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第九十八話 誘う牧神の使い

 夕闇が迫る中で、俺たちは三つのポイントにテントを張り終えた。


 過去に『キャンパー』という職を選択した物好きな人がいたらしく、迷宮で野営を行うために野営具を開発して売り出し、それが今でも普及している。ワタダマの毛は綿と材質が似ていて、テントの材質として適しており、それもワタダマの売値が一定以下に落ちない理由だそうだった。あの『ゲイズハウンド』の毛からも防水性のある繊維が取れるそうで、テントの加工に用いられているらしい。


 テントを張っている間に周囲を警戒してもらっていたメンバーが、エアロウルフを延べ六体ほど撃破してくれた。『後衛』は距離が離れていても後ろにいればいいので、作業をしながら仲間の援護ができた――テント設営を手伝ってくれていたイブキは俺が時折立ち上がっては仲間がいる方向に向き直るので、『座りっぱなしだと腰が痛いですよね』と心配されてしまったが。


 こっちに来てから運動不足とは無縁なので、座り過ぎで関節が痛くなったり、腰にきたりということは全くない。キャンプを張るのも楽しくて仕方がない――昔施設のみんなと一緒に行った野外活動でキャンプをして以来で、手順を覚えているかは怪しいところだったが、幸い説明書がついていたので徐々にやり方を思い出し、手間取ることはなかった。


「アリヒト先生って、本当に先生みたいですね……私、テントなんて作ったことないので、できるかなって心配だったんですけど」

「俺も久しぶりだったから、できるか心配だったけどな。便利な野営道具が売ってるもんだ」

「イブキは力があるので、テント張りに貢献できていますが……私は、あまりお役に立てていません」


 しゅんとするアンナだが、遠距離攻撃のできる彼女には周囲に敵が近づいていないか見ていてもらうという役目があったので、そちらを果たしてくれたことでかなり助かった。


「アンナはさっき敵をサーブで牽制してくれたから、かなり助かったよ。エアロウルフとはもう戦い慣れたとはいえ、距離を詰められると危ないからな」

「私も遠くの敵は攻撃できないし、作業をしてると気づけないから助かったよ。ありがとう、アンナ」

「……そ、そんなに気を使ってほしいわけでもないのですが。ミスター・アリヒトも、イブキも優しすぎます」


 照れるアンナを見てイブキは楽しそうに笑う。仲がいいのは何よりだ。


「さて、次は罠だが……アンナ、一つは俺たちが設置させてもらってもいいか? わけあって、ほぼ確実に成功させられると思うんだが」

「それは……罠を仕掛ける技能が高い方が、パーティにいるのですか?」

「いや、テレジアは適性があると思うが、専門職じゃない。技能の組み合わせで、一回だけ罠の成功率を上げられるんだ」

「そ、それってコンボっていうやつですか? いいですよね、コンボ……私もみんなと一緒にコンボが決まると、恥ずかしいんですけど、アドレナリンが出ちゃうんですよね」


 格闘技をやっていただけあって、イブキは戦闘では熱くなるほうらしい。しかし『コンボ』という言い方からすると、結構格闘ゲームなども嗜んでいたのだろうか。


「カエデの先制攻撃を起点にしたコンボが、私たちの戦いにおける基本です」

「俺たちも、エリーティアが居てくれて助かってるな。受けに回ってから反撃を狙うっていう戦法も、メンバー次第ではありだと思うが」

「受けなら私が担当してます……あっ、そういう『受け』じゃなくて、格闘技にもカウンターがあるので、そっちの方です」


 なるほど、イブキは『受け』か――と、十歳以上も離れた女の子に対してあるまじきことは言うべきではない。しかし彼女がそういった分野にも関心があるというのは、少々察せられなくもないというか何と言うか。


「ふぅ……イブキはたまにぽろりとそういうことを言うので、私の心臓に悪いです」

「ぽ、ぽろりとか言わないでよ、アリヒト先生の前で恥ずかしいから」

「ああいや、まあ俺も後ろから援護する専門だから、『受け』かもしれないな」

「……あ、あの、実は攻めの方だったりしませんか? 先生みたいなちょっと影のある男の人って、そういうイメージがあって……」


 フォローしたら逆に食いつかれてしまった――アンナが自分のことのように赤面して照れているが、俺はどう答えればいいのだろう。


「イブキ、アリヒト兄さんが困ってるやろ。そういうのはこっそり妄想しとかなあかんで」

「あっ、カ、カエデ、お疲れ様……」

「うちもテント張りの方が良かったなあ、アリヒト兄さんの趣味とか聞きたかったわ。テント張るの、めっちゃてきぱきしてはったし」

「お疲れ様です、アトベさん。すみません、私たちのテントまで張っていただいて」

「いえ、役割分担できてこっちも助かりました。ちょうど四人揃いましたし、試しに入ってみてもらえますか。何か問題があったら、調整しますので」


 設営の仕方が間違っていたりしては困ると思ったのだが、みんな中に入ってしばらく出てこない。中ではかしましく話しているようなので、どうやら問題なさそうだ。


「はぁ~、居心地いい……せっかくやから、アリヒト兄さんにも入ってもらわへん? 建ててくれた兄さんにも確かめてもらった方がいいやんか」

「ちょっ……カエデ、この中に先生が入ったら、ぎゅうぎゅうにならない?」

「それもまた一興です。寒い夜は温め合うしかありませんから」

「そ、それはちょっと……私、着替えが薄着なのよ。アトベさんにはとても見せられないわ、いくらテントの中でも」

「リョーコ姉さん、夜やなくて今、ちょっとだけやから。でも兄さん恥ずかしがりそうやなぁ、凄い真面目そうやから」


 自分の話をされていると落ち着かないので、俺はほかのメンバーがどうしているかに意識を向ける。別に真面目というつもりはないが、誘われるままにあのテントに入るのも、レジャー気分になりすぎていていけない。


「アリヒトさん、お疲れ様です。遠くからなのに、助けてくれてありがとうございました」

「アリヒトの技能は、届く範囲が本当に広いわね……『後ろ』にいればいいのなら、距離が無制限だったりするのかしら」

「視界に入る範囲なら、問題なく効果が発揮できるみたいだな」


 『鷹の眼』を習得したおかげで、俺の視界はかなり広くなっている――さすがに迷宮の端まで見通せるほどではないが。


 『後衛』という職の技能は、一般的な後衛職とは違い、『後ろにいる』という概念そのものに関わるものだといえる。『バックスタンド』は敵の後ろに回るもので、まだ取得していないが『後ろの正面』は、自分の背後を取らせず、常に後ろに回るための警戒技能だと考えられる。


「こうやって別れて動いているときでも、いつも後部くんの技能の恩恵を受けられるっていうのは安心感があるわね」

「ほんとですよねー、落ち着くっていうか。常に後ろにお兄ちゃんがいる感じがするんですよね、背後霊とかそういうのじゃなくて」

「バウッ」


 シオンにも支援効果がかかっているので、信頼度が徐々に上がってきており、何も言わなくても俺の前にお座りをして尻尾をパタパタと振っている――あごの下を撫でてやると、シオンは気持ちよさそうに目を細めた。


「……いいな、シオンちゃん」

「マドカもしてもらいたいのなら、アリヒトに頼めばいい。きっとやってくれる」

「っ……ち、違うんです、その、シオンちゃんが眠たそうにしてるくらいなので、お兄さんの撫で方が上手なんだなと思って……わ、私も、そんなふうに上手になりたいなって……」

「マドカも撫でてみるか? ……って、おい……懐いてるっていうのか、これは」


 シオンは俺の靴の匂いを嗅いだり、甘噛みしたりしてくる。懐かれるのは悪い気はしないが、そろそろ五十嵐さんからの羨ましげな視線が気になる。


「アリヒト、そろそろ罠を仕掛けましょう。真っ暗になると手元が見えにくくなるから」

「ああ、分かった。じゃあ、泉の正面に一つ仕掛けるか」


 テントの中にいる四人に呼びかけ、出てきてくれたアンナから罠を一つ受け取る。泉の正面にある草むらの中に隠すように、テレジアに頼んで仕掛けてもらう――と、その前に。


「私の貴重な見せ場、見逃さないでくださいね……士気解放、『フォーチュンロール』……!」


 ミサキは声のトーンを抑えて『士気解放』を発動させる――みんなが固唾を飲んで見守る中、テレジアは罠の鉄籠を設置していく。


「…………」


 ◆現在の状況◆


 ・『ミサキ』が『フォーチュンロール』を発動 → 次の行動が確実に成功

 ・『テレジア』が『ボックストラップ』を設置 → 成功


 テレジアが罠の設置を終えた瞬間、彼女の身体が淡く輝いたように見えた――設置した罠自体も。


「これって……テレジアさん、何か変わった感じはしました?」


 ミサキに聞かれて、テレジアはわずかに首を傾げる。彼女は普通に仕掛けただけなのだろうが、俺たちからはそうではないように見えた。


「……期待できそうではあるわね。普通に罠を仕掛けただけでは、今のようにはならないはずよ」

「あ、あの、お兄さん、今ミサキお姉さんは何を……」

「『士気解放』っていうやつだ。今なら、マドカとメリッサも使えるようになってると思う。二人の『士気解放』が戦闘に使えるかどうかは分からないが、切り札になるかもしれないから、今のところは温存しておいてくれ」

「分かった。迷宮を出る前にまだ使っていなかったら、そのとき試すのは……」

「もちろんOKだ。二人とも初めてなら、どんな効果が出るのか楽しみだな」


 シオンも『士気解放』ができるとしたら、一度は効果を確かめておきたい――できるなら『アザーアシスト』を使って『フォーシーズンズ』の士気も高めるべきだが、魔力のポーションも無尽蔵にあるわけではないので、今回は見送ることにする。


 ポーションなしでは、魔力の回復はかなり遅い――『アシストチャージ』と『エナジーシンク』を利用すれば幾らでも回復できるのだが、あれはいつでもできるものでもない。


「さて……夕食の準備をしましょうか。キャンプ道具の中に、料理道具も入ってたけど、あれを使うの?」

「はい。せっかくですから、野営でどれくらいのものが食べられるのか試しておきたいですね」

「お兄さん、どこでお料理をするんですか?」


 火を使うので、安全な場所を選ばなくてはならない――泉のほとりの白い砂地でやると風情があっていいだろうが、あまり人間の気配をさせすぎても、罠を仕掛けている意味が薄れる気がする。


「あの林の向こう側にするか。罠の近くだと、魔物が警戒して寄ってこなくなると困るしな」


 今回の作戦は、初めてのことばかりだ――野営をして、罠で魔物を捕獲する。この経験が今後生かされることもあるだろうし、何とか成功をおさめたいものだ。


   ◆◇◆

 

 迷宮で取れた鉱石を使い、鍛冶師が作っているという『焚き火台』は、なんと折り畳み式になっており、設置は簡単だった。


 迷宮国の町並みは異国の中世を思わせるが、生活の利便性は魔石や魔道具、そして転生者のもたらした技術によって、意外に発展している分野もある。野営道具については探索者のほぼ全てが必要とするため、特に発達したということらしい。


 燃料はといえば、なんと固形の燃料が売っていた。知識があれば製造は難しくなく、迷宮で産出された材料を使って作ることができるそうだ。


「はー、この感じ、懐かしいですね。一人に一つ小さいコンロが出てきて、小さい鍋でお肉をぐつぐつしたりして」

「こちらの世界にも、飯盒はんごうがあるんですね……それに、お米も」


 ミサキとスズナは出来上がりを待ちながら、楽しそうに話している。すっかり辺りが暗くなってしまったので、俺はスリングを持って周囲を警戒しつつ、夕食の出来上がりを待っていた。


 索敵範囲の広いシオンとテレジアも、一緒に見張りをしてくれている。たまにエアロウルフが遠くに姿を見せるのだが、こちらに近づいてくる気配はない――もう挑んでも敵わないと分かってはいるだろうが、それでも油断は大敵だ。


(敵の襲撃を気にせず、安全に野営できる方法があれば、もっと野営を楽しむこともできそうだが。現状はそういうわけにもいかないな)


「…………」

「ああ、そろそろ食事ができそうだから、警戒は一時中断だ。おいで、テレジア」


 テレジアがこちらを伺ったので、俺は手招きをする――彼女はこちらにやってきて、俺はどうするのかというように見てくる。


「俺が警戒にあたるから、食事が終わったら交代してくれるかな」

「…………」


 テレジアは首を振りかけるが、きゅるる、と小さな音が聞こえてくる――どうやらかなりの空腹のようだ。


「遠慮しなくていい。俺はジャーキーで空腹をしのいでるから。テレジアにも渡しておけば良かったな……あ、ああ、持ってたのか」

「…………」


 テレジアはあろうことか、ボディスーツの内側にジャーキーを収納していた。胸からお腹にかけて開いたスリットに手を入れるので、思わず動揺してしまう。


 そして、取り出したジャーキーを俺に差し出してくる。常に腹ペコなイメージのある彼女が食べ物をくれるというのは、何ともほろりとしてしまう――というのは大げさか。


「いいのか? 後のためにとっておいても……」

「…………」

「わ、分かった。ありがとう、もらっておくよ」


 やはり彼女の表情は変わらない。マスクで見えている口元は、ほとんど真一文字のままだ。


 だから、みんなの所に向かうテレジアの足取りが軽いというのも俺の気のせいなのだろう。


(しかし……このジャーキー、ちょっと温かいんだが……)


 食べずに取っておこうかとも考えたが、ふと見やるとテレジアが振り返ってこちらを見ていた――無言の催促をされた気がして、包みを破り、ジャーキーをかじる。


 噛みごたえのある肉だが、温められて心なしか食べやすかった。戻ってきたシオンも食べたそうにしているので、俺が元から持っていた分を与えることにする。テレジアの希望通りなのかは正直わからないが、彼女から貰った分は自分で食べておきたい。


「クゥーン……」

「どうした? シオン」


 日が沈んでから、徐々に雲行きが怪しくなってきている――空は薄曇りになり、焚き火台の近くに設けられたカンテラの明かりだけが頼りという状態だ。


(『サンダーヘッド』……雷の魔物か。雷雲と共に現れる、なんてことだとかなり危険だな)


 まだ稲光が見えたりはしないが、これだけ黒い雲に覆われていると雨も心配になる。今のところ、雨粒が落ちてきたりはしていないので、このまま踏みとどまってもらいたい。


「……バウッ!」


 俺のブーツに顔を寄せていたシオンが、急に振り返って一声吠える。何事かと思って見やる――夜の闇に潜むように、こちらの様子を見ていた数人が、「気づかれた!」「おい、どうする!」などと慌てる声が聞こえた。


 他人が仕掛けた罠に引っかかった獲物を狙う、おこぼれを期待するような探索者――七番区まで来たのなら、そんなことをしなくてもやっていけそうなものだが。そのまま放置しておくこともできないので、シオンを連れて偵察に向かう。


 泉から少し離れた丘の起伏に向かうと、ゆっくりと接近したからか、草むらに潜んでいた三人の探索者が自分から姿を現した。全身に草を貼り付けた、地形に同化する目的のスーツ――ギリースーツというやつだろうか。


 中肉中背の、二十代半ばから三十代くらいの三人の男性。彼らは落ち着かなさそうにしているが、逃げたりはしなかった。


「えーと……あなたたちは、一体を何してるんですか?」

「あー……まあ、言ってもいいか。いいよな? 俺たち、命令されて来ただけだし……」


 三人の中ではリーダー格らしい、ひげを蓄えた中年男性が、仲間たちに確認を取る。持っている武器は山刀マチェットのような武器、ボウガン、おそらく投擲用らしい細い槍――いかにも魔物を狩猟しに来たといわんばかりだ。


「俺たちは『自由を目指す同盟(ビヨンド・リバティ)』のメンバーだ。俺たちは、あんたらをマークしている」

「ちょっ……ま、待てよ。それ言っちゃっていいのかよ、グレイの奴にバレたら……」

「偶然『罠にかかった魔物』を見つけて、それを俺たちが偶然狩ってしまう……などというのを、横取りと思わない奴はいない。どのみち、このままじゃ俺たちは悪人だ。カルマが上がるくらいなら、そうならないように交渉した方がいいだろう」


 ヒゲの筋肉質な人、双眼鏡を手にした痩せぎみの人、そしてやたらと落ち着いている迷彩色のヘルメットのような兜をかぶった人。三人の中ではヘルメットの人が参謀役というか、そういう雰囲気だ。


「俺たちの罠に便乗しようっていうんですか? できれば邪魔はしないでもらいたいんだが」

「ぐう……そう言われると心苦しい。だが俺たちも末端でな、上が決めたことだと言われれば、指示に従わざるを得ない」

「君たちの獲物がどんな魔物かだけは、見させてもらえないだろうか。情報の漏洩は、探索者にとって最も避けたいことだとは分かっているが……」

「そ、そんな頼み、聞いてもらえるわけ……都合良すぎんだろ……なあ、あんたもそう思うよなあ?」


 痩せぎみの人は担いだボウガンを使ってこちらを脅すということもなく、彼らから敵意は感じられない。だが、確かにグレイに情報が伝わるのは避けたいところではある。


 しかしこの階層に彼らが居合わせることについては、禁止することはできない。追い出そうとして『他の探索者に危害を加えた』と判定されると、俺のカルマが上がってしまう可能性がある。


「グルル……」

「ほ、ほらっ、このでっかい犬も怒ってっ……」

「いや、シオンは俺の言うことを聞くから怖がらなくて大丈夫。まあ、事情は分かりました……俺たちが何をするのかを見てるっていうなら、それを止めることもできない」

「そ、そうか……どうしても出て行けっていうなら、それも仕方ないと思っていたんだが。そう言ってもらえると……」


 ヒゲの人が安心したように言うが、俺は一つ念を押しておくことにする。


「できれば、『俺たちは上手く行かなかった』と報告してもらえるか。必ずしも、正確な情報を伝える必要はないんだろう?」

「……分かった。俺たちも、あんたたちのことをバカ正直に報告するのは悪いと思っている。見逃してもらって感謝する」

「な、なんだ……結構話せばわかる人だな。あんた、いい人だな。目を見ればわかる」

「おいおい……済まない、調子のいいやつなんだ。あんたたちの邪魔は決してしない、破ったときは『契約の破棄』を理由に攻撃してくれていい。捕まるのは俺たちだ」


 ヒゲの人が、自分のライセンスを操作する――すると、そこにはこんな表示がされていた。


 ◆他パーティとの盟約◆


 ・『アリヒトのパーティ』の行動に介入しない。

 ・『フォーシーズンズ』の行動に介入しない。


「ん? あんたら、まだパーティの名前をつけてないのか……俺たちは一応『トリケラトプス』って名前で活動してる」

「そのうちつけようと思ってはいます。トリケラトプスって名前は、三人組だからですか?」

「四人以上に増えたらどうするんだって話ではあるがな。アリヒトさん、俺たちが言うのもなんだが、『同盟』のグレイには気をつけてくれ。俺たちがこう言ってたことは内緒だぞ」


 『自由を目指す同盟』の一員である彼らだが、必ずしも所属するメンバー全員が一枚岩というわけではないらしい。


「……ああ、そうだ。俺たちのパーティは女性が多いので、その双眼鏡は預からせてもらってもいいですか」

「うぇっ? な、なな何言ってんだよ! 覗きなんてしねえよ!」

「まあ、アリヒトさんの心配も最もだ。約束の証として、預かっておいてもらうことにしよう」

「ま、まあそいつは一理あるか……貴重な道具なんだから壊さないでくれよ」


 ◆★フクロウのスコープ◆


 ・視界が大きく広がる。

 ・射撃武器が命中しやすくなる。

 ・暗闇でも見ることができる。

 ・熱源を感知することができる。


(これはサーモスコープみたいなものか……? どんな見え方をするんだろう)


 スコープにはスタンドがついていて、地面に立てて使うことができる――これなら地面に匍匐ほふくする必要はあるが、両手で射撃武器を扱いながら狙いをつけることもできそうだ。


「俺たちは何が起きるのかを見させてもらえれば、それだけで十分だ。気をつけてな」

「こう言うのも、何か不思議な気分ですが……そちらこそ気をつけて」


 『トリケラトプス』の人たちは、同盟の中での上下関係で苦労しているようだ。かといって完全に警戒を解くわけにいかないが、『鷹の眼』の技能と今もらった『フクロウのスコープ』があれば、彼らの動きを見逃すこともないだろう。


 シオンが威嚇の態勢を解くと、三人は安心したように、再び伏せて草むらに潜んだ。一つ思ったことがあり、俺は彼らに聞いてみることにする。


「もしかして、三人はサバゲー仲間だったりしたんですか?」


 返事はない――と思いきや、ヒゲの人が親指を立てて手を上げた。前世から縁のあった人と組むというのは、やはり往々にしてあることだということか。


 キャンプの近くに帰ってくると、みんなが料理を取り皿に分けており、良い匂いがしていた。


「ふぉぉ……飯盒で炊いたごはん! 見てくださいお兄ちゃん、この湯気! 加湿器いらずですよ!」

「炊飯の蒸気に、スチーム効果があるとは思えないが……それはそれとして、美味しそうだな」


 メリッサが、焚き火台に置かれた鍋をかき混ぜている。その中には、ごろごろと具の入ったシチュー――いや、これは、俺も良く知っているあの食べ物だ。


「……今朝買った肉と野菜で、カレー……?を作った」


 七番区の市場にはスパイスミックスが売っているそうで、カレーに限りなく近い食べ物が作れるそうだった。入っているスパイスは迷宮で取れるものに限られるため、懐かしいカレーという感じではないが、香りは近いものがある。


「メリッサさんはカレーのことをお父さんから聞いて、一度作りたかったんですって」

「私たちがお家で作っていたカレーとは違いますけど、本格的な味で美味しいです。アリヒトさん、どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 スズナが取り皿にカレーを盛って出してくれる――こんな様子を双眼鏡で見られていたら、さぞ『トリケラトプス』の人々には申し訳ないことになっていただろう。


 林の木がいくつか倒されて、座りやすい切り株があったため、そこに座ってカレーを口に運ぶ。肉と野菜の旨味が溶け出したカレーは、食べているうちに辛みが立ってきて食欲を刺激し、病みつきになりそうな味だった。


 水を持ってきてくれたマドカが、一心に食べる俺を見て笑う。彼女はもう自分の分を食べ終わったようだ。


「メリッサさんのカレー、凄く美味しいですよね。私も夢中になって食べちゃいました」

「こんなに本格的なものが食べられるとはな。マドカが道具を運んでくれて助かったよ」

「そ、そんな……私にできることって、これくらいなので……」


 マドカはパーティに貢献しなくてはと思っているようだが、十分すぎるほど頑張っていると思うので、それはその都度伝えるべきだろう。言葉にするのは照れるものだが、言わなければ伝わらないことは多い。


「パーティに入ってくれて、今も凄く助かってる。これからも頑張って行こう」

「っ……は、はいっ……!」


 妹というにも歳が離れているが、ギリギリ娘という感じでもないか。いずれにせよ、俺が名目上リーダーを務めてはいるが、年齢差があってもパーティメンバーはあくまで対等であるべきだ。


「…………」

「おっ……テ、テレジア。足音がしないから気づかなかったぞ」

「テレジアさん、カレーが凄く気に入ったみたいですけど……あぁっ、物凄く赤くなってきてしまってます……っ!」


 スパイシーなカレーで体温が上がる――それでも食べたいというテレジアを止めるわけにはいかず、俺はせっかく飲水がいくらでもある場所なので、水を汲んでくることにした。


   ◆◇◆


 食事を終えたあと、俺たちは予め決めていた通り、三つのテントに分かれた。


 俺はテントの外で、崖の上から『フクロウのスコープ』を覗いて泉の正面にある罠を監視する――だが、魔物がかかる気配はない。


(捕まえても、逃げられたら意味がないからな……しかし、カレーのおかげか、眠気はそう感じないな)


 ライセンスの表示は見ていなかったが、メリッサは『調理1』の技能を持っているので、カレーを食べることで何か付加効果がついたはずだ。


 身体が微妙に熱くなっているのも気になるが、意識が冴えているのはいいことだ。俺はスコープを向ける先を、泉の東に設置した罠に移してみる。


「な……っ!?」


 そこに見えたのは、ありえないとしか言いようのない光景だった。泉の東側、罠からは見えない場所にテントを張り、その付近にいるはずのリョーコさんが、一人で泉に向かって歩いている。


 しかも、明らかに足取りがおかしい。ふらふらと、引き寄せられるように――彼女の視線の先には、ぴょんぴょんと跳ねるストレイシープの姿がある。


「アリヒト、そろそろ見張りを交代して……」

「エリーティア、リョーコさんの様子がおかしい!」

「なんですって……!」


 エリーティアは剣を携え、崖の端に立つ――彼女にもリョーコさんの姿が見えたようだが、即座に行動を決めることはできず、切羽詰まった顔で俺の指示を仰ぐ。


「俺があの『ストレイシープ』を撃って足止めする! エリーティアとテレジアは様子を見て、崖下に降りてきてくれ! マドカは『隠れる』の技能を使って、安全になるまで待ってるんだ!」

「ええ、分かったわ!」

「……っ!」

「は、はいっ……!」


 黒檀のスリング――『黒き魔弾を放つもの』を手に取り、俺は地面に立ててある『フクロウのスコープ』を覗き込んで、狙い澄ました。


「――当たれっ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『フォースシュート』を発動

 ・『ストレイシープH』に命中

 ・『ストレイシープH』が『シグナルフレア』を発動

 ・『ストレイシープH』を1体討伐


「ピギィッ……!」


 渾身の力を込めて放った魔力弾は、『ストレイシープ』に命中する―ーしかし、その瞬間だった。


 鳴き声と共に、『ストレイシープ』の全身から光が放たれる。その閃光に目が眩むが、『フクロウのスコープ』の中には、未だに泉に向かって歩き続けるリョーコさんの熱源反応が見えていた。


 彼女が何を目指しているのか、俺はようやく気がつく。リョーコさんは『自分から罠にかかろうとしている』のだ。


(『フォーチュンロール』の効果は無かった……いや、違う。何か、想定外の出来事が起こっているんだ……!)


 何としても、リョーコさんが罠に手を出す前に止めなくてはならない――狙撃で止めるなんてことはできない、ならば方法は一つだ。


「――間に合えっ!」


 ◆現在の状況◆


 ・アリヒトが『バックスタンド』を発動 → 対象:リョーコ


 まだ閃光がやまない中で、俺はリョーコさんのすぐ後ろに転移し、彼女に後ろから組み付く。


「リョーコさん、しっかりしてください!」

「っ……わ、私……一体何を……」


 ギリギリで、リョーコさんを止められた――そして、彼女は我に返る。さっきまで、操られるように歩いていたときの危うさはもうない。


 だが、全く状況は好転していない。それどころか、ストレイシープが断末魔のように放った閃光に呼応するように、空に稲光が閃き、雷鳴が轟く。


 ◆現在の状況◆


 ・『★誘う牧神の使い』が出現

 ・『サンダーヘッド』が2体出現


「うぉぉっ……!」

「きゃぁぁっ……!」


 空から走ったのは、三つの稲妻――そのうち2つは、泉の西と東に仕掛けた罠の近くに落ちる。そう、避雷針を仕掛けていた場所だ。


 そして一つの稲妻は、真正面。泉に向かって落ち、水面に雷のエネルギーが走ったあと、訪れたのは一瞬の静寂。


 地面が揺れ始める。今まで何の姿も見えなかった泉の中に、何かが現れ、その巨大な体躯の半分を浮かび上がらせる。


「うぁぁぁぁっ……な、何だ、あの怪物は……っ!」


 『トリケラトプス』のリーダーが叫ぶ――俺も混乱しているが、その声を聞いて逆に冷静になることができた。


 俺たちが『サンダーヘッド』を倒して逃げるだけで終われば、またいつか同じように羊を狩ろうとした人が、この魔物に遭遇する可能性がある。しかし必ずしも、俺達に『狩る義務』はない。リスクを取る必要はない、だが『名前つき』から得られる収穫は大きく、他には得難いものがある。


「ア、アトベさん……あんなに大きい魔物、今の私達じゃ……」

「確かに……初めて遭う『名前つき』に挑むのは、本当なら物凄く危険なことです。逃げるなら最初から逃げに徹するべきですが……ここまで来た以上、やれるだけのことはやっておきたい」

「……そう、ですね。ここで逃げていたら、もっと強敵が出てきたときにも逃げるしかなくなります。それではいつか、行き詰まってしまうでしょうから」

「リョーコさんは水属性の魔法が使えるんでしたね。効果があるかもしれませんが、感電にだけは気をつけてください」


 リョーコさんは頷くと、心配そうに仲間たちを見やる――だがカエデもイブキも、位置取りを意識して、俺の支援を受けられるように動いていた。


 五十嵐さんたちも、すでに戦闘態勢を整えている。西に現れた『サンダーヘッド』は五十嵐さんたちが、東には『フォーシーズンズ』の残り三人が――そしてエリーティアとテレジアの二人も、俺たちのところに辿り着いた。


「一体ずつ仕留めていくのが得策でしょうけど……どうやら、そうもいかないみたいね」


 草原に身を潜めていた無数の『ストレイシープ』が、水中から現れた魔物の元に集まっていく――そう、『ストレイシープ』は、あの魔物が餌をおびき寄せるために、この階層に放っていた分体のようなものか、あるいは幼体だったのだ。


 『ストレイシープ』の綿毛で身体を覆ったその姿は、羊の頭をした悪魔のようで――見上げるほどの巨体を持つ。『鷲頭の巨人兵』と同じくらいの大きさではあるが、全身から放たれる殺気は尋常ではない。


 ◆遭遇した魔物◆


 ・★誘う牧神の使い レベル7 ドロップ:???

 ・サンダーヘッドA レベル5 ドロップ:???

 ・サンダーヘッドB レベル5 ドロップ:???

 ・ストレイシープの群れ


「……オォォ……ォォォ……」


 およそ生物とは思えない、声ともつかない音を発しながら、魔物は泉から上がろうと一歩ずつ動き始める。


「エリーティア、全体攻撃がみんなに飛ばないように、まず引きつけながら様子を見る……できるか?」

「ええ、任せておいて。テレジアと一緒に遊撃するわ」

「……」


 テレジアが盾を構え、投擲用の短剣を準備する。仲間たちが交戦を始めると同時に、エリーティアが剣を抜いて先陣を切った。


「――朽ち果てろ……!」


 戦闘においての鬼気迫る鋭さでは、エリーティアも『牧神の使い』に負けてはいない。


「エリーティア、『支援』するっ!」

「……オォォ……ォォ……ッ!」


 『牧神の使い』が、羊の綿にまとった太い腕を持ち上げる――その腕が稲光を放ち、一気に黒に染まった。


「――エリーティア、まだ深く踏み込むなっ!」

「っ……!!」


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『支援攻撃1』を発動 

 ・『★誘う牧神の使い』が『黒き雷の拳』を発動

 ・『エリーティア』が『ライジングザッパー』を発動

 ・『ストレイシープD』に一段目が命中 支援ダメージ12

 ・『ストレイシープE』に二段目が命中 支援ダメージ12

 ・『ストレイシープD』を1体討伐


 エリーティアが砂地を蹴って飛び上がりながら、切り上げを放つ――だがその一撃で削れたのは、『牧神の使い』の表面に張り付いている『ストレイシープ』一体だけだった。


 本体に打撃を与えられず、怯みもしない。そして黒く染まった雷をまとう拳が、エリーティアに向けて放たれる――だが。


「くっ……!」

「エリーティアさんっ……!」

「……!」


 テレジアが短剣を投げ放つ――そこに、リョーコさんも泉の水で形成されたイルカを撃ち出す。


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 → 支援内容:『フォースシュート・スタン』

 ・テレジアが『ダブルスロー』を発動 スモールダークを2本投擲

 ・『ストレイシープR』に1段目が命中 支援ダメージ12

 ・『ストレイシープN』に2段目が命中 支援ダメージ12

 ・リョーコが『アクアドルフィン』を発動

 ・『★誘う牧神の使い』に命中


「――ォォォォッ……!」


 テレジアの短剣は『牧神の使い』本体には届かず、表面の『ストレイシープ』が剥がれ落ちる。リョーコさんの魔法攻撃には支援ダメージが乗らなかったが、僅かに効いたようには見えた。


 だが、『牧神の使い』の拳は止まらない。エリーティアを執念深く狙って、その一撃がついに振り抜かれる――だが、その一瞬前に。


「――止まれぇぇぇっ!」


 ◆現在の状況


 ・『アリヒト』が『フォースシュート・スタン』を発動 →『★誘う牧神の使い』に命中

 ・『エリーティア』が『エアレイド』を発動

 ・『エリーティア』が『黒き雷の拳』を回避 エリーティアに範囲ダメージ


「ォォォ……!!」

「――きゃぁぁっ!」


 敵の顔面に俺の放った魔力の弾丸が着弾し、わずかに繰り出された拳の狙いが逸れる。その瞬間、エリーティアは空中で技能を発動し、拳を避けきった。


 しかし雷を纏った拳は、拳そのものを回避しても周囲にまで被害をもたらすのか、エリーティアが苦痛の声を上げる。


「大丈夫……これくらいなら、まだ……っ!」


 エリーティアはそう言うが、ライセンスを見て俺の心臓が跳ねる――体力バーの減少は、四分の一近くまで達していた。


「敵の本体にさえ当たれば、攻撃は通る……可能な限り『ストレイシープ』を削るわよ、アリヒト!」

「っ……分かった……!」


 エリーティアは戦意を失ってはいない。彼女の言う通り、『ストレイシープ』がいかに数が多いといっても、限度がある。


 ――そんな俺たちの期待をあざ笑うかのように。ずっと表情の無かった『誘う牧神の使い』の口の端に、明らかな笑みが浮かんでいた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ゲイズハウンドの防水素材の話はもっと前、フォーシーズンズ登場初期に話題振りで出していたように思います
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