第三十二話:研究の熱狂と、アレスの新たな要求
クリスとの初めての秘密の研究会から一週間。ルナの学院生活は、二重構造となった。表向きは、アレスの厳格な指導のもと、王妃教育と魔導学の授業を完璧にこなす優等生。裏では、夜な夜な自室で古代文献の写しを解析し、クリスとの次の研究会に向けて準備を進める熱狂的な研究者だった。
ルナは、古代魔導の理論に深く没頭するほど、その知識が現代魔導、そしてアレスが使用する王家の属性魔法の根幹に関わっていることを理解し始めた。
(古代魔導は、魔力の属性ではなく、純粋なエネルギーの流れを解析する。この知識があれば、アレスが持つ強力な属性魔法の弱点すら見つけられるかもしれない。この研究は、私を王妃にするためだけでなく、アレスの支配から脱却するための「力」を与えてくれる可能性を秘めている)
ルナは、研究への意欲をさらに燃やした。
その一週間で、ルナとクリスは、図書館の隠れた場所にメッセージを交換することで、さらに二回の秘密の研究会を東門の廃墟で実施した。クリスの持つ古代言語の知識と、ルナの無属性魔力制御の実践的な技術は、驚くべき速度で古代文献の謎を解き明かしていった。
金曜日の放課後、ルナはアレスの特別指導室へと向かった。毎週金曜日は、一週間の学習成果と、次週の課題が言い渡される日だった。
特別指導室に入ると、アレスは窓辺に立ち、夕焼けの光を背負ってルナを待っていた。その銀色の髪と瞳は、夕日に照らされて妖しい輝きを放っていた。
「来たか、ルナ」アレスはルナに歩み寄り、彼女の顔に指先を触れた。「君の瞳は、この一週間、知識への渇望で満ちている。優秀だ」
ルナは、クリスとの研究への情熱が、アレスに悟られていないか、一瞬冷や汗をかいた。
「アレス、あなたの指導のおかげで、王妃教育が非常に楽しくなりました」ルナは、この情熱が全てアレスのためであるかのように装った。
アレスは満足そうに微笑んだが、その瞳の奥には、ルナの全てを測ろうとするような冷たさがあった。
「君の魔導学の進捗は、既に学院の上級生を凌駕している。マリア令嬢との交流も順調だ。君は、僕の要求に完璧に応えている」アレスはルナから距離を取り、大きなデスクの前に立った。「だが、そろそろ次のステップに進む時だ」
アレスはデスクから一つの薄い魔導書を取り上げた。それは学院の教材ではない、王家が所有する古びた紋章が入った文献だった。
「来週から、君にはこの『王家専用魔導具製造学』を学んでもらう。これは、王妃が王族の魔導具の維持管理、および新たな魔導具の設計に助言を与えるために必須の知識だ」
「王家専用魔導具製造学…」ルナは驚いた。それは、貴族の子息でも一部の専門職を目指す者しか学ばない、極めて専門的で秘匿性の高い知識だった。
「そして、この学問の課題として、君自身の魔力制御技術を応用した、新たな魔導具の設計図を作成してもらう」アレスは言い渡した。
ルナの心臓が大きく跳ねた。それは、クリスと共に進めている古代魔導の研究を、公然と応用できる絶好の機会だった。アレスは、ルナに自らの才能を公的に証明する道を与えてくれたのだ。
「承知いたしました、アレス。必ず、あなたの期待を超える設計図を提出します」ルナは、自分の計画に組み込めることを確信し、喜びを抑えきれずに答えた。
「期待しているよ」アレスはルナの手を取り、その手の甲に唇を寄せた。「僕の王妃は、ただ美しいだけでは駄目だ。誰にも真似できない、唯一無二の才能で、僕の王権を支えるのだ」
ルナは、アレスの新たな課題が、自分の秘密の研究を加速させることを確信した。この課題を隠れ蓑にすれば、クリスとの研究はさらに大胆に進められるだろう。




