフレッドもそれに続く。
カティナもまた彼等に倣うように馬車から降り……そして眼前に構える王宮の威圧感に赤い瞳を丸くさせた。
要塞と言えるほどに厳重な作り。綻び一つ許さぬ堅固な構えは目の前にすると痺れに似た圧迫さえ感じさせる。息苦しさが漂ってきそうなほどで、近付く一歩が妙に重い。
なだらかに山を成す国土の頂点に構えたそれは、眼下に広がる町並みと合わさって荘厳にさえ思える。リドリーの屋敷など比べるものでもない。
とりわけ目を引くのが高い王宮の更に頂点、中央に構えた塔の天辺から伸び、風を受けて揺らぐ黒い旗だ。その高さはカティナが首を痛めかねないくらいに見上げてようやく視界に映るもので、雲にも届きそうな程ではないか。
そんな旗をカティナはじっと見上げ、「黒い」と呟いた。
「普段は国旗がはためいているんだ。だが第一王子がお亡くなりになられた直後だからな……」
「そうですか。でも、リド……リ、リドリーおじさん……の服は、そんなにきらびやかで良いんですか?」
『おじさん』の言い慣れなさにカティナが苦戦しつつも問えば、それを『尋ね難いことを躊躇いつつも口にした』と取ったのか、リドリーが難しい表情で己の髭を撫でた。
だが事実、今の彼は質の良い赤い布に金糸の糸をあしらった上着を着ており、大きな宝石のついた指輪を左右の手にはめている。
到底、喪に服しているとは思えない派手さだ。こんな姿で第一王子を失ったばかりの王宮に出向けば失礼どころの話しではない、下手すれば侮辱罪に問われかねない。
だがカティナがそれを尋ねてもリドリーは己の身なりを気にすることなく、はっきりと「これで良いんだ」とだけ返して歩きだしてしまった。
カティナの頭上に疑問符が浮かぶ、
第一王子が亡くなって半月どころかまだ十日すら経っていないのだ。普通であれば国中が喪に服し、とりわけ王宮は悲しみに包まれ亡き王子のために黒に染まっているはずなのに。
それがどうしてきらびやかなリドリーが許されるのか。
だが首を傾げるカティナに対し、当の亡き王子であるアルフレッドは酷くあっさりとしたもので「そういうものさ」と一言で済ませてしまった。
そこに己の扱いを嘆く様子も無ければ、リドリーに対して憤る様子も無い。
「でも、普通は喪に服すんじゃないの? シンシアが自分の時は……自分の知り合いの時は、取り巻きの男の人達が一年間黒い服を着続けてたって言ってたよ」
「普通ならそうだろうな」
「普通なら?」
王宮は普通ではないのか? そうカティナがオウム返しで問えば、アルフレッドが小さく笑って肩を竦めた。酷く苦しそうで、それでいてどこか開き直った自虐の色を見せる笑み。
なんとも不安定なその表情は見ていると胸が詰まるかのような心苦しさを覚え、カティナが赤い瞳を細めた。次いでまるで割って入り急かすかのように掛けられた「行くぞ」というリドリーの声に、はたと我に返って彼へと向き直る。
見れば王宮の扉をリドリーが潜り、その後をアルフレッドが続くために歩き出す。「行こうカルティア」と促す彼の声は普段の穏やかなものだが、表情は悲愴感と決意を綯交ぜにした複雑な色を見せている。
そんなアルフレッドを追うように、カティナもまた彼等に続くように王宮へと足を踏み入れ……、
眩いほどに飾られた王宮内に、目に焼き付かんばかりにあちこちを覆う赤の色濃さに、そして黒ではなく赤を纏い着飾る人々の姿に、同色の瞳を丸くさせた。
藻に服す意志などどこにも見られない。むしろその意志すらも焼き尽くさんと燃え上がる炎のように王宮内に赤が満ちている。
その光景は、とうてい数日前に第一王子を亡くしたとは思えず、華やかとさえ言えるだろう。
これではまるで、質朴な色の服を纏う自分の方が場違いではないか。
そうカティナは不安を抱き、黒一色の帽子を抱きかかえると共に朱色のケープで覆い隠した。




