その⑳
明憲さんが取り出したもの。それは、人間の右腕だった。血の気は無くなっているが、腐らず、綺麗な状態で保存されていた。
「五十年前、私の父親が斬り落としたあなたの腕です。五十年たった今でも、腐らず、こうやって私の傍にあります…」
不老不死になった人間の肉は腐らない。その事実を突きつけられると共に、この男の五十年に渡る奇行を垣間見るようだった。
「私の作戦はこうでした。六時四十分の段階であなたを殺害して、首だけを持ってアトリエに戻る。そして、八時ごろになると、克己君にマネキンの首の上に置いた天野様の頭部を見せて、『八時の段階では、天野さんはここにいた』という錯覚を起こさせました。その後、天野様が行方不明なったって、私にはアリバイがありますから、克己君にも、館の者たちにも疑いの目を向けられない…。変に詮索されるようでしたら、『天野さんを探しに行こう』と山に連れ込んで、克己君は殺すつもりだったんです」
「だけど、オレが不老不死だと知って、殺せなくなった」
「そうですね。もし失敗して、私の顔でも覚えられていたらと思うと、怖くて…」
「あの後、田中さんに天野さんが発見されたのは、あんたが仕組んだのか?」
「そうですね。作戦が失敗するかもしれないと思うと、焦りから、田中にそう仕向けていました。やはり、屋根の穴に頭部を投げ込んだのは失敗でした」
それから、敷島明憲さんは肺に残った空気を全て吐き出すように言った。
「あなたを、私のものにしたかった。永遠の美しさを、手元に置いておきたかった。これが、私が猟奇殺人者から受け継いだものです」
天野さんはその言葉を黙って聞いていた。背中越しだから、どんな顔をしているのかわからない。そして、着物の袖を翻してオレの方に振り返る。その顔は、いつもの、優しい天野さんだった。
「克己、腹の傷は?」
「あ、ああ、もう塞がった」
「早いね。さすが男の子」
オレの方にとことこと歩み寄った天野さんは、オレに肩を貸して立ち上がった。
「さて、帰ろうか。大丈夫? 一人で歩ける?」
「まだ腹に力が籠らないから、支えてくれよ」
「よしわかった、じゃあ、ゆっくりと歩くよ」
箪笥の前で茫然としている明憲さんに背を向けて歩き出した。
オレたちを引き留めるように、明憲さんは叫んだ。
「あの、警察を…!」
「馬鹿じゃない?」
オレの耳元で、天野さんは冷淡な声で言った。
「私は不老不死よ? もう傷は塞がった。警察呼んだって、何もならないわ」
「それでも…」
「安心してよ。執事にも、奥さんにも言わない」
「ですが…!」
「うるさいんだよ、この餓鬼」
その一言で、明憲さんは黙ってしまった。オレも縮みあがった。
「あんたの告白、素直に受け取ろう。私を美しいと言ってくれてありがとうね。だけど、私は好きな人に暴力を振う人間は好きじゃないんだ。五百年前も、五十年前も、そして、今もね」
ゆっくりと歩を進めて、アトリエの扉に近づいた。
二人で手を伸ばし、ドアノブを掴む。もう、明憲さんは襲ってくる様子は無い。五十年前の天野さんの腕を床にぼとっと落とし、その場に膝から崩れ落ちた。
二人でドアノブを捻り、扉を開けた。
去り際、天野さんは明憲さんに言い残した。
「二度と来るつもりはない」
※
その十年後、オレたちは再びこの地を訪れることになる。だが、そこにはもう、荘厳な館は無く、残っていたのは、黒焦げになった館の死骸だった。あの後、あの三人がどうなったのかはわからない。この館を焼いた炎と共に燃えたのか、それとも、命からがら逃げ出したのか。その答えを知る村人とも会うことは無かった。
第二章…完結
敷島明憲は幼い頃に天野さんと出会っています。
敷島明憲の田中の天野さんに対する印象は、「優しいお姉さん」でした。
恋愛感情と言うよりも、美しいものを眺めてうっとりするような…、美術的な感情でしょうね。この五十年間、彼は天野さんに恋焦がれ、そして、彼女が落としていった腕を大事に持っていました。




