その⑭
「だから、あの部屋にいたのって、本当に、天野さんなのかなって…」
「はあ?」
「まず、天野さん、部屋に鍵を掛けないと思うんだよ。だって、部屋に帰ったらオレがいないんだぞ? だったら、『ああ、外に出ているのね』って思って、開けたままにしているとおもうんだ」
オレの話を、石丸刑事は首を横に振って否定した。
「わからんぞ? もし、天野がお前と同じように、どこかでその化物に襲われていたのだとしたら、部屋に立てこもり、鍵を掛けるのが普通だろ? お前があまりにも激しく扉を叩くもんだから警戒して開けなかったってこともあるだろう」
「そうかなあ…」
はっきりと「天野さん!」って呼びかけたつもりだったんだけど…。
オレが頭をぐるぐると回転させていると、石丸刑事が「おい」と呼んだ。
彼の指さす方を見てみると、入り口から、若いカップルが大きな荷物を携えて、にこやかに出て来るのがわかった。
「お前はここにいろ」
石丸刑事はそう言って、オレに黒い機械を放り投げた。
「なんだこれ?」
「簡易トランシーバーだよ。オレがあのカップルに話を聞いてくるから、お前はここで聞いてろ」
「はいはい」
石丸刑事は、ヴィッツの扉をバタンと閉じると、カップルの方へと走っていってしまった。
彼に渡されたトランシーバーを耳に装着したオレは、身を屈めて、水から目だけを出すワニのように、石丸刑事の動向を見た。
トランシーバーのマイクから、石丸刑事の声が聞こえる。
『やあやあ、お若いお二人さん。ちょっと話いいですかな?』
と、刑事ドラマで聞いたまんまのセリフを吐きながら、カップルに近づいていく石丸刑事。
当然、カップルは警戒して、半歩後ずさった。
『ちょっと、あんた、何者ですか?』彼氏さんが、彼女を庇うようにして立つ。『警察呼びますよ?』
『ああ、そうです! 私が警察です! なんつって! がはははは!』
車内の空気が三度下がったような気がした。
滑り倒しているにも関わらず、警察手帳を見せて、カップルの信用を得た石丸刑事は、二人に単刀直入に聞いていた。
『昨夜、このホテルに泊まりましたか?』
『え、ああ、泊まりましたけど』
『ほうほう、夜の営みは?』
『警察呼びますよ?』
『そうです! 私が警察です! なんつって! がはははは!』
お前、早く聞けよ!
二度も滑った石丸刑事は、今度は真面目に聞いた。
『それでですが、昨夜、このホテルで、着物を着た女性を見ていませんか? 年齢は十八歳くらいで、十四歳くらいの少年と一緒にいたと思うのですが…』
すると、彼女さんのほうが『あ! いたいた』と声を上げた。
『確か、レストランにいたよね? すっごく可愛かったから、こいつが鼻の下伸ばしちゃってさ』と、隣にいる彼氏の脇腹を小突く。『お風呂でも見かけたわね。胸の方は私の方が勝ってるけどね!』
オレはトランシーバーを装着したまま声を発した。
「おい、石丸刑事。そりゃあ、八時頃の話だ」
オレの言葉が届いたのか、石丸刑事は大げさに頷いた。
『なるほど、その後に見たことはありませんか?』
『その後ね…』
カップルはお互いに目を合わせた。
『あの後は、部屋に戻ってたから、見てないよ』
『ちなみに、何階に宿泊していました?』
『ええと、四階』
四階?




