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3 道順

「彼らが、我がメフィニ劇団の団員たちだ。よろしく頼むよ」


 鍋は空になった。食後の雑談もそこそこに、オーガスタは皆を集め勇一を紹介した。オーガスタ他二人の家族以外に「団員」と呼ばれる者たちは皆彼に興味津々な様子。

 紹介された団員たちは、ほとんどが勇一と同じ形の身体をしていなかった。あるものは魚の鱗の様なものを持ち、またある者は腕や脚が鳥のそれだった。一人ひとりが違う種族であることは一目瞭然だったが、皆一様に活力のある眼をしている。

 オーダスカが名前を呼ぶと、団員たちは各々の挨拶を済ませる。全員からむけられる目線に気圧されるが、勇一は一つ咳払いをして名乗った。


「ユウ・フォーナーです。助けてもらった事は感謝してるし、恩は必ず返しますが……長くはお世話になりません」


 勇一には「亀裂を開いた男を探す」という目的がある。そのために長くここにとどまる訳にはいかない。

 森の中を疲労も忘れて歩き続けた数日間、彼の中で謎の男に対する憎悪が積乱雲のように膨らんでいた。悪夢にも苛まれ話す相手もいなかったこの期間……頭の中で謎の男をどうするか考えるたびに、別れ際のサラマの眼差しと自分を濁流から救ったガルクの表情が交互に現れる。


「そうなの、急いでるの? 急いでるの?」


「でもここからだと、どこに行くにしても結構な距離があるぞ」


「……誰か追ってるとか?」


「だとしたら、確かに急いだほうがいいかもしれませんね」


「まあみんな待ちなさい。彼も困惑しているだろう」


 口々に向けられる言葉に思わず勇一も戸惑う。純粋な興味だけが皆から伝わってきた所で、低いながらもよく通る声が皆を遮った。


「オーダスカさん」


「オホン。どこに行くにせよ、ここからじゃ一人で移動するのは無謀だ」


 オーダスカは得意げに、勇一が亀裂の話をした際に見せた地図を再び広げた。

 現在地の周囲は、竜人の村からここまでと同じように山と森の記号で埋め尽くされていた。その記号の中を頼りない細さで蛇行した線は、街道のようなものだとオーダスカは言う。


「何をするにもまずは大きな街に行って、それから始めるのが良いんじゃないかな?」


 最もである。人探しをするなら、情報がより多く集まる場所から探すのが良い。人相もわからない相手を探すなら尚更だ。

 そんな勇一の分かりやすい表情を読み取って、オーダスカは尋ねた。


「ユウは、どこに行くつもりなんだい?」


「……とりあえず、北を目指そうと」


「あら! それは良いわね!」


 パンッと手を叩いたのはオーダスカの横にいたラシアタ。

 突然出された頓狂な声へ向けられた目線を気にも留めず、彼女は続けた。


「私たち、ちょうど北上してエンゲラズに向かう途中だったのよ!」


「ラ、ラシアタ?」


 目をぱちくりとさせるオーダスカをしり目に、次に彼女はその白い指をすっかり色あせた地図に這わせる。どうやら彼らは勇一と同じ方向に向かう予定だったようだ。

 地図上の彼女の細い指は大きな城が描かれた場所で止まった。そこは他のどの街よりも大きく描かれ、一目で特別な都市だと言うことがわかる。つまりはそこが、エンゲラズ。


「一人じゃ大変よね? どうせなら一緒に行きましょう……それが良いわ!」


「お母さん何を言ってるの!? ダメよ! ダメ!」


「でも実際北に一人で行くのはとても大変よアド? せっかく同じ方向に行くのに、一人だけ放ってはいけないわ」


「そういう話じゃ……」


 アドリアーナの心配も最もである。助けたとはいえその素性が本当かどうかもわからない者を連れて旅をするというのが、どれだけ危険なことか。彼女は母親を諫めながら勇一を睨みつけている。

 このままでは長期的に一緒にいることになるかもしれない。彼の最優先事項は、この大陸のどこかにいる謎の男を見つけることだ。あまり長く居るつもりはないことを再び伝えようと勇一は彼女らに声を掛けた。


「働いて恩は返しますから、俺の事は気にしないでください」


「恩を返すのは当たり前でしょ! そしてそれは、今返してほしいものね!」


 バッサリと切り捨てられてしまった。どうやら本気で彼女は勇一を連れて行きたくないようだ。語気からそれが嫌というほど伝わってくる。


「勝手なこと言わないでよお母さん!」


「まあいいじゃないか、ラシアタのいう事もわかるし。それにどのみち……」


「お父さんは黙ってて!!」


「……はい」


「ここから次の町まで食料の余裕は無いのよ!? 買い出しだって予定があるんだし……だいいち、アイリーンはどうするのよ!」


「アイリーン」


 今この場にいない者がいる。名前からすると女性だろうかと考えていると、ラシアタが説明をはじめた。


「アイリーンちゃんの事、話していなかったわね。彼女は、少し前から私たちと一緒に旅をしているの」


「アンタと違って、とっても強くて格好いい人なのよ」


「アド、やめなさい」


 オーダスカにたしなめられると、アドリアーナはばつの悪そうな顔をしてふいとそっぽを向いた。


「うふふ……アイリーンが気になる?」


「え?」


「そんな顔、してるわ」


 アドリアーナにも言われたことを再び指摘される。そんなにわかりやすいものだろうかと、勇一は自分の頬を思わず揉んでみた。

 彼のしぐさを見て一瞬驚いたような表情を見せたラシアタは、口元を隠し、またうふふ……と笑った。


「かわいらしいわね」


「それ……褒めてないですよね?」


「うぅんと……」


 ラシアタは黄色い垂れ気味の眼を明後日の方向に逸らして否定も肯定もしなかったが、笑いを堪えているのは勇一にもわかった。彼女の華奢な肩がわずかに震えているのを見ると、なぜかつられて勇一も軽く噴き出してしまう。


「……っふふ」


「ふふふ……アドって、結構きついでしょ」


「ちょっと、お母さん……?」


「はい……かなり」


「ははは確かに! 初めてアイリーンと会ったときも、大体同じ様子だったなそういえば」


「お父さん!」


「アドはね、ここのお金を管理してるのよ」


 ああ、だからか……と勇一は合点がいった。彼女の言葉が本当なら、財政を管理しているアドリアーナが危険をできるだけ回避しようとするのは当然だ。

 いや、逆にアドリアーナ以外が不用心なのかもしれない。


「ごはんは残さないで! とか、服を汚さないで! とか、しっかり掃除しなさい! とか……私たちにも言うのよ」


「それは……お金のことだもの。お父さんとお母さんだけ特別扱いなんてできないわよ」


「うんうん。アドは偉いな……だから任せたんだよ」


 アドリアーナはこの劇団の財政管理を一手に引き受けているのだろう。十一歳という年齢に不釣り合いな程に、その責任は重い。だからつい細かいところにまで目が行き、棘のある物言いになってしまう。


「でも、この前は団員の皆に新しい服を買ってあげたわね。ラトーなんかはしゃいじゃって、中々アドを離してくれなかったわ」


 焚き火を挟んだ反対側で音楽が始まった。ターンと言う名の少年が楽器を奏で、ハーピィのラトーが左右の腕……もとい羽を広げ歌い出す。その顔は裏表がなく、純真無垢という言葉が相応しい笑顔だ。勇一も彼女の表情を見て自分の表情筋が緩むのが分かった。


「そ、その話は今しなくても良いでしょ!?」


「まあまあ、アイリーンと同じように彼も一緒でいいじゃないか」


「私は今の話をしてるの!」


「しかしなアド、彼は亀裂から逃げてきたって言っただろう。遠く離れているとは言え、どこかに知らせないわけにはいくまい」


 メフィニ親子はまた三人で話し合いをはじめた。メフィニ夫婦は勇一を何としても連れて行きたい、しかしアドリアーナがそれをどうにか阻止したいという言い分の押し合いが続いている。


「北の街なら大きな道も近し、軍もいるかもしれないわ」


「その亀裂の話だって、本当かわからないじゃない!」


 段々とアドリアーナの声が大きくなってきた。彼女はどこからともなく現れた勇一の話をどうしても信用できない。先ほど出てきた「アイリーン」なる人物の事を引き合いに出し

「彼女と合流するまではここを動けない。彼が恩を返したいなら今狩りでもなんでもさせて、それから何処へなりとも行かせる」

 というのが彼女の言い分で、そのとげとげした感情が勇一の肌に刺さる。

 いい加減アドリアーナを止めないと、その声量はやがて山の向こうまで届いていきそうだ。ひとまず三人を止めようと、勇一が口を開いた時だった。


「私の話をしていたか?」


 突如背後から聞こえた声に、勇一は思わず悲鳴を上げた。

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