その③
という、くだらない喧嘩の末、天野さんは安眠は無理だと諦めた。
寝転がったまま頭を抱え、深いため息をつく。
「仕方ないわ…、今日は…」
「お、ホテルに連れていってくれるのか?」
「雑談をして時間を潰すわよ」
「雑談…」
裏切られた気分だった。
「適当に話していれば、いつの間にか眠くなるわ」
「そうか…」
確かにそうかも。
オレは人魚を数えるのを辞めて、天野さんの話に耳を傾けた。
天野さんはトンネルの天井を見ながら言った。
「ねえ、どんな女の子が好き?」
「いや、修学旅行かよ!」
「修学旅行みたいなもんでしょ。私が十七の頃はそんなもの無かったけど」
「オレも行ったことねーんだよ!」
そういってつっこんだ瞬間、天野さんが意外そうな顔をして、オレの方を見た。
「あれ、克己って、修学旅行行ったことがないの? あの時って、中学二年でしょ?」
「中学二年になったばかりだから、まだそういう話はしてないんだ」
「ああ、そうか。そう言えば、春だったものね」
天野さんの記憶力の高さに、オレは感心した。
もう、二十五年も前のことだ。オレと天野さんが出会い、村で起こった事件を解決したのは。あの日からオレは不老不死になり、二十五年経った今でも、姿は十四歳の餓鬼のままだ。だが、記憶は次々と更新されていく。母親の顔も、父親の顔も、そして、同級生の顔も、霧がかかったように忘れかけていた。
オレの記憶の大半を占めるのが、天野さんとの旅の日々だ。
「小学校の時は?」
「行ったけど、あまり楽しいもんじゃなかったな」
オレは風に吹かれるグラウンドに立っているような気分で、小学生のことを思い出した。
「広島に行った。小遣いなんて持たされていないから、何も買えなかった。試食のもみじ饅頭ばかり食っていたら、班の奴らに馬鹿にされた」
「そう…」
天野さんは何も言及しなかった。
「今の旅はどうなの?」
「悪くない」
「もっとホテルに連れていけ!」「もっと美味しいものを食べさせろ!」「もっと移動のペースを落とせ!」と言いたかったが、本心ではない。どちらかと言えば、彼女に構ってもらうための建前だった。
当然、天野さんは笑った。
「いつもは文句いっている癖に」
「そりゃあ、もっと快適な旅が送りたいと思うけどさあ…、こっちはあんたに引き取られた身だし…」
「うん、克己はもっと私に養ってもらっている。という自覚を持つべきね!」
いうほど養ってもらっているという覚えは無かった。
今度は。オレが質問した。
「天野さんは、なんでオレを引き取ろうと思った?」
「なんでって…」
見れば、彼女は少し困ったような顔をしていた。
「あのまま、村に残していたら、迫害されるわよ? なんたって不老不死なんだから」
その言葉が、やけに生々しくオレの耳に張り付いた。経験者は語る。ってやつだ。
「天野さんも、周りに嫌われたのか?」
「うーん…」
また、彼女は困った顔をした。
「どちらかと言えば…、独りぼっちかな?」
「独りぼっち?」
「私が、人魚の肉を食べて不老不死になった後も、村人は私を村に置いてくれた。もちろん、『ばけもの』って毛嫌いする人はいたよ。だけど、ほとんどの人が私を認めてくれた。だけどねえ、みんな歳をとって、死んでいくのよ。百年も経てば、私のことを知っている人なんていなくなってさ…、寂しくなっちゃった」
それから天野さんは、不意に湧いて出た悲しみを原料に笑った。
「人と出会い、別れるってことは、案外辛いものよ」
「じゃあ、天野さんは、オレに『別れる悲しみを知ってほしくなかった』から、オレを旅に連れていったのか?」
「うーん、まあ、そう言うことでいいかな」
なんだか腑に落ちない答えだった。
「天野さんは、オレといて、楽しいのか?」
「楽しいに決まっているでしょ?」
薄暗闇から手が伸びて、オレの汗ばんだ頭を撫でた。
「私にも、弟がいたの。口減らしで殺されちゃったけど…、かわいい子だった。あんたを見てると、あの頃、弟の世話が楽しくてたまらなかった時を思い出すの」
オレの頬が、熱くなるのを感じた。それを悟られまいとして、オレは頭を引いた。
「やめろよ、恥ずかしい」
「うん、私もちょっと恥ずかしいくなった」




