第四十話:真実の愛の刻印と、絶対的な監禁
馬車は、王宮の最も奥まった場所に位置する、アレス専用の私人塔に到着した。塔の一室、アレスの私室は、学院の寮室とは比較にならないほど豪奢だったが、ルナの目には、冷たく閉ざされた豪華な檻にしか見えなかった。
アレスはルナの手を掴んだまま、部屋の中央へ連れ込んだ。ルナが抵抗しようとすると、アレスはルナの手首をさらに強く握り締め、ルナの体から一切の自由を奪った。
「抵抗するな、ルナ。君の抵抗は、僕の愛が足りなかったという証明に過ぎない」アレスは冷たい声で囁いた。「僕の愛が、君の全てを、思考さえも満たしていれば、君は僕に隠し事などしなかったはずだ」
部屋の扉が、音もなく背後で閉ざされた。ルナは完全にアレスと二人きりの空間に閉じ込められたことを悟った。
アレスはルナを大きなソファに座らせ、自分もその隣に腰を下ろしたが、ルナとの間に許されないほどの距離はなかった。
「僕の罰は、君を傷つけることではない」アレスはルナの頬に触れた。その銀色の瞳には、悲しみと狂気が入り混じっていた。「君の最大の罪は、君の才能を、僕ではない他者のために使おうとしたことだ。君の心の中に、僕の知らない余白があったことだ」
ルナは息を詰めた。アレスが憎んでいるのは、古代魔導の研究そのものではなく、ルナの心に存在する自分以外の居場所だったのだ。
「あの異端の知識は、君を僕から遠ざける毒だ」アレスは冷酷に言い放った。「だから、僕は君の心からその毒を完全に抜き去り、僕の愛で満たさなければならない」
アレスは、ルナの手から落ちたクリスとの研究資料、古代文献の写しを拾い上げた。
「この羊皮紙は、君の裏切りの証拠だ。この知識の存在は、王国の安定を乱す。故に、この知識も、そしてこの知識を持つ者も、僕の視界から永遠に消える」
アレスは、その羊皮紙をルナの目の前で、容赦なく魔力で灰燼に帰した。ルナとクリスの情熱と努力の結晶が、一瞬にして消滅した。ルナは絶望的な悲鳴を上げたかったが、喉が張り付いたように声が出なかった。
「クリス・ド・イシュタールは、今日をもって王都を追放される。彼は、二度と君の前に現れない。これで、君の心にあった『異端の研究』という場所はなくなった」
アレスはルナの顔を両手で包み込み、強い力で固定した。
「ここからが、君への僕の『お仕置き』だ、ルナ」アレスは低い声で囁いた。「君は今後、この私室から一歩も出ることは許されない。王妃教育は、僕がこの部屋で、二人きりで施す。君の食事、睡眠、思考、そして呼吸の全てが、僕の支配下にある」
「あなたは…私を閉じ込めるつもりですか」ルナは震える声で尋ねた。
「違う。これは、君が僕の愛を完全に受け入れるための隔離だ」アレスはルナの唇に自らの唇を押し付けた。そのキスは、愛というよりも、ルナの自由を奪い、ルナの存在を全て飲み込もうとする、冷酷な支配の刻印だった。
「君の才能は、僕の王権のためにのみ存在し、君の心は、僕の愛のためにのみ鼓動する。君は、僕が望む通りにしか生きられない」
アレスはルナを抱き上げ、寝室へと向かった。
「今日から、君は僕の檻の中の王妃だ。そして、その檻の鍵を握るのは、永遠に僕だけだ」
ルナは、自分の推し活が、最も恐ろしい形で成就してしまったことを悟った。彼女の未来は、アレスという名の冷酷な王子の、絶対的な独占欲に塗りつぶされていくのだった。




