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その⑰

 なんで傷が消えたんだ?



 不審に思うオレの視線を振り払うように、天野さんは話を元に戻した。


「とにかく、さっさと犯人見つけるわよ。私、そいつに喉を裂かれているんだから」

「見つけてどうするの?」

「ぶん殴る」

「それだけ…」


 その錫杖で殴られたら、タダではすまないだろうな。


「あんたもそうでしょ? それとも、嫌なお父さんを殺されて『ありがとう』って言うのかしら?」

「さあ…」


 胸の奥に、絡まった糸くずが詰まっているようだった。

 確かに、親父のことは恨んでいた。美味しいごはんなんて食べさせてくれないし、金は全部裂けに消えるし、酒に酔ったらぼこぼこに殴られるし…。オレなんて何もやっていないのに、「詐欺師の息子」だからって風評被害は酷いし…。


「死んで当然だったけどなあ…」


 オレがうだうだとしたことを言うと、親友の俊介がからかうように笑った。


「克己、どうしたんだ? 今更親父さんに情が芽生えたのか?」

「そういうわけじゃないけどな…、葬式とかめんどくさそうだなって…」

「まあ、確かに…」


 オレは深いため息をついて頭を抱えた。


「あーあ、母さんも出ていったし、じいちゃんばあちゃんは親父を勘当していなくなったし…、オレ、十四歳で孤児になっちまったよ」


 まあ、今までも一人で生きてきたようなものだから、あまり「悲しい」という感情は湧かなかったが。


 すると、俊介はふっと微笑んで、オレの丸くなった背中を強めに叩いた。


「安心しろ! オレがついているからな! 困ったことがあればなんでも頼れ! 今までもそうだったろ?」

「俊介…」

 

 正直に言えば、親父と一緒にいた時間よりも、俊介と一緒にいる時間の方が長くいると思う。最近だって、親父のいる部屋に帰るのが億劫な時は、階段をさらに上って、三階の俊介の部屋に泊めてもらうことが多かった。こいつの母親は病院勤めだから、オレと同様に一人でいる時間が多かったのだ。孤独の埋め合い。ではないが、オレと俊介には共通の思考があるのだろう。


「一緒にミカン畑の蜜柑を食ったり、時々、道を間違えて村に入ってくる四国参りの参拝者に蜜柑をぶつけて撃退したり…」

「民家の窓に大量のトマトだって投げつけたよな…」

「あんたら、よく掴まらなかったわね」


 俊介の蜜柑の砲撃の被害者である天野さんは、顔を引きつらせた。


「そういうことばっかりしてるから、村人に嫌われるんじゃない?」

「違う違う。嫌われているから、仕返しをしてやっているだけだよ」

「昔、そういう理由で戦争を起こした国を見たことがあるわ」

「あ? 終戦はとっくの昔だろ? 何言ってんだ?」

「まあ、わからなくてもいいよ」


 天野さんは諦めたように言った。


 ここまでの推理でわかったことを、オレは自分の頭の中で整理した。


 いつもは部屋に鍵を掛けている親父がその開錠していたことから、犯人は親父の見知った人間。一応、隣の幸三の爺さんと赤本さんとは顔見知りだが、部屋に上げるほどの間柄だとは思えない。


 ちなみに、二人は親父が死んだ頃に、親父の「なにしているんだ」と叫んだのを聞いている。


 犯人は、ベランダから逃亡。このアパートの一階は倉庫になっているので、二階のベランダの真下はのっぺりとした壁になっている。まずベランダが無いので、一階のベランダに器用に飛び移ることは不可能。真下の田んぼにも、足跡が無いことから、手すりを伝って、一号室か三号室に移動した。と考えるのが妥当。しかし、一号室の赤本さんも、三号室の幸三の爺さんも、不審な人物は見ていない。


 じゃあ、三階に逃げた?


 考えてすぐに否定した。


 二階のベランダから、三階のベランダまで高さがあるし、掴まれる場所だってない。よっぽどの超人で無ければ不可能なことだった。


 その時だった。


「ねえ、克己君」


 気が付くと、背後に赤本さんが立っていた。その半歩後ろに不機嫌そうに顔を顰める幸三の爺さん。


「赤本さん、幸三の爺さん、どうしたんだ?」

「いや、いったん、部屋に戻ってもいいかなって」

「ああ」


 オレは石丸巡査を見た。

 早く帰って将棋の続きをしたい巡査は、何も言わず、激しく首を縦に振った。


「わかったよ。とにかく、警察が到着するまで、これは保留だな…」

「わあ、ありがとう」 


 手を打って喜ぶ赤本さん。


「洗濯ものを出しっぱなしにしていたのよ。そろそろ風が強くなるころだから、しまわないとね」

「うん、そうするといいよ…」


 オレがそう言って頷いた。

 その時、赤本さんと幸三の爺さんが、思い出したように手を叩いた。


「そう言えば…」

「そう言えば、克己君とこ、何か洗濯ものでも干してた?」

「え…?」


 急に何言っているんだ? この人。


 オレがわけがわからない顔をしていると、幸三の爺さんが舌打ちをした。


「お前の部屋の方から、洗濯ものを叩くような音がしていたんだよ!」

「洗濯ものを、叩く音?」


 オレは首を傾げた。

 確かに、親父に殴られた時の出血で汚れた服をよく洗うので、ベランダには洗濯ものをよく干していた。


「いや。パタパタって音がしたから、君のお父さんが布団でも干しているのかな…って」

「いや、布団なんて…?」


 干してたか?


 オレが首を傾げていると、赤本さんは「まあ、別にどうでもいいんだけどね」と言って、つま先を自分の部屋の方に向けた。


「とりあえず、一度自分の部屋に戻るから。警察来たらまた呼んでよ」


 と、警察であるはずの石丸巡査の方を見ていった。

 石丸巡査も、何食わぬ顔でオレを見る。


「じゃあ、オレも一度駐在所に戻って、将棋の続きを差してくるから、応援が来たら呼んでくれ」

「あんた、なんで警察になったんですか?」


 幸三の爺さんは、もうすでに部屋の中に入ってしまっていた。


 赤本さんが自分の部屋に戻り、石丸巡査も「三六銀…、いや、二六金の方が…」とぶつぶつと言いながらその場を去る。


 残されたオレは、釈然としない気持ちを抱えて、その場に立ち尽くした。

 隣の天野さんは、さっきから顎に手をやって何やら自分の世界に入り浸っているし、俊介は俊介で楽観的だ。


 オレは俊介に言った。


「とりあえず、お前の部屋で待機させてくれよ。オレの部屋、親父の死体があるし」

「そうだな、じゃあ、テトリスでもするか?」

「いや、さすがにそんな気分じゃねえよ」


 ああ。後のことは警察がやってきてからでいいか…。

 オレは半ば諦めて、俊介と一緒に並んで歩き始めた。

 すると、今まで黙りこくって考え事をしていた天野さんが、「ねえ」と、真剣な様子でオレたちを引き留めた。


「なんだよ、天野さん。あんたも来るか? 茶くらいなら俊介が出してくれるけど…」

「いや、そんなことはどうでもよくて…」


 天野さんはそう言うと、オレ、いや、俊介を見据えた。

 そして、単刀直入に言った。


「ねえ、俊介くん。もしかしてあんた、克己のお父さんと、私を、殺した?」


次より解決編でございます

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