第九十話 スイートテラス
『涼天楼飯店』を出たあと、『フォーシーズンズ』は自分たちの宿舎に戻っていった。明日はまた上位ギルドで集合し、探索に向かおうと約束を取り付けたので、明日の目的地も『牧羊神の寝床』だ。
上位ギルド『緑の館』からさらに西に向かうと、だんだんと上り坂になっている。八番区の時と同じように、外周は土地を広く使えるからか、庭付きの屋敷のようなタイプの建物が増えてくる――最も大きく、警備までついている豪華な一戸建てには、おそらくロランドという人が住んでいるのだろう。
そういった建物よりは落ちるが、俺たちの泊まる『スイートテラス』というタイプの宿舎は、同じ形の、2階建ての家が塀で仕切られて並んでいるような外観だった。一応前庭もあり、護衛獣用の小屋もついているので、シオンにはそこを使ってもらうことにする。
「シオンちゃんなら、室内で飼ってもいいと思うんだけど……ごめんね、寂しくなったら中に入ってきていいのよ」
「バウッ」
「キョウカさん、すっかりシオンちゃんと仲良くなったんですね。まるで姉妹みたいです」
「っ……そ、そう? スズナちゃんはいつも、人が喜ぶことを言ってくれるわね……ちょっとキュンとしちゃった」
「駄目ですよー、お兄ちゃんがヤキモチ妬いちゃいますからね。それに、スズちゃんは私のなので。ねー」
最初は自棄になっていたとはいえ、スズナを置いていってなかったかという野暮は言わないでおく。俺だって、社畜だった頃のしがらみを気にして、最初は五十嵐さんと組もうとしなかった。
「まあ、みんな仲が良いのが一番だ。マドカとメリッサも、打ち解けてきたみたいで良かったよ」
「はい、皆さんに良くしていただいて……私、お兄さんに誘ってもらって本当に良かったなって、今日は十回くらい考えちゃいました」
「……私も。また『名前つき』を解体できるし、部位破壊もできてレベルが上がった。探索に行かないと、新しいことができないから」
メリッサの表情の変化は少ないが、言葉通りに喜んでくれていると思っていいだろう。
――しかし、こうして見て思ったが、メリッサの仕草はどこか猫を思わせるところがある。俺はみんなが宿舎に入っていく中で、残ったメリッサに聞いてみることにした。
「メリッサ、さっき俺を助けてくれたときに、変わった技能を使ってたけど……」
「……今日のうちに、技能の取り方を相談するつもりだった。その前に、話しておく。私のお母さんは、『ワ―キャット』という亜人」
「ワーキャット……猫の能力があるってことだな」
「そう。でも、お母さんの技能をそのまま使えるわけじゃない。ほんの一部だけ」
メリッサの細腕に見合わない、巨大な包丁を振り回す膂力は、亜人の血の力によるものもあるのだろうか。テレジアもそうだが、同年代の少女と比べると明らかに身体能力が高い――エリーティアは彼女たち以上に敏捷性が高いので、レベルの上昇によっても身体能力が上がると考えられる。
俺も迷宮国に来たばかりのときよりは動けるようになったが、やはり『後衛』ということなのか、条件が揃った時以外は常人離れしたことはできない。『殿軍の将』が最大の効果を発揮したときは、それこそ自分の身体でないような動きができるのだが。
「さっきは本当に助かったよ。本物の猫の声みたいだったな」
「本当は、相手を油断させる技能らしい。成功すると、相手は猫がどこかにいると思って気をそらす。聴覚がある魔物には通じるけど、魔物のレベルが高いと失敗しやすい」
「上手く成功してくれて良かった。もしメリッサが来なかったら、しらばっくれるしか無かったからな」
「……アリヒトは、そういうのは苦手そう。嘘をつけない、つかない性格」
「ははは……まあ、バカ正直と言われることはあったな」
昔から顔に出やすかったというのもある。ミサキの職業で覚えられるような『ポーカーフェイス』に、憧れたこともあったものだ。
「お兄ちゃん、お家の中はなかなかいい感じですよー。早く来ないと勝手に部屋割りを決めちゃいますよー」
「……アトベ様……おへや……私、どうしましょう……」
「す、すみませんルイーザさん、立ち話しちゃって。えーと、ルイーザさんも俺たちと同じ家で住むってことでいいんですか?」
「……別のお家に行った方がいいなんて、言わないでくらさいよぉ……慣れなくて、さみしいんですからぁ……」
「っ……わ、分かりました。部屋割りについては皆とも相談しますので……っ」
「……良かったぁ……」
酔ったルイーザさんは何をするかわからない――おんぶしたまま、抱きしめる力が強くなってきて焦ってしまった。
家の中に入ると内装の雰囲気はカントリー調で、木床の上に絨毯が敷かれており、今まで通り土足のままで入るスタイルだった。廊下が建物の奥へと伸びており、手前右手にリビングルームがあって、そこから皆の声が聞こえてくる。
リビングにはカウンター式のキッチンがあり、メニュー表が置いてあって、頼んでおくとこの台所で食事を作ってくれるという訪問サービスもある。もちろん自分でも料理をすることはできるが、基本的には外食を利用することになりそうだ。
「後部くん、お疲れ様。ひとまず、ソファに寝かせてあげて」
「分かりました。ルイーザさん、お風呂はどうします?」
「後で酔いが覚めたらでいいと思うわ。明日の朝でもいいしね」
ルイーザさんを下ろしてソファで寝かせると、五十嵐さんは持ってきた毛布をかける。これはしばらく起きなさそうだ――今のところ気分が悪いということはないようなので、このまま休んでもらっても大丈夫だろう。
「ルイーザさん、こんなにお酒を過ごしちゃうなんて、新しい区で私たちと同じように緊張してたのかしら」
「これから一緒に区を移っていくなら、ルイーザのこともパーティの一員として考えた方がいいんじゃないかしら……アリヒトはどう思う?」
「確かに……彼女が新しい区で緊張してたのなら、それを和らげられるといいな。俺たちといるときは、最大限リラックスできるといい」
みんなもルイーザさんのことを心配していたようで、全員が同意してくれる。勿論、みんなも新しい区での一日目から色々とあり、くたくたに疲れているだろう――今夜はゆっくりと休んでもらいたい。
「アリヒトお兄さん、二階に寝室が三つありました。ベッドの数は全部で十個あります」
「予備の分もあるのか、パーティのサブメンバー分まであるってことかな。どんなふうに分かれてる?」
「ベッドが4つのお部屋が一つと、3つのお部屋が二つです」
そうすると、ルイーザさんを入れて9人いるので、3人ずつに分かれるのが良いのだろうか。男が俺一人ということで、一人用の狭い寝室があればベストなのだが、そうそう思い通りにはいかない。
「今回もあみだで決めます? それともくじにします?」
「そういうことになると、途端に元気になるな……何かたくらんでないか?」
「そんなことないですよー、部屋割りでいかさまなんてしないですよ。私、そういうことには正々堂々としたいので」
「そ、そうか……すまない、疑って悪かった。じゃあ、あみだの方で頼む」
「はーい。何か書くもの取ってきますね」
ミサキが紙とペンを探してきて、あみだくじの準備をする。すると、俺はルイーザさんとテレジアの二人と同室になった。
「…………」
「すー……」
「よろしく、二人とも。テレジア、後でルイーザさんを部屋に運んであげよう」
「ああっ、お兄ちゃんがルイーザさんを、二人がかりで寝室に運ぼうとしてますよー」
「変な言い方しないの、後部くんは純粋にルイーザさんを休ませてあげたいだけなんだから」
「あ、あのっ……キョウカお姉さん、よろしくお願いします」
「……よろしく」
五十嵐さんはマドカとメリッサの二人と一緒で、もう一部屋はミサキ・スズナ・エリーティアの三人となった。
「そういえば、マドカとメリッサはレベルが上がってたな」
「はい、あの、どの技能を取ればいいか相談させていただいても……」
「そうさせてくれると俺も有り難い。二人の技能をまだ把握してないからな」
「……分かった。アリヒトが取るべきと思う技能があったら、それを取る」
他のメンバーが先に入浴しているうちに、マドカとメリッサの技能について相談する時間を設けることになった。
箱を開けて入手したものが倉庫に入っているので、マドカに頼んで明日の探索に必要なものを持ち出す必要もある。やるべきことが全て終わるまでは、俺の一日はまだまだ終わらなさそうだ。
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