65話 本当の魔王
喉元に剣を突き付けられたアンスタンは目を閉じ、覚悟を決めているようだ。
「一思いに殺せ……、クランヌ」
アンスタンとしては、魔王のプライドをかけて戦いを挑み、そして、負けた……。
アンスタンの為を思えば、殺してやるのが優しさだろう……。だが、クランヌ様は剣を引いた。
「勝負はついた。わざわざ殺す必要はない」
「クランヌ、どういうつもりだ? 俺に生き恥を晒せと言うのか?」
アンスタンの声は怒りに震えるわけではなく、どこか安堵したかのような声になっていた。死ななくて良かったとでも思っているのか?
いや、アンスタンの性格を考えればそんな事を思う男じゃない。
クランヌ様は、アンスタンに手を差し伸べる。私は、アンスタンが手を振り払うと思ったのだが、予想に反し、クランヌ様の手を取る。
「アンスタン、私の魔王就任の時に反旗を翻したのは、エスペランサの為であり、私の為でもあったのだろう……」
「ふん……」
どういう事だ?
そもそも、アンスタンが反旗を翻したから、はぐれ魔族が生まれ、長い小競り合いにつながったはずなのに、それがクランヌ様の為?
私はアンスタンに視線を移すが、アンスタンは何も答えない。私はクランヌ様とアンスタンを見入っていた。
二人は何も話そうとしなかったが、その時。
「アンスタン!! 貴様、ベアトリーチェ様を裏切るのかぁああああ!!」
俺が倒したはずのゴッドゴブリンが、クランヌ様とアンスタンを睨んでいた。
「な!?」
こいつは私が倒したはずだ。完全に死んでいるのを確認したと言うのに……。
ま、まさか……!?
私の驚愕する顔を見て、アンスタンは溜息を吐き、呟くように「完全な新人類に覚醒したか……」とゴッドゴブリンを睨みつける。
新人類に覚醒だと?
く、くそっ!? 完全に私のミスだ。
ジゼル殿から教わっていた新人類は、死者と変わらないと聞いていた。死者ならば、心音が止まっても不思議じゃない。焼き尽くすなりして完全に消滅させるべきだった。
「俺がベアトリーチェを裏切る? 魔物風情が勘違いするな。俺は元々、あんな神族如きに忠誠など誓ってはいないが?」
「ふ、ふざけるなぁああ!! 貴様の部下を新人類に覚醒させてやっただろうが!!」
な!?
という事は、私やマジックの部下が戦っているのは、新人類に覚醒したはぐれ魔族だと言うのか!?
私はすぐにマジックの下へと駆け付けようとするが、アンスタンの言葉に足を止めた。
「新人類に覚醒させただと? 貴様等がどういった思いでやったか知らないが、出来上がったのは、生ける屍だろうが」
「生ける屍?」
私がそう聞くと、アンスタンは一度頷き「あぁ、新人類を作る過程で覚醒しなかった者達の事を生ける屍と呼ぶ。魔物の場合は失敗しても自我を生むので、どちらにしても強化する事になるのだが、人は失敗すれば生ける屍になってしまう。一度そうなってしまうと、元に戻す事は不可能になる。しかも、自分の意志を持たない為、何も出来なくなる。いや、命令しても歩くしか出来ない。今回はエスペランサ首都を目指していたんだろう」
生ける屍か……。
はぐれ魔族共は敵だったが、意思の無い生ける屍になった事には、同情する。
生ける屍について話をする私とアンスタンを見て、ゴッドゴブリンが激昂する。
「お喋りはそこまでだぁあああ!!」
ゴッドゴブリンはミスリルの大斧を振り上げクランヌ様に襲い掛かった。
「せめて、魔王である貴様だけでも死ねぇええええ!!」
クランヌ様は聖剣を抜こうとしますが、アンスタンがゴッドゴブリンの大斧を自身の体で受けた。
「ぐっ!?」
アンスタンの体が自身の血で染まる。
しかし、腑に落ちない。アンスタンの体であればミスリルで出来た大斧くらいでは傷はつかないだろう。実際にレティイロカネで出来ているクランヌ様の聖剣でも、深い傷はつけられなかったはずなのに……。
アンスタンは膝をつき、震える声で「チッ……、呪いか……」と呟く。
そ、そうか……。呪いの力が付与されているのであれば、防御力を無視する事も可能だろう……。
「ぐははは!! アンスタン、死にたくなければベアトリーチェ様に従え!! そして、俺に跪け!!」
と、不用意に近づくゴッドゴブリン。アンスタンがその隙を見逃すわけがない。
「いや……だね」
そう呟き、アンスタンはゴッドゴブリンの首を掴んだ。
「が……、あぁあ……」
ミシミシ……。ゴッドゴブリンの首の骨が軋む音が聞こえてくる。アレではゴッドゴブリンは息も出来ないだろう。
「が……、がぁああ……」
ゴッドゴブリンは、苦しそうな顔でミスリルの大斧を振り回し、アンスタンを斬り刻む。血塗れになりながらも、アンスタンはゴッドゴブリンの首から手を離さない。
「このまま、首を握り潰したら、新人類は死ぬ事が出来るのか? お前は覚醒したばかりだから、分からないだろう。試してみようじゃないか……」
「……!?」
ゴッドゴブリンは暴れるが、アンスタンは離さない。それどころか、一気に拳に力を入れ、首を握り潰してしまった。その直後、ゴッドゴブリンは力を無くし動かなくなる。
しかし、アンスタンはゴブリンを手放す気がないらしい。
「ブレイン、こいつを殺す方法はあるか?」
アンスタンは私を呼ぶ。やはり、私の事を覚えていたようだ。
だが、新人類を殺す方法か……。
「殺せるかどうかわからないが、反回復魔法で傷を悪化させればどうなるのだろうな……」
「そうか……。それは楽しそうだな……」
アンスタンはゴッドゴブリンの死体を持ち去ろうとする。
「アンスタン!?」
「こいつの始末は俺に任せてもらおうか……」
「し、しかし……」
アンスタンはクランヌ様を制止する。そして、私に「反回復魔法とやらを使用してくれ……」と頭を下げた。
私はアンスタンの言う通り、反回復魔法をゴッドゴブリンにかける。すると、ゴッドゴブリンの体は一気に傷だらけになり崩れかける。だが、すぐに再生していた。
「やはり、すぐに再生するようだな……。では、もう会う事もないだろうが、さらばだ……」
アンスタンは、ゆっくりと歩きだす。
「アンスタン!?」
「クランヌ。今のエスペランサには、お前のような甘ちゃんが必要なのだろう……」
そう言って振り返らずに、歩いて行く。
最後に「お前こそ、本当の魔王だ……」と言って、姿を消した。




