第九話:王子の知るところと、狂おしいまでの執着
アレス視点
王都の北に位置する王宮の最上階。第一王子レオナルドの執務室は、常に冷たく研ぎ澄まされた空気に満ちていた。彼は重い書類から目を離し、窓の外を見つめた。彼の視線の先には、この国の権力構造が見える。下の兄弟たちは、かつて自分を未熟者として嘲笑し、冷たい仕打ちをしてきた。しかし、今や自分が第一王子として戻り、次期国王の座を揺るぎないものにしたことで、彼らは恐怖に震えている。そして、その兄弟たちすら、今ではレオナルドの冷徹な知性によって、自身の意図に気づくことなく、彼の行政改革や権力強化のための手足のように動かされている。この絶対的な支配こそが、ルナを迎えるための準備だ。
その時、影の部隊を率いる側近が、一枚の報告書を差し出した。「殿下、ご報告を。王立魔導学園の入試にて、特待生として合格した平民の少女についてです。実技で防護壁を破壊し、評価は『規格外』。名は、ルナ、とのこと」
アレスの手が書類の上でぴたりと止まった。彼の冷たい顔から、感情が全て抜け落ちたかと思いきや、次の瞬間、その口元にゆっくりと、しかし確かな狂気を宿した笑みが浮かんだ。それは歓喜と、底知れぬ闇が混じり合った、ぞっとするような表情だった。側近は、その笑みに背筋を凍らせた。
「…ルナ、という名の少女だと?」アレスの声は低く、喜びを隠しきれない熱を帯びていた。
報告書を奪い取るように受け取り、「ルナ」の文字と、その下の評価を何度も確認する。間違いない。彼の愛しいルナだ。彼女は、王族の誰も到達しえなかったような高みに、平民の身でありながら達してしまった。
アレスは椅子の背にもたれ、心の中で熱狂した。彼女は約束を忘れず、彼の隣に立つために、自ら努力して茨の道を歩いてきた。その努力の深さが、アレスの心をこれ以上ないほど満たした。
しかし、その悦びはすぐに、深い独占欲へと変わる。「僕が君のために席を空けていたのに。どうして、自ら傷つき、汚れる道を選んだんだ」彼女が苦労する姿を想像すると、アレスは怒りを感じた。その怒りは、ルナに不要な努力をさせた全ての要因に対して向けられた。
アレスは側近に指示を出した。「彼女が王都に到着する日を確認しろ。その日から、学園内の彼女の動向を全て報告させる。彼女の寮の配置、クラスメイト、触れるもの全てを把握しろ」
彼は窓辺に立ち、王都の入口の方角を見つめた。ルナがこの街に足を踏み入れる瞬間を、彼は待ち望んでいた。
「ルナ。君が僕のために歩いてくるなら、僕はその道を、血を流しても守り抜く。そして、君が僕の王妃となる時、誰もが君の才能と美しさに頭を下げるようにしてあげよう」
アレスの銀色の瞳には、冷酷な統治者の顔の裏に隠された、熱く狂おしい執着が揺らめいていた。




