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第九十三話 純真な商人/倉庫部屋

 ギルドの『受付嬢』になる前に、ルイーザさんの本職は別にあった。


 彼女の『指圧』はパーティメンバーの自己回復を早めたり、身体の状態を改善して寝つきを良くするという効果がある。『不安』といった状態だけでなく『麻痺』を治療できるので、探索中の応急処置として行うこともあったが、基本的には拠点に戻って休む時に役立てていたそうだ。


 ――という話を、『指圧』を受けている間にした記憶がかすかにあるのだが。マッサージをされている時に寝る人が多いように、俺も意識が保っていられず、気がつくと風呂から出て居間に行くところまで意識が飛んでいた。


 そして居間の入り口で、ルイーザさんがバスローブ姿で俺に頭を下げ続けている。お風呂上がりはいつもそうしているのか、束ねた髪をシュシュでまとめている――女性のそういう姿はとても新鮮に映るが、ドギマギしている場合でもない。


「ほ、本当に申し訳ありません……っ、私、ふと目が覚めたときもまだ少し酔いが残っていたみたいで、気が大きくなってしまって……同室だからといって、アトベ様と一緒にお風呂に入っていいなんて、そんなことは決して許可されていないのに、あまつさえ、お、お風呂でのマッサージまで……っ」

「ル、ルイーザさん、頭を上げてください。何も悪いことはしてないですし、むしろ俺は感謝したいくらいの気持ちで……」


 俺は自分の技能で自分を回復することができないので、『バックスタンド』で消耗した分がまだ回復しきっていなかったのだが、ルイーザさんのおかげで回復が早まり、すっかり気力が充実していた。


 しかし途中でだんだん我に返ったらしく、ルイーザさんは風呂を出てからはひたすら平謝りをする。俺としては、彼女の浴室内でのガードは鉄壁だった記憶があるので、むしろ安心しているのだが――もし彼女が湯浴み着を着用していなかったらと思うと、また気が遠くなってしまいそうだ。


(まあ、湯浴み着も濡れると……というのは言わないお約束か。俺も意識が遠かったということで許してもらうしかないな……)


「…………」


 そしてテレジアもまた、風呂から上がった後はまだ真っ赤になっている。推察するに、どうやらルイーザさんから『指圧』を受けている俺を見て照れたというか、そんな雰囲気だ。


「……私はいつもアトベ様に、将来が有望だとか、そういうことで感激して失言などを繰り返して……打算的な女だと思われても仕方がないですよね、こんなことでは……」

「い、いや……俺も、ルイーザさんに専属で担当してもらえるのはありがたいとか、こうやって宿舎で回復してもらえるのは嬉しいと思ってますから。持ちつ持たれつということで、あまり気にしないでください。将来有望と思ってもらうのも、転生前だとあまり無かったことなので、素直に嬉しいです。さ、顔を上げてください」


 ルイーザさんに頭を下げさせて自分は座っているというのも何なので、俺は席を立ち、ルイーザさんに顔を上げてもらうように促した。


 八番区とはまた違うハーブを使っているのだろうか、石鹸のいい匂いがする。全員が同じものを使っているといえばそうなのだが。


 それほどの近い距離で、ルイーザさんが顔を上げてこちらを見る。いつもできる女性というふうの彼女がすっかり弱気になっているのを見ると、年上の俺がもっと気を回してあげなくてはと思う。


「……アトベ様……」


 そして気がつく――この距離、そして雰囲気。これは世間的に言う、『チャンス』というやつではないのかと。


 湯上がりの熱が残っているだけではない。ルイーザさんの目は潤んでいて、その唇が次の言葉を紡ごうとする前に、俺はこちらに向けられている幾つかの視線に気がついた。


「っ……だ、だから言ったじゃない、こういうのは趣味が悪いわよ、ミサキ」

「またまた~、エリーさんじゃないですか、気になるから見に行こうって言い出したのは」

「はあ……な、何が気になるのかと思ったら。ルイーザさんと後部くんに何かあるわけないじゃない、みんな心配性なんだから」

「み、皆様……いつからご覧になっていたんですか?」


 どうやらエリーティア、ミサキ、五十嵐さんの三人が俺たちの様子を観察していたらしい――慌てて離れるのも逆に怪しいので、俺は咳払いをしつつ、ルイーザさんから適切な距離を置く。


「な、何ていうかだな……ルイーザさんも同室だから、節度を持って一緒に入れば大丈夫ということで、そんな感じだったんだ」

「は、はい……アトベ様のおっしゃる通りです。今までは専属というわけでは無かったので、私の持つ技能を使うことはできなかったのですが、今日からは使わせていただきたいと思いまして。皆さんも『指圧』を受けられますか?」

「えっ……お風呂の中でそんなこと……ああ後部くん、本当に大丈夫だった?」

「わー、キョウカお姉さんがこんなに慌ててるの初めて見ました。スズちゃんも最近、お兄ちゃん子になってきてますからね~、三人だけで良かったと思って欲しいですよね」


 ミサキはひたすら面白がっているだけで、あまりかき回すんじゃないと言いたくなるが、なかなか俺の性格上、妹のような歳の女性には怒れないというのがある。


 俺が社会に出るまで世話になった施設では、後輩というか『下の子』と呼んでいた子たちがいたので、彼らからは『兄ちゃん』『お兄』と呼ばれていた。思い出すと胸が詰まるような気持ちにはなるが、忘れることのない記憶だ。


「……何よ、悟りを開いたみたいな顔しちゃって。そんな顔されたら、信用するしかなくなるじゃない」

「悟りというか、昔のことを思い出してました。まあ、ルイーザさんも湯浴み着を着てたので、そこまで際どいことにはなってないですよ」

「す、すみません……そういったことを考えるくらいの判断力は残っていて、幸いだったと言いますか……湯浴み着でも十分恥ずかしいですが……」


 紅潮した頬を押さえるルイーザさん。そしてテレジアも赤いままで、やはり何かあったのでは、と無限ループしてしまいそうな空気を、二階からマドカが降りてきて打破してくれた。


「あ、あの……お兄さん、どうしてテレジアお姉さんと、ルイーザお姉さんは真っ赤なんですか? あっ、お風呂が熱かったとか……お湯加減を調整するのが難しいですよね、迷宮国のお風呂って」


 風呂上がりだからというだけではなかなか説明がつかないところだが、マドカはそれで納得してくれた。年齢的に考えると、男女のことで想像を巡らすには早いということで、彼女には純粋なまま大人になってほしいところだ。


   ◆◇◆


 就寝前だがまだみんな体力が残っていたので、宿舎のある区域に一つずつ設けられている転移扉を利用し、倉庫に行って獲得した装備品の割り振りをすることになった。


 転移扉の設けられた小屋には、少し距離を置いてはいるが、守備隊の一員が監視をしている。これは、他人の倉庫に侵入したりしないようにとの措置だとエリーティアが教えてくれた。


「カルマが上がらないように、他人に道具を譲渡させることもできなくはないから……ミサキなら、分かるでしょうけど」

「はぁっ……お、思い出させないでください、今でもあの時のことを思い出すと、寝られなくなっちゃうんですから」


 迷宮の魔物だけでなく、同じ探索者にも注意しなくてはならないというのは世知辛い話だが、仲間を守るためには最低限の用心はすべきだろう。


「アリヒトお兄さん、これが先ほど箱から手に入ったものを置いてあるところです」


 倉庫部屋は、箱を開けるための部屋と比べると狭いが、今の時点で入手したアイテムを入れておくには十分なスペースがあった。例えるなら、学校の教室一つ分くらいの広さがあり、天井までの高さは三メートルほどあるだろうか。


 マドカが入れたものか、棚が壁に沿って配置されており、手に入ったものが保管してある。まず、『ドクヤリバチ』から入手した赤い箱の中身から見ていくことにした。


 まず一つ目、アンクレットを鑑定する。マドカの技能による鑑定で、問題なく詳細が判明した。


 ◆虫除けのアンクレット+1◆


 ・昆虫系の魔物に対して効果がある

 ・『毒1』までの毒を防ぐ


「なるほど……『効果』っていうのが何なのか分からないが、『毒1』を防ぐ効果は何かの役に立つこともあるかもな」

「『毒1』でも、体力が減っているときは命に関わるわ。『毒2』からは、数時間以内に治療するか、回復しながら延命しないといけない……毒対策は、早めにできるといいんだけど」


 エリーティアのアドバイスからすると、毒対策が必須になる迷宮も出てくるということか――彼女は『黒スグリのチャーム』というものを持っていて、それは携帯しているだけで装備品のように効果を発揮し、『毒2』までは防いでくれるという。


「これは、攻撃を受けてしまう可能性が高いメンバーが装備した方がいいでしょうね」

「シオンちゃんの足につけてあげるっていうのは? 装備できるものが少ないし」

「ああ、そうですね。『カバーリング』を発動することもありますし……できればノーダメージで済ませたいですが、今後はそう甘くないでしょうから」


 他のメンバーの意見も聞き、シオンにアンクレットを装備してもらうことになった。倉庫までは連れてきていないが、ルイーザさんと一緒に宿舎の留守番をしてくれている――二人とも寂しそうだったので、早めに帰ってあげなくては。


「このポイズンハニーは……その都度使うことになるが、毒矢が作れそうだな」

「できると思う。刷毛ハケで武器の刃に塗ればいい。一瓶で、矢なら五本分にはなると思う」

「分かりました、私が持っておきます」


 ポイズンハニーの小瓶をスズナがポーチに入れる。テレジアの投擲用の短剣、ダークにも塗れると思うが、とっさに毒を塗って投げるというのは難しいので、事前に準備ができる戦闘において使うことが想定される。


「あとは、『跳飛石』か。飛び道具に装着するか、跳躍力を上げるために使うか……」

「後部くんの武器に使うのがいいんじゃない? 一番弾が飛び跳ねるところを想像しやすいし」

「かなりトリッキーな使い方になりそうですが……テレジアの盾につけたら、敵の飛び道具を弾きやすくなったりもしそうですね」

「今のところ、用途がはっきり想定できてないから、武器につけて試すのがいいと思うわ。武器に魔石をつけた時の特殊攻撃は、自分の意志で発動できるし。使えそうになければ、持ち帰って他の使い方を考えればいいわ」


 その頼りになる解説を聞いていると、エリーティア先生の授業を一通り受けてから探索を進めるべきではないかと今さらに思えてくる――みんなの感心の視線を受けていることに気づいて、エリーティアは恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「そ、そんなふうに見られても……私の意見は、参考程度にしてくれればいいわ」

「本当に勉強になる。技能の取り方も、エリーティアの意見を参考にしたいな」

「それはリーダーの仕事よ。私は前衛であって、あなたを守って切り込むことが役目だから……戦術を実戦で使えるようにするためには、指揮をしてくれる人が必要でしょう。アリヒトはそれをやってきているし、その能力があると思うわ」

「そうか……分かった。そうだな、俺が一番後ろにいるわけだから、司令塔としての動きをもっと意識すべきだな」

「お兄ちゃん、頻繁に前に出ちゃいますけどね。土壇場の勇気が凄いですよ、私がお兄ちゃんの技能を持ってても絶対使えませんし」

「後部くんはある程度勝算があってやってるのよ。一緒に仕事をしてるときも、間に合わない時は絶対間に合わないって言ってくれてたし、ギリギリのときは『何とかやってみます』って言ってくれて……」


 ある程度仕事をしていれば、自分のキャパシティが見えてくる。しかし魔物をあと一撃で倒せそうなときに詰めの一撃を入れようとするのは、もはや計算などではなく、そうするしかない状況だからだ。


 このギリギリの選択が、いつか命取りになりはしないか――『バックスタンド』も、『後ろの正面』も、切り札としてリスクがあることを忘れてはならない。


「『跳飛石』は、俺の装備につけてもらうことにします。メリッサ、できるか?」

「寝る前に二、三個なら加工できる。四つ以上は、効率が落ちるかもしれない」


 パーティメンバーに加工を頼めるというだけで、頼もしい限りだ。あと、装備に装着していない魔石は「陽炎石」「爆裂石」「土竜石」「火柘榴石」、あとは俺の装備にすでに一個ついている「混乱石」となる。


「……すごい数。こんなに着けずにしまっておくパーティは珍しい。みんな飛びついて、すぐ何かに着けようとする」

「そうですね、たまに魔石つきの武器が入荷すると、すぐに売れてしまっていました」

「今後は入手したものは、できるだけ早く実戦で活かせるようにしていくつもりだ。できることが一つ増えるごとに、対応できる局面も増えるから」


 皆が頷く――こうして何でも話し合うことで、パーティ全体の意識が高まり、練度も上がっていくように感じる。 


 残りの魔石の用途については話し合いの結果、敵を幻惑する『ミラージュ』系列の技が使えるようになる陽炎石をテレジアの盾に装着し、『ブラスト』系列の範囲攻撃ができるようになる爆裂石を、スズナの弓に装着した。



※いつもお読みいただきありがとうございます、更新が遅くなって申し訳ありません!

 次回は明日4月12日、22:00に更新いたします。

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i666494/
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― 新着の感想 ―
後ろにいて戦術を考える司令塔・・・ 野球におけるキャッチャーのポジですね 地味な役回りだけど、キャッチャーが頼れるチームは強い 主人公、引退したら監督になれそう
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