③ハッピと温泉旅行(前編)
「ハッピ、そろそろトガクスの街に到着するから降ろしてよ。」
とYUKIはハッピの背中に乗って浮遊高速移動していたのだが、
人目の無いところに降ろすように指示した。
「ガルーン。」「ええで。ほな降ろすで。」
と二重音声でYUKIには聞こえてきた。
他の人には動物の鳴き声しか聞こえないが、YUKIとハッピはパスが常に通っていたので念話で
副音声が聞こえていたのだった。
「ありがとう、ハッピ。じゃあ小さくなって。」
と言うとYUKIはハッピから下車した後で、すぐにハッピを子犬程度の大きさに小さくした。
周囲から魔物と勘違いされて怖がられないためである。
温泉街トガクスの街は、人間属の国とドワーフ属の国の境に位置しており、地形は扇状地の
山脈側にあって良質の温泉が多数湧き出ていたので、街には温泉の銭湯や足湯があちこちにあり、
しかも全て源泉かけ流しの湯だったので街からは常に白い湯気が立ち上っていた。
建築物は、ドワーフのレンガ技術を用いた近代建築物のような物が多かったが4階建てより
大きい建造物はここには見えなかったので、奥の山脈が綺麗に見ることができた。
街の周りにはレンガ造りの外壁があっていかにも異世界の街といった様子であった。
街の入口には門番が居て、お尋ね者を入れないようにしている程度のゆるーい検問だったので、
YUKIと子犬サイズのハッピは、そのまま引き止められことも無く普通に歩いて街の中へ入ることが
出来た。
時刻は夕方だったので、まだ山の斜面にレクリエーション施設として造られていた多くの
スキー場のリフトのような物が見えたので、こちらの世界でもスキー場のような物と温泉街は
セットで発展しているようであった。
「晩御飯まで時間があるから、ちょっと街を見て回ろうか。」
とYUKIはハッピに話しかけた。
「キューン」「ええで、小さいから何か視野が低いけど。」
とハッピはYUKIに賛同したので、街を見て回ることにした。
メインの通りは商店が多く立ち並んでいた。街には多くの人属がリゾートに来ているのが
見られた。門から入ってしばらくは、日用品の店や魔法具の店が多くいわゆる雑貨系のお土産を
売っているようだった。
大きな通りには、飲食店の前に足湯があって集客装置になっているようであった。
奥に進むにつれ、もちろん温泉饅頭屋のような食べ歩きのファストフードを売りにした店も
多く見られた。
「ガルーン」「あの肉うまそー。」
とハッピが誘惑に勝てずにYUKIに催促してきた。
「じゃ、1本だけやで。もうすぐ晩御飯なんやから。」
と甘えるハッピに負けて串の肉を買ってあげた。
あの肉の焼ける匂いといい、旨そうな見た目といい、その誘惑に勝つのは地球でも異世界でも
同じで難しかった。
こちらの世界では科学技術より魔法技術が中心となって発達していたので、大阪の電気街の
ネオンとは全く景色が違っていたので、非日常を味わうにはこれ以上ない条件だった。
まだ周囲は明るかったが街灯の魔法灯が徐々に点灯し始め、青や緑を基調とした落ち着いた
寒色で気分を落ち着かせてくれた。
しばらく行くと四方八方に道は分かれていたが、それぞれの行先には宿屋の名前が記されていた。
宿はGORRDANが手配してくれていると言っていたので探す手間は不要だったし、前もって
教えてもらっていた宿の名前が書かれた案内看板があちこちにあり、その謳い文句からも
現地で一番豪華な宿であることは一目で分かった。
「そろそろ、宿に行こっか。」
とハッピを促した。
串の肉を手足を使って上手に食べて満足したハッピは、
「キューン」「ええでー、行こ行こ。」
とYUKIに素直に従った。
異世界でも豪華な宿は豪華なお出迎えがあった。
少し違っていたのは、女将と思われる女性は人間属だったが、使用人と思われる女性たちは、
ドワーフ属、獣人属、天狗属、ホビット属など多人属で構成されていた。
おそらくどのような客にも対応できるようにするためであろう。
GORRDANの気配りでか、ここではYUKIのことを賢者だと知る者は居ないようであったので、
YUKIも気疲れすることもなく過ごすことができた。
明らかに宿の一番豪華な部屋に通され、やっと一息つくことができた。
部屋数は一人旅なのに5つもあって、応接用、リビング、寝室二つにダイニングキッチンの
構成だった。
部屋の中には内湯は無かったので、宿の大浴場を利用するようになっていた。
「ハッピ、ご飯の前に先に一風呂浴びて来ようか。」
とハッピを誘った。ペットの入浴に関しては特に規制は無い様で、獣人属の客も居たので、
ホワイトタイガーの子供がお風呂に入ることを咎める人は誰もここには居なかった。
「ギュルーン」「えーお風呂面倒くさいな。いややな。」
と猫がお風呂を嫌がるような答えを返した。
「えー、ハッピ身体洗わへんかったら、今日は外で寝て貰わなあかんなー。」
とYUKIが笑いながら答えた。
「ギュルル」「しゃーないなあ、ほな入るわ。」
とここは素直に従った。
YUKIとハッピは二人で大浴場に向かった。
異世界でも男湯と女湯は別でもちろん女湯と書かれた魔法で制御された自動扉をくぐった。
あんなに風呂を面道くさがっていたハッピは、温泉でバタバタとおおはしゃぎで泳いで
楽しそうだった。
「ハッピ、はしゃぎすぎ。」
と本当に無邪気にハッピは騒いでいたので、大浴場はかなり大きな温泉だったので湯気の
向こうにちらほらと周囲の客の姿が見える程度ではあったが、YUKIが他の客に迷惑に
ならないよう気を配って、さらにハッピは小さくされてしまった。
「ガルガルーン」「ちぇ、つまんねーの。」
とハッピはYUKIに毒づいた。
ハッピは素直だったせいかYUKIの二面性の本人は絶対に外には出さないような悪っぽい
考えの部分の影響を受けているようだった。
外向けにはYUKIは賢者らしからぬ言動は極力抑えていたが、YUKIも人間だったので
いつも善悪と戦っていることは他の人間と同じだった。
そのためYUKIとハッピはパスが繋がっていたので、YUKIが決して表に出さない部分をハッピが
「悪YUKI」担当のようなスタンスで、ボケと突っ込みでもないが、「善YUKI」と「悪YUKI」を
役割分担化しているようでもあった。それでYUKIの精神バランスも正常に保てていたのであろう。
「あのー。あのー。」
と他の宿泊客らしい猫耳の獣人の女性がYUKIたちに話かけてきた。
YUKIはとうとうハッピのはしゃぎ過ぎで文句を言われるのであろうと思い、
「あー、たいへん申し訳ございません。」
と湯気の向こうからこちらに近づいてきた獣人の女性に先手を打って謝罪をした。
「いえいえ、そうではありません。」
とにこやかな笑顔でさらにこちらに近づいた。
近くで見ると確かに笑顔の獣人属の若者で怒って文句を言っている様子ではなかった。
「はい。え?」
とYUKIはどうしたのだろうと不思議に思っていた。
「たいへん不躾で申し訳ございませんが、私の住む獣人属の村では白虎様は神様として
祀られておりまして、もし差し支えなければご挨拶だけでもと思いまして。」
とその獣人の女性は理由を説明した。
「えー、そうなんですね。でもこの子は私の召喚獣のハッピだから、その神様とは違うと思うわ。」
とやんわりとお断りを入れた。
それを聞いた獣人の女性はそれでもめげずに説明を続けた。
「むかーし、何百年も前のことなのですが、魔王を討伐された勇者パーティがいらっしゃいまして、
その中に賢者様がいらっしゃいまして、その賢者さまがいつもお側に置かれていたのが、
白虎様でして、我々獣人属の村では、賢者様にお仕えした白虎様を神様として
今も称えております。」
と誇らしげに続けた。
「ガルガルーン」「それ当たってるやん、おれおれ、それ俺。」
とハッピは答えたがもちろん獣人の女性にもハッピは「ガルガルーン」としか聞こえていなかった。
「へー、そんな言い伝えがあるんですね。勇者パーティももう何百年も前なら皆さん
お亡くなりになってますしね。」
とハッピを無視して少し暗めの表情で答えた。
「確かに、勇者様は魔王との戦いでお亡くなりになられたらしいのですが、その他の皆様は
まだどこかでご活躍されているというのがもっぱらの噂です。」
と誇らしげにさらに説明を続けた。
「ガルルルーン」「なんだー、全部バレてーら。そろそろ正体あらわそうぜ。」
とハッピはYUKIを促した。
「そーなのね、でもこーんな小さな子で何もできないし、さすがに神様は無いわねえ。
良い事教えてくれてありがとうね。ほほほ。」とYUKIは小さくされたハッピを抱えて、
上品に笑いながら、大浴場を後にした。
「ガルルルル」「おい、おれがその神様なのになんで逃げるんだ、YUKI。」
とハッピはバタバタ唸り声を上げながら必死にもがいていたのだが、結局YUKIに抱えられて
浴槽から連れられてしまったのであった。
「そんなのバレたら、せっかくのお忍び旅行が台無しやんか、バタバタしないの。
さあご飯ご飯。」とハッピはYUKIに押さえつけられて観念したようだった。
ご飯は予想に反してかなり美味しい物が堪能できた。
YUKIが以前異世界に居た頃の印象では、食品の素材は豊かであったが、味付けはほぼ塩味
だったので何を食べても同じような味だとあきらめていたのだったが、ここでの食事は地球の
温泉宿の食事のようにお上品な感じとは似つかなかったが、お肉メインで豪快な要素で、
ピリ辛や香辛料などのスパイスのおかげで食欲が増進されて、ハッピも満足しているようだった。
おそらく高級宿ならではの料理なのであろう。
「ハッピ、ここの料理は美味しかったね。」
とYUKIはハッピに食後に話しかけた。
「キュルーン」「ほんまやな、塩味じゃない肉は旨かったぜ。」
と歯に衣着せない普段どおりのハッピだった。
「じゃ、お腹いっぱいになったし、夜の街を見に行こうか。」
とYUKIはゆったりとした宿泊者専用の浴衣っぽい部屋着のままでハッピと夜の街に繰り出した。
他の観光客なども似たような宿の部屋着で街を歩いていたのをさっき見たので、
YUKIもそれに倣ってのことだった。
夜の街は昼間とは全く違う世界に見えた。山の方にはスキー場のリフトの明かりが暖色系の光
だったのでとても明るく見えた。反対に平野の方角は真っ暗だった。街中は寒色系の光だったので、
落ち着いて大人のムードが漂っていた。お店にはスキー場の客が街に多く戻って来ているせいか、
昼間より飲食店などは格段に盛況であった。酔っ払いなどもチラホラ散見されるようになっていた。
YUKIは今回は一人旅だったのであまりお酒は飲まない様にしていた。
「じゃ、あそこのコンビニみたいなところで、夜食とハッピのおやつ買って帰りましょうか。」
とYUKIはハッピに提案した。ハッピは正直もう少し遊び足りなかったようだが、
おやつという言葉に惹かれたのか
「キュルルーン」「ええで、おやつ買って帰ろうか。」
と素直に賛同した。
YUKIとハッピは食品の棚からYUKIのデザートとハッピの干し肉のおやつを選んで
会計のレジに並ぼうとした瞬間だった。
「おい、ねーちゃん、割り込みは良くないよ。」
と酔っ払いの人間属の男たち3人がYUKIに絡んできた。
「じゃーお先にどうぞ。」
とYUKIは面倒くさい酔っ払いたちに素直に順番を譲った。
しかし酔っ払いたちの目的は他にあったようで、さらに絡んできた。
「そういう問題じゃないんだ、お詫びに俺たちと飲まないかーって話。」
「良い身体してんじゃん」「俺たちと楽しい事しよーぜ。」
と酔っ払いたちは本性を現した。
「ガルル」「おい、こいつら燃やしてまおうか。」
と子犬サイズにされたままの血気盛んなハッピは先走ろうとした。
「ハッピ待って、店が燃えちゃうでしょ、面倒は起こさないの。」
とYUKIはハッピを静止させて、ちらりとレジの奥にいる店員を見ると、怯えてしまって
動けない様子だった。
次の瞬間、バタバタと3人の酔っ払いたちは床に転げて眠ってしまった。
それを見て店員はまた違う驚きで倒れている男たちを見て首を捻っていた。
「店員さん、これ下さい。」
とYUKIが話しかけると驚いた様子のまま、
「は、はい。」
と答えると本来の仕事を始めた。YUKIたちは万引きにならない様にちゃんと商品の清算を
済ませてから商店を後にした。
「キュイーン」「さすがYUKIやね。麻酔銃で眠らせるやなんて。」
とおそらくその場にいた者で、YUKIが異空間収納している魔導銃を取り出して、
水魔法の応用の麻酔を彼らに撃ったのを知っていたのはハッピだけだった。
「そうね、私は医者だから悪い患者様は治療して差し上げないとね。」
とYUKIは冗談交じりで答えた。
YUKIたちは、宿に戻ってさっきの商店で買ったおやつをまったりとしながら満喫していた。
その後は汗をかかない行水程度にもう一度温泉で体を洗ってから今日はもう寝ることにした
のだった。いろいろあったが、非日常空間でのとてもリラックスできた最高の旅行初日であった。
翌日はハッピが日の上る前から起きてバタバタしていたのをYUKIは知っていたが、
それを気にせず眠れる限界までゆっくりまったりと寝てからようやく起きることにした。
朝食は部屋まで運んでくれることになっていたが、もうお昼前近くになっていたので、
片付けられてしまったのか、そもそも持って来なかったのかは分からなかったが食事は
下の食堂に行って取ることにした。YUKIたちと同じくお寝坊さんたちが何組か食堂で
ブランチを食べていたので、YUKIたちも特にそのことは気にせずブランチを取ることにした。
メニューをいろいろ見ていると、ふと昔の思い出が蘇った。
地球の異世界カフェの光景が蘇り、この世界に来る最初のきっかけとなった、獣人の
女子の歌が脳裏に浮かんだ。「オトン♪、オカン♪、オトン♪、オカン♪、オトン♪」
と独特のリズムは沈みそうな時いつもYUKIを元気付けた。
「ガルルルル」「YUKI、YUKIーーー。」
とぼーっとしているYUKIをハッピが呼び戻した。
「何、ハッピ。どうしたん。」
と抱きかかえていたハッピを手で撫でまわした。
「キューン」「YUKIがぼーっとしてていつまでも昔のこと思い出してるから呼んだんやん。」
とハッピはYUKIといつもパスが繋がっているので何を考えているかは分かっていたので、
早くご飯が食べたかったハッピに意識を呼び戻された。
「あ、ごめん、ごめん、ハッピお腹空いてたんやったな。」
とYUKIは事情を理解して謝った。
YUKIとハッピはお腹いっぱいになるまでブランチを堪能して最後の紅茶を飲んでいたが、
その時テーブルの上に面白そうな物を見つけた。
それは、温泉街が主催しているイベントの告知だった。
「開催は本日、魔方陣スタンプラリー、豪華賞品プレゼントやって。
面白そうやな、ハッピこれやろうか」とYUKIはハッピに提案した。
「ほんまやな、もう始まってるやん、受付9:00~13:00ってなってるで、
はよ行こ、行こ。」とハッピは遊ぶのが大好きだったので、すぐに賛成した。
受け付けは温泉街中央付近にある温泉の噴水の広場に仮設のテントが張られていたので
すぐに分かった。
ここに来る途中でも多くの観光客らしきいろんな種属の者たちがイベントに参加している
ようだった。
いろんな場所の蓋を開けたり探し物をしている様子だった。
荷物を預けるロッカールームのような場所では特に多くの人々がパタンパタンと開けたり
閉めたりして何かを探しているのが目についた。
「そんなに急がんでも、まだ間に合うから。」
とYUKIのズボンに噛みついて引っ張っているハッピをニコニコの笑顔で宥めた。
受付の前にはイベントのルールの説明が書かれていた。
・参加者には魔方陣の書かれた得点記録用紙が一枚づつ配布されます
・温泉街の営業区画に様々な点数の処理された魔方陣が隠されてます
・点数は0点~9点が処理されているので、
自分の持っている魔方陣をかざすとその点数がもらえます
・イベントは午後4時終了です
・点数が多かった順に豪華賞品がプレゼントされます
・一等賞 最高級リゾート宿宿泊券ペア
二等賞 最高級ブランド肉一頭
三等賞 魔法具詰め合わせ
四等賞 スキー場リフト無料券ペア
五等賞 全店共通お食事券ペア
六等賞 回復薬詰め合わせ
・探知魔法のみ使用禁止
YUKIたちは、受付を締め切りぎりぎりの時刻で済ませて、ルールをしっかりと理解した後に
イベントを開始した。
早い参加者から4時間程度の遅れはあったが、YUKIたちはじっくりと作戦を練ってから始める
ことにした。
他の参加者たちは、街中の様々な場所を手当たり次第に開けたり閉めたりを繰り返していた。
先程のロッカールーム以外でも、お土産屋の店内のショーケースの裏や武器屋の収納箱の中や
魔法水屋の保管ケースの中まで、この日だけは営業区画内であれば、どこを探しても一切店主たち
は文句を言わないようイベントに賛同していた。
YUKIたちは、ブランチをしっかりと食べていたため、食事休憩の必要が無かったので、
開始時間が遅くなったのをカバーするために、少しの無駄も無く得点を重ねていった。
確かにロッカールームには多くの魔方陣用紙が置かれていたが、0点の物が多くあまり点数には
ならなかった。
全ての武器屋、防具屋、魔法屋、魔道具屋、魔法水屋、お土産屋、ギルド支部、雑貨屋、
散髪屋、診療所、などの営業区画の捜索が二時間ほどで終わった。
「ハッピ、ご苦労様。一旦休憩しよっか。」
と魔方陣用紙を見つけるのが楽しくて夢中になって遊んでいたハッピにYUKIは休憩を提案した。
「ギュルルル」「まだまだ俺様はいけるで。まあYUKIが休みたいなら付き合ってやるけど。」
と結局のところ提案に賛同して、近くの飲食店で休憩することにした。
「ハッピ、このまま頑張って優勝しようね。」
とYUKIはハッピに優勝を提案したが、
「ギュル、キュイーン」「何言ってんねん。二等賞の肉狙いに決まってるやろ。」
とハッピはいつもの口の悪い表現ではあったが、自分の主張をはっきりと伝えた。
「そっか、ハッピはお肉が大好物だもんね。でも二位狙いって難しいよ。
優勝しないぎりぎりの何点で抑えるかってできないかも。」
と実際のところを伝えるとハッピも分かっていたのか、
「キュイ」「せやな、確かに二等賞狙いはむずい。」
と大人しくなってしまった。
「今の点数は、196点やから、そろそろ止めとこか。」
とYUKIは提案した。
「ガルル」「ほんまや、もう止めとかな、優勝してまうわ。」
とハッピも賛同した。
YUKIたちは、まだ締め切り時間まで1時間弱残っていたが、受付に戻ることにした。
「まだ時間ありますけど、もうよろしいのですか。」
とイベントの受付に居た天狗属の女性がYUKIたちを対応した。
「はい、もう十分遊んだので。」
とYUKIは得点の魔方陣用紙を提出した。
「えっ、196点、たいへん失礼ですが、探知魔法は使われておりませんよね。
しかもこんな短時間で」
と受付の女性は疑いを拭えなかった。
開始時刻もしっかりと刻まれていたので不思議に思うのも当然であった。
「はい、探知魔法は禁止とのことだったので、ハッピの能力向上魔法で嗅覚を少しアップさせて、
移動に時間がかかるので身体能力の向上も少し。」
と答えると、受付の女性は驚いてしまって、
「そ、そーですか、探知魔法以外の魔法は使用可能なので問題ありませんが、
どの程度の能力向上魔法を使用されたら、こんな短時間で高得点を取れたのか、
もし可能であれば参考にお聞かせ下さいませんか。」
「えっと、ほんの10倍程度の魔法を使用しただけですよ。」
とYUKIは表向きは正直に答えた。
そもそもYUKIのステータス値はチート級の値だったので、その値を10倍にすれば
そのような結果になるのは明白だったが、お忍び旅行なので、あまり目立たないように
10倍で抑えた積りであったが、見積もりが甘かった様だった。
暫定1位 196点 YUKI 様
と、イベント会場のボードに張り出された。
表彰式までまだまだ時間があったので一旦宿に帰ってゆっくりすることにした。
「おきゃくさま、おきゃくさま」
と部屋をノックする声が聞こえたので、開けてみると担当の中居さんが立っていた。
どうやら疲れてYUKIとハッピはお昼寝してしまっていたようで、
「表彰式のお時間ですよ。」と頼んでいた訳ではなかったのだが、
わざわざ呼びに来てくれたので、YUKIたちはイベント会場へ急いだ。
「優勝は、YUKIさまでーす。YUKIさま、居られませんかー。」
と司会者が叫んでいるのが分かったのでYUKIたちは全力で走ってたどり着いた。
「はーい、はーい、YUKIでーす。遅れてしまってごめんないさい。」
とぎりぎり到着したようだった。
しかも残念ながらぶっちぎりの一位で狙っていた二位を逃してしまった。
「ガルルルルル」「肉、肉、にーく」
と表彰台の上に登ったYUKIの腕の中でハッピが駄々を捏ねて暴れていた。
「あらら、元気な可愛い子ねー。」
と二位になった獣人属の女性に同情とも取れる情けを掛けられた。
「そーなんです、肉が欲しかったって、駄々を捏ねてるんです。」
とYUKIは正直に答えた。
「あら、そうだったの、じゃー私の賞品とあなたの賞品を交換してあげるけど、いかが?」
と親切で優しい獣人の女性が提案をしてくれた。
「キュルルル」「ありがてー、YUKI、受けて受けて。」
とハッピはYUKIに催促した。
「あら、この子私の言ったこと分かるのかしら、可愛いだけでなく賢い子なのね。」
と獣人の女性は言った。
さすが獣人属は動物のことは人間属よりも敏感に見分けるようだった。
「まー、分かるのかしらね。もしよろしければお言葉に甘えて。」
とYUKIは素直に喜んだ。
「そーね、私は一等賞品の最高級リゾート宿宿泊券ペア狙いだったから良かったわ。」
とこちらも喜んだ。でも一番喜んでいたのは、ハッピのようで、
普段以上に「ガルル」「ギュルル」と愛嬌を振りまいて見せていた。
結局のところ、勝因はYUKIがハッピに魔方陣のインクの臭いを覚えさせて、嗅覚アップで
探したというトリックだった。他の参加者でそこに気が付いた者は居なかったようだった。
元理系女子の性分で、昔魔方陣を書くペンのインクの成分に興味を持ったことがあって
調べたことを思い出したのだった。
この世界で魔方陣を書くペンはだいたい決まっていて、たいてい地球のゴムの木に似た
植物の樹液を安定剤に使用していたのを知っていたので、魔方陣の臭いだけをかぎ分けるのは
YUKIたちには容易だったのだった。
大満足のYUKIとハッピは、表彰式で盛り上がっていたイベント会場を後にした。
このイベントで街の隅々まで回ったので、もうこの街のどこに何があるのかはだいたい
分かるようになった。観光客にとって、とても趣向を凝らした良いイベントであった。
「じゃ、すこし、魔法屋と魔道具屋と魔法水屋に寄るからね。」
とYUKIはハッピに伝えた。
いつもならなにがしかの文句をつけたりするのだが、たくさんのお肉の賞品をゲットできた
ハッピは何の抵抗も無く
「ガルーン」「ええよ。」
と今回は素直にYUKIの提案に従った。
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