第三十三話:古代の鍵と、設計図の偽装
アレスから与えられた「王家専用魔導具製造学」の課題は、ルナにとってまさに天からの恵みだった。この課題は、クリスとの秘密の研究を、公的な活動としてカモフラージュする絶好の機会となる。
ルナはすぐにクリスへ次の研究会の日程を打診し、アレスからの課題の内容を伝えた。クリスの返信は、驚きと興奮に満ちていた。
「『王家専用魔導具製造学』ですか。王室が秘匿する知識に触れる機会を得るとは、さすがルナです。そして、設計図の提出は、僕たちの古代魔導理論を応用する、最高の実験台になります」
翌日の放課後、ルナとクリスは再び東門の廃墟で研究会を開いた。ルナはアレスから渡された王家専用魔導書の写しをクリスに見せた。
「この文献に記されている製造理論は、全て属性魔法を基盤にしています。ですが、私たちが解読した古代文献の『無属性魔力解析』の理論を応用すれば、より効率的で強力な魔導具が作れるはずです」ルナは熱っぽく語った。彼女の瞳は、研究者としての純粋な探求心で輝いていた。
クリスは王家の魔導書と古代文献の写しを並べて比較した。廃墟の薄暗い空間に、二つの異なる時代の知識が並べられた。
「王家が求めるのは、強大な力です。僕たちが設計する魔導具は、表向きは王家の属性魔導理論に基づいたものに見せかけなければならない。しかし、その内部構造と核となる制御回路には、古代の無属性理論を組み込む」クリスは閃いたように言った。
「二重構造の設計図ですね」ルナもすぐに理解した。彼女の独学の経験は、正規の知識を欺くための応用力に長けていた。
彼らが取り組むことにしたのは、王室が騎士団向けに開発中の「自動魔力加速装置」の改良だった。この装置は、魔法の詠唱速度を向上させるためのものだが、魔力制御が難しく、しばしば暴走するという欠点があった。
ルナは、古代文献の『円環収束』の理論を用いれば、この暴走を防ぐための安定化回路を組み込めるはずだと提案した。
「王家側の設計図に安定化回路が組み込まれていないのは、属性の壁があるからです。無属性で制御すれば、魔力の属性に関係なく、回路が機能する」ルナは確信した。
クリスはすぐに設計図の作成に取り掛かった。ルナは、王家の魔導書に記載されている公的な回路図を偽装の表層として描き、その下に、古代魔導の理論に基づいた複雑な安定化の幾何学回路を詳細に書き加えていった。
この作業は、二人の研究者としての才能を限界まで引き出した。ルナは自身の魔力制御の全てを理論に落とし込み、クリスはそれを古代言語と幾何学で表現した。研究が進むにつれて、ルナの心には、推しであるアレスに対する献身とは異なる、クリスとの間の純粋な知的な絆が深まっていった。アレスはルナに力を求めるが、クリスはルナの知識を対等な立場で求めてくれるのだ。
「ルナ、この安定化回路は完璧だ。王家の誰にも、この無属性魔導の核は見破れないでしょう」クリスは満足げに言った。彼の笑顔は、知的な達成感に満ちていた。
「ありがとうございます、クリス様。これで、アレスの課題はクリアできます。そして、私たちの研究も一歩前進します」
ルナは、完成した設計図の偽装版を手に、学院への帰路についた。彼女はアレスの求める「優秀な王妃」としての成果と、自分自身の「真の魔導探求」という二つの目的を、一つの設計図の中に完璧に隠し込んだのだ。しかし、この秘密は、いつかアレスの怒りを爆発させる、最大の爆弾となるだろう。




