第三十五話:設計図の実現と、揺れる学園の評価
ルナが提出した自動魔力加速装置の改良設計図は、すぐさま王宮の魔導製造部門へと送られ、その実現性が検討されることになった。
その週末、アレスはルナに通信で新たな指示を与えた。
「ライル卿の報告によると、君の設計図は極めて優秀だ。僕たちはこれを、騎士団の最新装備としてすぐに試作段階に移す。君は設計者として、試作機の製造プロセスを監督し、調整の指示を出さなければならない」
「私が、製造プロセスを監督するのですか」ルナは驚いた。それは、王妃教育の一環というよりも、既に王家の重要な技術顧問としての役割だった。
「そうだ。これが君の次の『実務指導』だ。製造は学園内の研究施設で行う。君は毎日、放課後にその施設へ通い、製造過程の全てを僕に報告しろ」アレスの声は冷徹で、ルナの行動を完全に把握しようとする意志が透けて見えた。「製造過程で、君の設計の独創性が誰か他の者の助言によるものではないことを、身をもって証明しろ」
(これで、クリス様との研究はさらに難しくなった。毎日、試作施設への出入りが監視される。しかし、試作施設には高度な魔導具があり、古代魔導の理論を試す絶好の機会でもある)
ルナはアレスの要求を二つの視点から受け止めた。一つは、監視と拘束の強化。もう一つは、王妃として実権を握るための決定的なチャンスだった。
「承知いたしました、アレス。王国の騎士団のために、最高の装置を完成させます」
翌週から、ルナの学園生活はさらに多忙を極めた。授業と王妃教育の合間に、彼女は学園の敷地内にある高度魔導研究棟へと足しげく通った。研究棟の試作施設には、ルナの設計図を具現化するために、王都から派遣された熟練の魔導職人が集まっていた。
最初は、平民の特待生、それも女性であるルナが製造を監督することに、職人たちは懐疑的だった。しかし、ルナが古代魔導の理論を応用した安定化回路の仕組みを、論理的かつ明確に説明し、製造上の難しい問題を瞬時に解決していくと、彼らの態度は一変した。
「ルナ様。まさかこれほどの緻密な魔力制御理論を、お一人で構築されたとは」熟練の職人が感嘆の声を上げた。「従来の属性理論では、この暴走は避けられませんでした。この幾何学回路は、まさに天才の閃きです」
ルナの評判は、学園内の貴族生徒たちの間でも、確定的なものとなった。王子の寵愛だけでなく、実力においても誰もが認めざるを得ない存在となったのだ。特に、以前ルナに協力的だったマリアを始めとする女子生徒たちは、ルナの成功を自分のことのように喜び、彼女への尊敬の念を強めた。
一方で、ルナはクリスとの秘密の通信を、試作施設の複雑な魔力機器のノイズに紛れ込ませるという、さらに高度な方法で維持し始めた。試作施設にいる間、ルナは常にアレスの監視下にあるが、その環境を利用して、逆に外部との秘密の接触を試みたのだ。
「クリス様。安定化回路の理論は正しいことが証明されました。試作機は順調です」ルナは、試作機の調整中に、魔力通信を模した無属性の微弱な信号を、外部へ送った。
数日後、ルナの自室の隠し場所には、クリスからの返信が置かれていた。
「おめでとう、ルナ。君の成功は僕たちの成功だ。次は、その装置をさらに進化させるため、安定化回路の最終段階である『無属性結界生成』の理論について、深く研究したい。場所は、前回と同じ東門の廃墟で」
ルナは、アレスの監視が強まる中で、再び試作施設を抜け出し、クリスと会うための大胆な計画を練り始めた。彼女の王妃としての成功は、彼女の秘密の研究を加速させ、同時にアレスの支配から彼女を遠ざけつつあった。




