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天空の色を抱く  作者: ナナシマイ


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3/6

 無機物は何其(どれそれ)をしたがる。

 生物には生命の維持に不可欠な欲求があるように、無機物には天地を目指すための欲求があるものだ。おおよそ種別によって欲求の傾向は定まっており、たとえば石の場合は家を造りたがる。

 そういった無機物の欲求に指向性を与えてやるのが調教師だ。

 きちんと調教された無機物は機術によって行動を制限することが可能となる。つまり人間の指示に従う。

 人間にとっては彼らの能力を都合よく利用できるし、無機物にとっては恒常的に欲を満たすことができる。社会はそうやって発展してきた。

 ここ〈連邦〉の外でも同じかどうかは、わからないが。


「はーい、じゃあ一個ずつ測定器に乗ってね」

 そう口で言いながら、フユカは言葉と同じ指示を組み込んだ機術を適用した。測定器に一番近いところにいた石が軽やかな音を立てて乗っかり、他の石たちはずらりと一列に並ぶ。さながら白蛇のように、その列は少しずつ進んでいく。

 調教が進んでいるがゆえの動きだが、まるで言葉が通じたみたいで、にっこりとしてしまう。フユカは、誰もが簡単に無機物と意思疎通を図れる社会を作りたいのだ。

「フユカって田舎暮らしに向いてそうだよな」

 結果にばらつきがでないよう、測定中は調教をとめる決まりになっている。通常その時間は事務作業などにあててもらうため、調教師の作業の邪魔にはならないのだが、すべて外注任せで他にやることがないイズクはいつも暇そうにしていて、よく話しかけてくる。

「そうなのかしら。住んだことがないからわからないわね」

「住んでみりゃいいじゃん。ここに」

「嫌よ。中央にもやることはいっぱいあるの」

 比べるつもりはないが、無機物調査員の仕事は自身で処理すべき付随業務が多すぎる。調査結果をまとめて分析したり、そこから新しい運用の草案を出すよう求められたり、飼育場と運用側の円滑な連携のために橋渡しをしたり。あちこちを飛び回る激務だ。ここに住居を構えたとて、である。

 だいたいね、とフユカは続けた。

「こんな平屋であんたみたいのと暮らしたら苦労が絶えないに決まってる」

「どろっどろに甘やかしてやんのに」

「やめて気持ち悪い」

 軽口を叩きあいながらも、フユカの目は次々測定器に乗る石と、その測定結果に向けられている。基本は機術機構の組まれた測定器が自動で数値を収集してくれるが、気になるところがあれば追加で記録を残しておく。

「あれ、この子ずいぶん太ったわね……たしか先月が……ほら、やっぱり!」

 閲覧端末を操作して前回の値を表示したフユカは首をひねった。

 見た目には変わらないが、その石だけ先月から倍近く増量している。

「他の子と結合したわけでもなさそうだし……イズク?」

 横から伸びてきた手が、測定器から白い斑の石を取りあげた。

「おまえ、石の一個一個覚えてんの?」

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

「俺はこいつら調教すんだから覚えてるに決まってんだろ」

「わたしだって、好きでこの仕事をしているのだもの。そうじゃなくてもあんたんとこの石はみんな個性が強いから、すぐに覚えちゃうわよ」

「さっすが、こんな田舎まで来るだけある」

 馬鹿にするような口調でそう言ってから、イズクはぼそりと「お前、こいつらにホントに興味あんのな」と付け足した。

「当然でしょ。逆になんだと思っていたのよ」

「田舎にわんさかいる、女に慣れてなくて金持ってる男でも漁りにきてんのかと」

「馬鹿にしないで!」

 イズクは口の端で淡く笑いながら、取りあげた石の測定前だった項目について、手の中で測るようにしてすらすらと述べていく。

 なぜか測定器には戻してくれなかったが、フユカの調査そのものには協力的な彼のことだ。なにより、石たちを心底愛しているイズクのことだ。わざと違う数値を言うことはないだろうし、ましてや手にした石の情報を間違えるなんてこと、あるはずがない。

 フユカは素直に、イズクが告げた数値を測定器に手入力した。


 もっともそれは先天的な資質(・・・・・・)も込みであるが、フユカは調教師見習いの真似事ができる程度に豊富な知識を持ち、また優れた機術を扱うことができる。

 イズクのところで飼われている珍しい石の調査にも慣れてきて、最近では半日もかからず簡易測定を終えられるようになった。並の調査員ならば、一般的な飼育場であっても最低一日はかかる仕事だ。しかし機術を使って時間短縮すれば、そのぶん他の調査を進められる。これは自身の強みだとフユカは自負している。

「ふう……」

「おっ休憩?」

「ええ。喫煙室を借りるわよ」

「どーぞ、ってか俺も吸お」

 石の飼育場はたいてい禁煙である。

 煙がしみ込んでしまうと建造物となった際に支障が出るからだ。

 それをイズクは「飼い主が有機物を体に入れるのを嫌がってんだよ」と言う。それはつまり飲食物もなのではと思ったところで、そういえばイズクが飼育場にいるときは水しか摂取していないと気づいた。どうにも本気かわからない。

 彼がたまに変な言動をすると知ったのは、ここ半年くらいのこと。それは、飼育場のすぐ横にある作業所兼別宅に、フユカをあげるようになった時期と一致する。雑用(という名の家事)を押しつけられているだけだが、調査対象と密接な関係にある調教師が素を見せてくれるようになったのはいいことだ。情報を得るため、そこで素肌まで見せあってしまう調査員がいることは由々しき問題であるが。

 本宅は町の中にあり、そちらはイズクいわく「寝るためだけの場所で生活感がない」らしい。フユカは詳細を訊ねなかった。

 ところでフユカが好んで吸うのは霹靂の解という銘柄で、偏屈そうな名称に似つかわしくない甘い味がする。そこにイズクが吸う独特な香りの煙が混じるのを初めのうちは嫌がっていたフユカだったが、最近では慣れてきて、飼育場でも喫煙できるという環境の良さとあいまって、むしろ心地よさすら感じるようになってしまった。

 軽く開いた口から、息を吐き出す。

 ふわりと一瞬広がりかけた紫煙は、しかし不可視の手に絡め取られるようにして壁に吸い込まれていった。しばらくは匂いも残るが、そのうち綺麗さっぱり、壁の向こうへ消えるはずだ。

「この壁、本当に便利よね……?」

「な」

「……どこで手に入れたのよ」

「教えるわけねー」

 イズクはフユカの追求を避けるようにしゃがんで、壁にもたれかかった。

 ここの喫煙室の壁はよくある石造りと見せかけて、煙を吸いたがる。フユカはそのような石の存在を聞いたことがないし、仕事の合間に通いつめた中央の資料庫にもそれらしき情報は見あたらなかった。

 調教師の家にある喫煙室の石壁が煙を吸う、という言葉だけでは報告もできない。というより調査結果に値しない。

 フユカにできるのは家主であるイズクの口を割らせることくらいで、このようすではそれも望み薄である以上、今は諦めるしかないだろう。


「んで?」先に話題を変えたのはイズクだった。「暦に忠実なはずの公務員サマが休日出勤とか何用? 俺が恋しくなっ」

「そうだった!」

 流れるようにふざけたことを抜かすイズクの言葉を遮り、フユカは月イチの定期調査を前乗りしてきていたことを思い出した。

「着いたらまずは測定って流れが染みついていたわね……あれ、でも。おかしいわ。どの石も、なにもおかしくなかった」

「おー。働きすぎて頭がおかしくなったか?」

「もしかして、さっきの増量してたのが兆候だったり」

「なに言ってっかわかんねーけどたぶん(ちげ)ぇよ」

「うーん……――あ、そっか。ここは中央から離れているから、まだ届いていないのかも。ということは待って。わたしが触れるほうが危険だったということ?」

「おい。てめーの頭ん中だけで解決すんなよ」

 だんだんと無意識に遮断していたイズクの声が低くなる。手刀がフユカの脛に当てられた。

「いっ、つ――……ごめん」

「石に関係あんならちゃんと説明しろ」

 そうね、とフユカは壁に煙草を押しつけて火を消した。瞬間、そわりと揺れた壁の隙間に、吸い殻が消えていく。

 煙を吸いたがるというより、煙草を欲しているのではと邪推したくなる。いつか研究してやろうと考えながら、今は重要な話が優先だと頭を切り替えた。

「ちょっと問題が発生してて……――中央の石たちの挙動がおかしいの。付近の飼育場でもね。機術も効くには効くんだけど、ブレがあるというか……原因もわからないし、もっと広い範囲の情報が必要だって。業務時間じゃ絶対に終わらないから早く来たのよ。でもここの石たちは異常もなさそうだから、無駄足だったわね」

「もしかして石風邪のこと言ってる?」

 静止するフユカ。見あげてくる甘い杏色には奇をてらったようすもなく、いつも通りの皮肉げな口もとが煙を吐き出した。ややしてフユカが「……詳しく教えて?」と声を絞り出すと、彼は吸いかけていた息をハッと捨てる。

「まったく、中央のヤツらはなにしてんだかねー」

 そう言いながら、イズクは壁に吸い殻を食わせ、立ち上がった。


「熱っぽかったり、細かい飛沫が零れるんだろ? おもいっきし風邪の初期症状じゃねーか」

「本当だ……」

 飼育場へ戻りながら中央で問題になっている石の異常について話を聞いたイズクは、予想通りだというふうに結論を出した。

 フユカは盲点だったと目を丸くさせる。たしかに、温度の上昇および異物排除の反応は熱風邪の症状と一致する。フラフラしているように見えたのも、体調が優れないときの動きだ。しかし。

「って、待って。石って、風邪ひくの?」

「生きてりゃひくだろ。おまえはひかねーのかよ」

「だって、石よ?」

「そーだな」

 嘲りの中にちらりと怒りの色が見えて、フユカは息を詰めた。

 ごくわずかなその変化に気づいてしまう程度には、イズクの「いつも通り」をフユカは見すぎたのだ。

「……ごめん、今のはわたしが悪かったわ」

 イズクにもその自覚はあったに違いない。見せるつもりのなかった己の苛立ちに、舌打ちをする。それからもう隠すのも面倒になったのか、切れ長の瞳を鋭く光らせ、凄んだ。

「おめーが調査員としてここに来れてること自体が異常なんだよ。もう帰れ」

「帰るわけないでしょ。仕事しにきてるのよ」

 だがその程度で引き下がるフユカではない。

 小柄な体躯に強気の態度を乗せて言い返すと、二人の険悪な雰囲気にそわそわと落ち着かないようすの石たちがこちらを窺っていることに気づく。

「……今日はもう、終わりにするわ。頭冷やしてくる。明日はきっちり朝イチに始めるし、風邪の話も聞かせてもらうから。ちゃんと用意しときなさいよ」

「へいへい。どうせ開いてっから好きにくりゃいーよ」

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