第二十四話:女子会外交と、独占欲の境界線
レオンハルト侯爵が会場を後にした後も、アレスの冷たい視線は、ルナから離れることはなかった。しかし、ルナはレオンハルトとのやり取りで、アレスの支配の境界線を理解した。
(男子生徒との会話は、アレスが直接指導者として関与し、主導権を握る限りは許可される。でも、私個人の意志や交流は完全に排除される)
ルナは、外交の次の目標を、比較的制限の緩い女子生徒との交流に切り替えた。アレスは女子生徒との交流は許可しており、その内容の報告を義務付けているだけだ。
ルナは、近くに集まっていた伯爵令嬢のマリアとその友人たちに、そっと近づいた。アレスはルナの行動を無言で許可し、彼らから少し離れた場所に立った。その距離は、アレスの威圧感を和らげ、しかしルナの動きは全て監視できるという、絶妙なものだった。
「マリア様、先ほどはありがとうございました。殿下のおかげで、私も少し貴族社会の状況を学ぶことができました」ルナは微笑んで言った。
「ルナ様、こちらこそ。殿下がルナ様の指導のために、この茶会においでくださったなんて、歴史的な出来事です」マリアは緊張が解けきらない様子だったが、ルナとの交流がアレス公認であることを確信し、安堵していた。「殿下がご一緒だと、誰もルナ様に不当な真似はできません」
マリアの友人である二人の令嬢も、恐る恐るルナに話しかけてきた。話題は、魔導学院のカリキュラムや、王都で流行している最新の魔法道具についてだった。ルナは、平民の視点から見た実用的な魔道具の知識を披露し、令嬢たちの興味を引いた。
(よし。学術的な価値を提供することで、彼女たちは私を仲間として認識し始めている)
ルナは、この女子生徒たちとの交流こそが、将来王妃として必要な『人脈』の基礎になると確信していた。アレスが求めているのは、優秀で尊敬される王妃だ。孤立したままでは、その役割は果たせない。
茶会は夕暮れと共に終了した。ルナはマリアに心からの感謝を伝え、必ず学園でまた会うことを約束した。マリアは、ルナが去っていくのを、期待に満ちた瞳で見送った。
帰りの馬車の中は、行きよりもさらに静かだった。王都の灯りが窓の外を流れていく。アレスはルナの隣で腕を組み、目をつぶっていた。その沈黙は、ルナにとって心地よいプライベートな空間であると同時に、彼の機嫌を伺う必要のある緊張感のある空間でもあった。
「ルナ」アレスは目を開けずに、低い声でルナを呼んだ。
「はい、アレス」
「君は、僕が君に課した制約を、全て理解し、そしてその制約の中で最大限の成果を出そうと試みた。特に、あの侯爵との会話を僕に仲介させた機転は評価する」
「ありがとうございます。全ては、殿下のお望み通り、立派な王妃になるためです」
ルナがそう言うと、アレスはゆっくりと目を開け、その銀色の瞳でルナの全身を捉えた。
「しかし、君のあの男に対する視線は、僕の許容範囲の限界を超えていた」アレスの声には、怒りというよりも、深い嫉妬と独占欲が滲んでいた。
アレスは身を乗り出し、ルナの頬に手を添えた。
「僕の視線が届かないところで、君が誰かと秘密の交流を持つなど、考えただけで血が凍る。君の全ての思考、全ての感情は、僕のためにあってほしい」
「アレス、私はあなたのものですよ。心配しないでください」ルナはアレスの手を握り返し、精一杯の愛を込めて言った。
アレスはルナの言葉に一瞬安堵したものの、その不安を打ち消すように、ルナを強く抱きしめた。その抱擁は優しさと激しさの境界線上にあり、ルナは彼の独占欲の深さを改めて実感した。
「二度と、僕の目の前で他の男に才能を見せるな。ルナ、君のその魅力は、僕一人のものだ」




