第七話:王都への旅立ちと試される覚悟
季節が巡り、私が12歳になる春、ついにその日はやってきた。王都にある「王立魔導学園」の入学試験を受けるため、私は生まれ育った街を離れることになった。この学園は、貴族の子女や、稀に高い魔力を持つ平民が通う、この国最高峰の教育機関である。そして何より、ここはレオナルド殿下――アレスが改革の一環として、身分を問わず優秀な人材を集めるために門戸を広げた場所でもあった。私が彼に近づくための、唯一にして最短のルートだ。
出発の朝、家の前で両親が見送ってくれた。母は涙ぐみながら、何度も私の荷物を確認している。「ルナ、着替えは持った?お腹を冷やさないようにね。辛くなったらいつでも帰ってくるのよ」「もう、お母さんったら。大丈夫だよ、王都までは乗り合い馬車ですぐだし、手紙も書くから」私は努めて明るく振る舞ったが、本当は少しだけ心細かった。ずっと家族に守られて生きてきた私が、たった一人で、あのアレスが支配する巨大な王都へ行くのだ。
父は私の肩に大きく温かい手を置いた。「ルナ。お前の努力は、お父さんが一番よく知っている。お前なら大丈夫だ。胸を張って行ってきなさい」「うん、ありがとうお父さん。行ってきます!」私は両親に精一杯の笑顔を見せ、馬車に乗り込んだ。遠ざかる両親の姿が見えなくなるまで手を振り続け、私は前を向いた。もう、振り返らない。私の目指す場所は、あの雲の上の城、アレスのいる場所なのだから。
数時間の旅を経て辿り着いた王都は、私の想像を遥かに超えていた。白亜の建物が立ち並び、整備された大通りを行き交う人々は皆、洗練された服を身にまとっている。そして街の至る所に、レオナルド王子の肖像画や、彼の功績を称える掲示物が飾られていた。「冷徹な改革者」「国の守護神」。そこに描かれているアレスは、私の知る優しい少年ではなく、近寄りがたいほどの威厳と冷たさをまとった、完璧な統治者の顔をしていた。
(顔面S級なのは変わらないけど…本当に、遠い存在になっちゃったんだな)
ポスターの中のアレスと目が合った気がして、私は胸が締め付けられた。でも、ここで怖気づくわけにはいかない。私は学園の正門へと向かった。そこには、煌びやかなドレスや高級なスーツを着た貴族の子女たちが、大勢集まっていた。彼らが連れている従者や豪華な馬車を見て、平民で、しかも地味な旅装の私は、完全に浮いていた。
「あら、見て。平民が紛れ込んでいるわ」「身の程知らずね。魔力なんてほとんどないでしょうに」
すれ違いざまに聞こえてくる嘲笑の声。貴族社会の厳しさは予想していたが、実際に向けられる悪意は、私の心をささくれさせた。帰りたくなる気持ちが湧き上がる。でも、その時、脳裏にアレスの言葉が蘇った。『君が隣で笑顔でいられる玉座を捧げる』。彼が私のために、この国を変えようと戦っているなら、私もこの程度の悪意に負けてはいられない。
私は唇を噛み締め、試験会場の大広間へと足を踏み入れた。実技試験の課題は「標的の破壊」。単純な魔力の強さと制御力が試される。私の番が来た。試験官たちは、平民である私に期待していない様子で、気だるげにリストを見ていた。周囲の貴族たちも、冷ややかな視線を送ってくる。
(見ていて、アレス。あなたがくれたきっかけと、私があなたのために積み重ねた努力。全部、ここで見せるから!)
私は父から貰った魔導書の教えを思い出し、深く集中した。派手な詠唱はいらない。無駄な動作もいらない。ただ、純粋な魔力を一点に収束させる。私は右手を標的の人形に向けた。音もなく、しかし強烈な魔力の塊が、私の掌から放たれた。
ドォン!!
轟音と共に、標的の人形だけでなく、その後ろにあった防護壁までもが粉々に吹き飛んだ。会場が静まり返る。試験官たちは椅子から転げ落ちそうになり、貴族たちは口を開けて呆然としていた。私は静かに手を下ろし、熱くなった掌を握りしめた。これは、天才的な才能なんかじゃない。毎日毎日、手が痺れるまで繰り返した、血の滲むような努力の結果だ。
「じ、受験番号104番、ルナ…。ご、合格…!」
震える試験官の声が響いた。私は心の中で小さくガッツポーズをした。第一関門突破。これでようやく、私はアレスと同じ空の下、彼が作った学び舎の生徒になれる。待っていて、アレス。あなたの隣に立つための第一歩を、今踏み出したよ。




