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その②

 田舎道を十分ほど歩いたところに、天野さんがチケットを取ってくれたホテルはあった。


 ビジネスホテル・ピーター


 道中に見かけた看板よりも薄汚れて見えるが、経年劣化によるものだろう。五階くらいだろうか? 思ったよりも低く見える。


「にしても、なんでホテルの宿泊券持ってんだ? なんか人助けでもしたのか?」


 普段から旅の資金をケチる天野さんが、まさか買うわけがないと思っていた。きっと、浜辺で子供たちに虐められていた蟹を助けたお礼に、「これをどうぞ」ともらったに違いなかった。


 天野さんは二枚のチケットをひらひらさせながら言った。


「買ったのよ」

「あ、なんで?」

「そりゃあ、クリスマスだもん」

「クリスマスだあ?」


彼女の口からそんな言葉が飛び出てくると思わなかったオレは声を裏返した。


「あんた、どちらかと言えば」

「失礼ね、前にも言ったけど、私は無宗教なの」


 天野さんは頬を膨らませた。


「せっかく私が、あんたの贅沢させてあげようとしているのに、いらないの?」

「それはいる!」


 自動ドアを潜って中に入る。大理石の深みのある黒い床を歩いた先に、受付があった。そこには、口ひげを蓄えた初老の男性が座っていて、オレたちに向かってぺこりと頭を下げた。


「いらっしゃいませ、ビジネスホテル・ピーターへ」

「ほら、これ、使える?」


 天野さんは持っていた宿泊券を男性に渡した。

 受け取った男性は、にこっと笑い、「はい、使えますよ」と言った。


「宿泊券のご購入、まことにありがとうございます」


 ビジネスホテルの受付の割には、恭しく頭を下げてきたので、オレは隣の天野さんにぼそっと聞いた。


「宿泊券って、そんなに高いの?」

「高いよ。一番いい部屋を使えるし、ご飯は食べ放題だし、あと、温泉も入り放題だもんね。普通は、プレゼントとして買う人が多いみたいだけど、まあ、こういうのもアリよね」


 受付の男性は、振り返り、背後の棚の中から一本の鍵を取り出し、天野さんに渡した。


「こちら、部屋の鍵になります」

「うん、ありがとね」


 見た目十八歳。齢五百歳の天野さんは、初老の男性に物怖じすることなく鍵を受け取った。


 見た目十四歳、中身は四十三歳のオレは、天野さんの手元を覗き込む。


「何階?」

「ええと、四階ね」

「おお、景色いいだろうな」


 オレが期待して言うと、受付の男性は「申し訳ありません」と頭を下げた。


「当ホテル、窓が山の方を向いていますので、景色はあまりいい方ではありません」

「ああ、そうですか」


 まあ、見えないならそれはそれでいい。「ナントカと煙は高いところに上りたがる」の言葉にあるように、高い階での宿泊にテンションが上がっただけだった。


 男性は受付のカウンターから出てきて、「少し説明しますね」と言った。


 受付のカウンターを背にして、まずは右手、つまりオレたちからしたら左手の廊下を指さした。


「あちらが、レストランになっております。プレミアム宿泊券をお持ちなので、営業時間内だったら、いつでも食べることができますよ」


 そして、左手、つまり、オレたちからしたら右手の廊下を指さした。


「この廊下をまっすぐ行っていただいたら、大浴場です。こちらも、時間内ならいつでもお楽しみ頂けます」

「ふーん」


 わざわざ説明しなくても、天井から「こちらレストラン」とか「こちら大浴場」などのプレートが下がっているので、迷うことは無い。


「移動は、こちらのエレベーターをお使いください」


 そう言って、奥にあるエレベーターを指す。

 何か物足りないような気がして、オレは男性に聞いた。


「階段は?」

「非常用階段がありますが、普段は閉じているんです」

「ああ、そう」


 天野さんが言った。


「じゃあ、とりあえず、部屋に荷物を起こう。ご飯とお風呂、どっちが先がいい?」

「そりゃ、飯だろ。オレ、歩き回って腹ペコなんだよ」

「私はお風呂がいいなあ、歩き回って汗かいてるし」

「冬だからそこまでかかないだろ」

「女の子は繊細なの」


 結局、じゃんけんで風呂が先になった。

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