第三十四話:設計図の提出と、推しの疑念
期限の日。ルナは、クリスと二人で完成させた自動魔力加速装置の改良設計図を、アレスの特別指導室へと持参した。設計図は、王家の書式に則り、表層の回路図は王家の属性魔導に忠実なものとして描かれている。
指導室には、アレスに加え、彼の魔導顧問を務める老練な学者、ライル卿も同席していた。王家専用魔導具の設計は、それほど重要な案件だった。
「これが、君の提出した『自動魔力加速装置改良案』の設計図か」アレスはデスクの上で設計図を広げ、冷たい銀色の瞳でルナを見据えた。彼の声は厳格で、ルナの才能を測ろうとする緊張感が室内に満ちた。
「はい、アレス」ルナは背筋を伸ばした。「王家の文献に基づき、既存の装置の欠点である魔力暴走のリスクを軽減する安定化回路を組み込みました」
ライル卿は眼鏡の位置を直し、羊皮紙に顔を近づけて詳細な回路図を検討し始めた。数分間の沈黙が続いた。
「殿下…これは」ライル卿は驚きに声を上げた。「この安定化回路は、既存の設計には存在しません。極めて独創的でありながら、論理は王家の属性魔導の法則に完全に合致している。特に、魔力制御の精度を高めるこの幾何学パターンは…まるで古代の知恵を見ているようです」
ライル卿は古代の知恵と評したが、それはまさにルナとクリスが応用した古代魔導の理論そのものだった。ルナは、クリスが設計した無属性の核となる回路を、ライル卿が王家の属性法則の「独創的な応用」だと誤認したことに、安堵した。
アレスはライル卿の反応を見て、口元に薄い笑みを浮かべた。
「ライル卿、君の評価は?」
「驚くべき才能です、殿下。この娘御は、天才です。この設計図通りに製造できれば、騎士団の効率は飛躍的に向上するでしょう。この安定化回路は、我が王家の魔導製造の歴史における、一つのブレイクスルーとなる可能性があります」
ルナは内心で勝利を確信した。この設計図は、アレスの望む「唯一無二の才能」を証明し、彼女の王妃としての地位を確固たるものにする。
「聞いたか、ルナ」アレスはデスクから立ち上がり、ライル卿を退出させた後、ルナの前に歩み寄った。
「君は、僕の期待を遥かに超えた。学院の教師でも成し得なかった成果だ」アレスはルナの肩を抱き寄せた。その抱擁は、称賛と同時に、再びルナを自分の支配下に強く引き戻すような力を持っていた。
「全ては、あなたの厳しくも的確な指導のおかげです、アレス」ルナは、彼の胸に顔を埋めながら囁いた。
しかし、アレスの次の言葉は、ルナの背筋を凍らせた。
「だが、一つだけ聞かせろ、ルナ」アレスはルナの顎を持ち上げ、その瞳を覗き込んだ。「この独創性は、一週間で独力で生み出せるレベルではない。君は、誰か、この『王家専用魔導具製造学』に精通した他の者の助言を受けたのではないか?」
アレスの銀色の瞳は、疑念の色を帯びていた。彼は、ルナの才能を疑っているのではなく、彼女の行動の出所、つまり、彼女の周囲にいる見知らぬ男子生徒の存在を疑っていた。
ルナの心臓は激しく鼓動した。クリスの存在を、アレスは嗅ぎつけている。
(ここで動揺しては駄目。私は常にアレスの監視下にあり、自由に動けないという事実を逆手に取るのよ)
「アレス、それはありえません」ルナは、冷静かつ悲しげな声で答えた。「私はあなたから一瞬たりとも目を離されていません。あなたが同席しない限り、男子生徒との私的な交流は禁止されています」
ルナは、まるでアレスの支配を肯定することで、自分の無実を証明しようとした。
「私が頼ったのは、あなたが貸してくださった王家の魔導文献と、私が独学で磨いた魔力制御の技術だけです。もし私が誰かの助言を受けたというのなら、それは、あなたの監視が完璧ではないということになります」
ルナの言葉は、アレスの最大の弱点、つまり「支配の完全性」を突いた。アレスの顔に、一瞬だけ動揺の色が走った。彼は、自分の支配が完璧であることを最も重要視している。
アレスはルナを解放し、窓の外に目を向けた。
「…そうだな。僕の監視は完璧だ」アレスは自分に言い聞かせるように言った。「君の才能は、僕が独力で開花させたものだ。これを外部に漏らすな。この設計図は、今後、君と僕の秘密の武器となる」
アレスの疑念は一時的に晴れたが、ルナの胸には、彼の疑いの種が蒔かれたという冷たい事実が残った。彼女は、この秘密の研究を、さらに慎重に、そして大胆に進めていく必要性を感じていた。




