11話 ジゼルの謝罪
ジゼルを前にした、姫様の表情は険しいモノでした。姫様にとっては、ジゼルは憎い相手ですから仕方ないと言えば、仕方ないのですが……。
「まさか、貴女が生きているとは思わなかったわよ。ジゼル……」
「それはお互い様だな。私もネリー姫はファビエが滅んだ責任を取って処刑されたと思っていたからね……」
ジゼルの言葉に激昂した姫様は、コップに入った水をジゼルに思いっきりかけました。その後、コップも投げようとしましたが、避けようともしないジゼルを見て、投げるのを止めたみたいです。
「ネリー姫の怒りは当然の事だ。それだけの事を私はしたんだからな」
ジゼルは目を閉じ、淡々と言います。
「なら、どうして私の前に現れたの?」
姫様は声を震わせながら、何とか冷静さを保っているみたいです。
はて?
姫様が手招きをしていたので近づくと抱きしめられて、横の椅子に座らせられます。そして、手を握ってきました。
「姫様?」
「落ち着くから、しばらくこうしていて」
姫様が落ち着くのであれば、私はここでじっとしています。
「ネリー姫が生きていると聞いて、謝罪したいと思ったからだ。いや、謝罪したところでファビエの国民は戻ってこないし、私の罪が許されると思ってもいない……。あくまで自己満足にすぎないが……」
ジゼルは床に手をつき、「済まなかった……」と頭を下げました。
ジゼルが謝っているのを見て、姫様は少し驚いていました。
「頭を上げなさい。貴女にはいくつか聞きたい事があるのだけど、いいかしら?」
「あぁ……」
ジゼルは、その場に座ったままいましたが、姫様から椅子に座るように言われ、椅子に座りなおします。
「貴女は私が死んでいたら、謝るつもりもなく、のうのうと生きていくつもりだったの?」
「そうだな。確かにネリー姫が生きていると聞かなかったら、この先ものうのうと生き恥を晒していただろうな。忌み子ちゃんに一度殺され、二度目にタロウに殺されたとき、それでも構わないと思った。しかし、なぜか三回目に生き返って、初めて私がやらなくてはいけない事を思い出した」
「思い出した?」
「あぁ。フィーノの村の呪いを解く。それが私が生き恥を晒しながらも生きる理由だ」
確か、村人を亜人に改造したと言っていましたね。それを治すのが目的だったんですか。
「ならば、どうして私の前に現れたの? 現れなければ、目的を達成しようと、私の目の届かないところで勝手に生きてくれればよかったのに……」
「だから言っただろう? 私の自己満足だと」
ジゼルがそう言うと、姫様は困った風に笑います。
「しかし、フィーノの村の呪いを解くね……。なぜ、そんな事を考えたの?」
「そうだな。ネリー姫も国政に携わっていたのなら、フィーノの村が置かれている環境の事を知っているだろう?」
「そうね。あの村に隣接している森は資源の宝庫。百年前に比べれば、森の価値は落ちているけど、今でもあの森を欲しがる国は少なくない……でしょ? まぁ、守り人達がいるから、そう簡単にあの森を手に入れる事はできないでしょうけどね」
守り人ですか。
村長に鉄鉱石を渡しに行った時に、数人の村人を見ましたが、亜人という事で、人間よりも身体能力が高いのはもちろん、一人一人がエラールセの部隊長クラスの魔力を持っていました。きっと、今でも強くなるために訓練をしているのでしょう。
数が少ないとはいえ、森での戦闘と考えればエラールセの軍隊でも、下手に手は出せないでしょう。
「あの村の呪いは私の実験の結果だ。私が村人を改造した」
「……」
「何も言わないのかい?」
「私に何かを言う資格はあるかしら? そうしないと村は守れなかったのも当然知っている。もし、村人が亜人に改造されてなかったら、あの村は滅びていたでしょうね。それに、何度かファビエも侵攻したという記録も残っているからね……」
記録に残っているとは……。
「ファビエの国民を皆殺しにしたのは、その復讐なの?」
「それは違う……が……」
ふむ。
これはジゼルには答え難いかもしれませんね。何を言っても弁明に聞こえてしまいますから。
「姫様。この事は私が説明したいのですが、いいですか?」
「レティが? どうして?」
私はジゼルにかけられた精神操作について説明します。しかもその精神操作はかなり根深いもののようで、ジゼル自身の意志に関係なく行動していたと思われる事も全てです。
「グランドマスターに操られていたと言うの?」
姫様はジゼルにそう問いました。しかし、ジゼルは何も答えません。いえ、答えられないでしょう。
「おそらくですが、ファビエを滅ぼしたのはグランドマスターでしょう。ジゼルは魔法を使っているように見せかけるための道具に使われたと考えていいかもしれません」
エレンと同じ【無限の魔力】を持つ人以外に、ファビエの国民を皆殺しにするほどの大魔法は使えないはずです。
ジゼルは私との戦闘中に、魔力切れを起こし、老婆に変貌していました。
確かに途中で不老が解けた印象もありましたが、あれは魔力の枯渇の方が正しいかもしれません。
そして、生き返った後も、魔力は回復しなかったと……。魔力が残っていたのならば、タロウに無抵抗に殺される事もなかったでしょう。
仮にタロウに対し、罪の意識を感じて死ぬ事を選んだというのであれば、私との戦いに負けても、生き返るように保険など掛けなかったでしょうし……。
「ジゼル。私に殺され生き返った時に、貴女は魔法が使えたのですか?」
ジゼルは静かに首を横に振ります。
つまりは、抵抗できなかったという事です。
「つまりはすべてはグランドマスターの手の上で踊らされていたにすぎません。もしかして……」
「何か思い当たる節でもあるの?」
「ジゼル。一つ聞いていいですか?」
「なんだい?」
「ヒヒイロカネの盾……ファビエの至宝はどうしました?」
「なに?」
グローリアさんがヒヒイロカネの盾がなかったと言っていました。
ジゼルが持って行ったと思っていましたが、もしかして……。
「私は知らない。そもそも、ファビエにそんな至宝が、ヒヒイロカネの盾があった事すら、今知ったのだが? いや、記憶にはあるな……。曖昧で済まんが……」
ジゼルの反応を見る限り、嘘はついていないでしょう。
すると……。
「グランドマスターがファビエを滅ぼしたかった目的は、ヒヒイロカネの盾という事ですか……」
「え!?」
あくまで推測ですが、ヒヒイロカネの盾を奪ったという事は、何かに使用されている……。
ゴブリン魔王……。
機械……。
「アマツの記憶ですか……。ジゼル、機械兵というのに聞き覚えはありますか?」
「機械兵? なんだそれは?」
ジゼルも知らないとなると……。
まさかと思いますが……。
「レティ、ジゼルに聞きたい事があるんだけどいい?」
「え? あ、はい。私の方は少し考える事がありますから……」
しかし、ジゼルに聞きたい事ですか……。何でしょう?
「ジゼル。知っている限りでいいから答えてほしいの」
「なんだい?」
「タロウを召喚した時の事を聞きたいの……」




