第十一話:推しのルールと、全開の独占欲
アレスの至高の笑顔に打ちのめされ、砂化寸前だった私の意識が、どうにか現実に引き戻された。
危ない!推しの笑顔で脳が焼かれるところだったわ!ここは図書館よ!公共の場での抱擁は、たとえ相手が顔面S級の推しでも、ちょっとまずい!
私はアレスの逞しい胸からそっと体を離した。 「あ、あの、アレス…静かにしてください。ここは図書館です。それに、殿下は公務が…」
「殿下?」アレスはルナの言葉を遮り、再び表情を硬くした。彼は苛立ちを隠そうともしない。 「今、アレスと呼んだばかりだろう。なぜすぐに訂正する。君は、僕を周囲の人間と同じく、ただの第一王子レオナルドとして扱いたいのか?」
「違います!違いますが…」私は慌てて否定したが、どう説明すれば良いのか分からない。
アレスは私の返答を待たず、私の肩を両手で掴んだ。彼の銀色の瞳が、深く、強く、私の目を捉える。
「いいか、ルナ。僕にとって、君は誰よりも特別だ。この学園も、この国も、全ては君が僕の隣で笑うための背景に過ぎない。君が他の人間と同じように、僕を殿下と呼ぶ必要はない。」
その強い言葉と、あまりに近すぎる彼の顔面の迫力に、私の心臓は止まりそうになった。彼の言葉は、彼が王都で築いてきた冷酷な評判と全く矛盾しない。彼は、私を手に入れるためなら、世界全体のルールを捻じ曲げることさえ厭わないのだ。
「…わかったわ。アレス」私は、これ以上抵抗しても無駄だと悟り、彼の望む通りに呼びかけた。
アレスは満足そうに微笑み、私の頭をそっと撫でた。 「ありがとう。君が素直で助かるよ」彼は席に戻ると、まるで何事もなかったかのように、私に語り始めた。
「君の寮の手配や、クラス編成は僕が調整した。君は特待生として、最高の教育を受ければいい」
やはり、彼が裏で全て手配していたのだ。私は彼の行動力に驚きつつ、この二年間で聞いた彼の評判について尋ねた。
「ねえ、アレス。王都では、あなたがすごく冷たい統治者だって噂なの。誰にも心を開かないって…本当にそうなの?」
アレスは視線を魔導書に移しながら、淡々と答えた。 「ああ、本当だ。君以外の人間に対してはね。彼らは、僕の目的を理解できないし、僕の時間を無駄にする。僕の心を開く必要もない。僕が心を開き、優しさを見せる相手は、ルナ。君一人だけで十分だ」
その独占欲むき出しの告白に、私はゾクゾクした。推しが自分のためだけに冷酷な壁を作っているなんて、最高のシチュエーションではないか。
アレスは魔導書を閉じ、再び私を見た。
「さて、ルナ。ここからは学園でのルールだ。いいかい」
彼は一つ一つ、冷たく、有無を言わさぬ口調で指示を始めた。 「一つ。学園で、貴族の男子とは一切親密な会話をしないこと」 「二つ。もし誰かに嫌がらせや接触を強要されたら、自分で対処しようとせず、すぐに僕の部下…君の寮の近くにいる者がいるはずだ。彼らに報告すること」 「三つ。学園の授業以外で、僕に会いたくなったら、いつでも連絡していい。ただし、僕からの呼び出しが最優先だ」
それはまるで、学園生活という名の推しによる飼育計画だった。私は彼の冷酷な支配欲に圧倒されつつも、嬉しさを抑えきれなかった。
「…わかったわ。ルール、守る。アレス」
アレスは立ち上がると、私の髪を一房掬い上げ、そっと口付けた。 「いい子だ。これからが楽しみだよ」
彼はそのまま、背後の隠された扉から音もなく去っていった。
一人残された私は、熱くなった顔を両手で覆った。(推しに監視されて、推しに専用のルールを課せられて、推しにキスされた!ああ、私の学園生活、もう砂化不可避だわ!)
興奮が一段落したところで、私はハッとした。図書館の周りを見渡す。テーブルも、棚の間も、誰もいない。こんなに騒いだのに、誰も私達を見ていなかった。
(あれ?そういえば、私が来てから誰もここに来なかった。それに、アレスが私を抱きしめた時も、誰もいなかった…)
図書館が開館している時間なのに、この巨大な空間にいるのは私一人。まさか、アレスが図書館ごと、私達のために貸し切りにしたのだろうか。
ルナの背中に冷たいものが走った。アレスの支配は、想像以上に徹底している。公共の場所での抱擁を心配した私の不安は、彼の絶対的な力の前には無意味だったのだ。この学園は、彼の支配下にある。そして、私もまた、彼の監視下に置かれている。しかし、その事実にゾッとしながらも、ルナは彼の顔面S級の美貌と愛を思い出し、再び胸を高鳴らせた。




