第二十八話:秘密の研究会と、監視の眼を欺く策
クリスとの秘密の取引を交わした後、ルナは古文書室を出て、自分の寮室へと戻る廊下を歩いていた。彼女の心臓はまだ高鳴っていた。アレスに隠し事をするという行為は、彼女の推し活における最大の裏切り行為であり、同時に、この世界で自分自身の目標を達成するための唯一の手段だった。
(アレスは、僕に全てを報告しろと言った。マリア様との交流のように、正直に伝えてしまえば、クリス様は確実にアレスの排除対象になる。古代魔導の研究は、王家の権威を揺るがすから)
ルナは、クリスとの交流を、アレスの監視下にある通常の学生生活にどう紛れ込ませるか、即座に戦略を練り始めた。
「殿下は、私の行動の全てを知っているわけではない。殿下が見ているのは、僕に届く報告と、僕の護衛が送るルナの振る舞いだ」
ルナは、アレスの監視が主に「男子生徒との私的な接触」と「政治的な動き」に集中していると推測した。クリスとの接触を、そのどちらでもないと見せかける必要がある。
その日の夕食後、ルナはいつものようにアレスからの魔導通信を待った。すぐに、通信機が短く振動した。
「今日の学習の成果を報告しろ。特に、マリアとの交流について詳しく」
ルナは、クリスのことは伏せ、マリアたちとの女子会外交の成功と、侯爵家嫡男であるレオンハルトの技術レベルについてのみを、詳細かつ誠実に報告した。
「女子生徒との交流は順調だ。レオンハルト侯爵は、魔導への情熱は認めるが、君に相応しい相手ではない。君は、王妃として彼を利用する術を学べばいい」アレスからの返信は、ルナの報告に満足しているようだった。
報告を終えた後、ルナは図書館に戻り、クリスと今後の研究計画について、目立たないように手紙でやり取りを始めた。ルナは、自分の魔力を込めた特別な記号を考案し、それを図書館の特定の魔導書のページに挟むことで、間接的な通信手段とした。
数日後、ルナのノートに、クリスからの返信が挟まれていた。
『来週火曜日、放課後。学院から徒歩三十分の場所にある『東門の廃墟』で、一度目の研究会を開きたい。僕が持っている古代文献の写しを持参する。他の生徒は誰も近寄らない場所だ』
ルナは地図で廃墟の位置を確認し、その場所に学院の護衛の監視網がほとんど及ばないことを確認した。
(火曜日の放課後。この時間なら、アレスは王宮の会議に出席していることが多い。絶好のタイミングだわ)
問題は、どうやってアレスに悟られずに学院の外に出るかだった。アレスはルナの外出を厳しく制限している。
ルナは、自分の身分とアレスの立場を最大限に利用することを決めた。
翌日、ルナはアレスの側近に、「王妃教育の一環として、王都の貴族文化を学ぶため、マリア令嬢と共に、東門近くにある有名な刺繍店へ足を運びたい」と正式に申請した。
この外出申請の裏には、マリアとの友好関係の発展という正当な理由と、アレスが求めている「王妃としての教養を積む」という大義名分があった。
アレスからの許可は、すぐに下りた。
「許可する。ただし、護衛として、僕の信頼する騎士団員が二人同行する。マリア令嬢と一緒に行動し、寄り道は一切するな。帰宅後、詳細な報告書を提出しろ」
ルナは、護衛騎士の同行という新たな障害に直面したが、動揺しなかった。
(護衛は、私がマリア様と別れた後も、私がどこへ行くかを見張っているはず。彼らの目をどう欺くか…それが、最初の試練ね)
ルナは、マリアにこの計画を明かすべきか迷ったが、彼女を危険に晒すわけにはいかなかった。ルナは、護衛騎士の目を欺き、クリスとの秘密の研究会へ向かうための、大胆な計画を練り始めた。




