第八十六話 宝閃華
ファルマさんの箱屋でもそうだったように、転移扉は地下に作られるのがセオリーらしく、掛け軸の向こうに現れた隠し階段を降りていく。
転移扉には青い宝石がついていて、シオリさんが手を当てると、27という数字が浮かび上がった。それを見ると、シオリさんは着物の右袖から扇子を取り出し、それを広げて口元を隠しつつ、俺の方を見てくる。
「……うちの歳とは違いますえ?」
「い、いや、そんなことは全く考えてませんが……急に京言葉っぽくなりましたね」
「ふふっ、ごめんなさい。本当は常にそうしようかと思っているんだけどね。何事も形から入ることが大事だと思わない?」
「あー、それは分かる気もしますねー。私もギャンブラーになってから、とりあえずそれらしい格好をしようかなと考えましたから」
『後衛』らしい格好とは何だろう。とりあえず着慣れたスーツをベースにして上から防具をつけているが、サラリーマン気質が抜けない探索者として噂が広まったりしないだろうか。まあ『後衛』であることを広めたくはないので、それでも問題ないのだが。
扉を開けて中に入ると、そこは前に入った部屋と同じ規模の、天井が見えないほどに高く、だだっ広い空間だった。
シオリさんが大きめの風呂敷を広げると、その上にタクマが箱を並べていく。赤い箱が3つ、木箱が3つ。シオリさんはそれらの後ろに立つと、扇子で箱を指し示した。
「大変お忙しいかと思いますが、少しお話させていただければと存じます。みなさんは、箱を開けるという行為をどのように捉えておられますか?」
「宝を手に入れるための関門というか……勝って兜の緒を締めよ、というわけじゃないですが、気をつけなければいけないステップですね」
「そう、『箱』を開けるためには危険が伴います。しかし、無事に開けることができればどうなるか……そう、難しい箱であるほど、多くの宝が得られます。そのさまは、まるで『花火』のようだと思いませんか?」
黒い箱を開けた瞬間の光景を思い出す――気がつけば辺りが、魔法の武具や無数の貨幣で埋め尽くされていた。
箱から宝が溢れる光景、それを彼女は『花火』と呼ぶ。
なぜそんな話をしたのかは、彼女がどうやって箱を開けるのかを見れば分かった。
「『質屋』は他の箱屋とは質が異なり、『箱』を利用して敵を攻撃する技能などを持っています。何の変哲もない箱であっても、媒介にして爆発させるなども……そういった技能の系列で、宝を無事に取り出すものが存在します」
そう言ってシオリさんは、もう片方の袖からも扇子を取り出す。この扇子にも、技能の成功率を上げる補助効果があったりするのだろうか。
「それでは皆々様方、お目汚しではございますが、当店の十八番をご照覧ください」
◆現在の状況◆
・『シオリ』が『目利き3』を発動
・『赤い箱A』の罠鑑定 → 成功 罠:魔物召喚 罠レベル3
・『赤い箱B』の罠鑑定 → 成功 罠:眠りの霧 罠レベル2
・『赤い箱C』の罠鑑定 → 成功 罠:爆弾 罠レベル2
・『木の箱A』の罠鑑定 → 成功 罠:毒矢 罠レベル1
・『木の箱B』の罠鑑定 → 成功 罠:なし
ライセンスに一気に表示される多様な罠――どれも危険だろうが、特に『爆弾』はまともに喰らっては命がないように思える。それが罠レベル2だというのだから、魔物召喚はどれくらい危険な罠なのだろう。
しかしファルマさんは黒い箱を開けることに失敗して、町の一部が消滅したなんて話をしていたので、これらの罠はまだ可愛いものだとも言える。
その罠をどう解除するのかと見ていると、シオリさんは扇子を二枚同時に広げ、腕を交差させる。その瞬間、左端の赤い箱から順に、それぞれ違う鮮やかな色の光に包まれて――そして。
◆現在の状況◆
・『シオリ』が『宝閃華』を発動
・範囲内の箱に仕掛けられたレベル3以下の罠を解除
・『赤い箱』が3つ開封
・『木の箱』が2つ開封
箱の表面に光る紋様のようなものが浮かび上がり、それがシオリさんの舞うような動きとともに箱から剥がれて、空中に浮かび上がる。
「……綺麗……」
五十嵐さんの声が聞こえる。まるで夜空を彩る花火のように、紋様は赤、青、黄色といった色とりどりの光を放って、一つずつシオリさんの扇子に吸い込まれていく。
そして、罠を外された箱を前に、シオリさんが頭を下げる。もう開けても大丈夫ということらしい。
「こういうときって、まずおひねりを投げるんじゃなかったですか?」
「いや、投げるんじゃなくて普通に手渡しするだろ……じゃなくて、芸妓さんじゃないんだから」
「どうやって渡してもらっても構わないけれど、ここに差し込む場合は別料金をお願いするわね」
「っ……い、いや、大人の芸者遊びは俺には身に余るというかですね……」
「ええ、私も言ってみただけよ。久しぶりに、こんなに喜んでくれるお客さんたちに会えたから」
みんな箱の中身が気になって、舞を鑑賞するどころではないのだろうか。それなら、随分ともったいないことをしていると思う。
「お座敷で見せてもらえるような、素敵な舞だったわね。質屋さんって、技能も和風のものが揃ってるのかしら」
「キョウカは見たことがあるの? これが日本のゲイシャ……写真や映画しか見たことがなかったけど、本物を見られるなんて」
エリーティアは思いがけないところで、日本舞踊のような所作を見せてもらって感激しているようだ。俺も見入ってしまったので、おひねりというか心ばかりのチップを渡したくなる。
「アリヒトお兄ちゃん、スズちゃんも巫女なので、お宮の行事で踊ったりしてましたよ。鈴を持って、シャンシャンって鳴らしながら」
「へえ、それは凄いな……神楽舞っていうやつか?」
「はい、年に何度か舞の奉納をさせてもらっていました。シオリさんのように華やかなものではなくて、ゆっくりとした動きですが」
「あら……まさかと思っていたけど、本当のお巫女さんなのね。私も神楽は興味があるから、もしそういった技能を覚えたら見せて欲しいわ」
「は、はい……そういった技能が、覚えられるかはまだ分からないですが。もし出てきたら、お伝えしますね」
シオリさんは和風好みなのか、スズナの巫女姿を改めて見て興味深そうにする。箱屋と探索者というだけの関係でなく、友好的な関係を築けるのはいいことだ。
「では、そろそろ箱の中身をご覧くださいませ。鑑定の巻物が必要でしたら、どうぞお申し付けください」
「ありがとうございます。じゃあ、まずこの赤い箱を……手に入れてから、開けるまで随分経ったな」
「今後は、こまめに開けないといけないわね。この最初に手に入った箱は……確か、ミサキちゃんが見つけて、取られそうになったって言っていたもの?」
「はー、今思い出しても生きた心地がしませんけどね……あれ? 私、罠に引っかかって転移したあと、箱の近くにちょっとお金が散らばってたので、それが中身かなと思ってたんですけど」
言われてみれば、そんなことを言っていた。そして、ミサキが宝を入れたという袋はエリーティアが回収に向かったはずだが――だとしたら、この一つ目の箱はどこで手に入ったのだろう。
「ミサキさんが勘違いしていることが一つ……宝箱に仕掛けられた罠は、引っかかっても外れないことがあるということ。けれど引っかかるたびに、中身の一部が外に出てくることがあるのよ」
「あー、そういうことだったんですね。じゃあこの赤い箱は、あの大きいオークと一緒に回収してもらえてたってことになるんですか?」
「だとしたら、随分律儀な仕事をしてくれたと思うが……エリーティア、どうした?」
「ううん……言われてみればそうね、見落としをしていたと思って。昔いたパーティでは箱を見つけても、開けるところにはあまり立ち会えていなかったから……」
箱と罠というものについて、まだエリーティアも知らないことが多い。それは別に問題ないし、俺のパーティに入ってくれた以上は、一緒に学んでいければいいと思う。
「むしろ、知らないこともあるって方が安心する。エリーティアが何でも知ってると、今よりもっと依存しそうだからな」
「い、依存なんて……私の方が、教えられることは多いから……」
エリーティアは金色のおさげに触れて落ち着かなさそうにする。それを見てミサキは茶化したくて仕方なさそうだが、話が進まなくなるので自重していた。
「あ……お兄さん、『ジャガーノート』という魔物を運んだ運び屋さんの記録を見ていたら、箱のことも書いてありました。取得者がミサキさんだったので、お兄さんのパーティの倉庫に送られたということです」
「なるほど、そういうことか。じゃあ『曙の野原』で出た箱っていうことだな……」
「ワタダマとドクヤリバチを一緒に倒したら出てきたのよ。名前つきでもない魔物が落とすなんてそうそうないことだから、本当に驚いたわ」
出処が分かったところで、いよいよ箱の中身を確認する。まず、ミサキが入手した箱を開けてみると――。
◆箱の開封◆
赤い箱A:『ドクヤリバチ』から取得
・?アンクレット
・ポイズンハニー
・跳飛石
・エルミナ鉄
・綿の塊×10
「おおー……あっ、えっと、お金が少し入ってたんですけど、そういえばまだ袋に入ったままです、はい。ちゃんと返しますよ?」
「なるほどな、貨幣が入ってないのは、罠を外すのに失敗した時に漏れたわけか」
「箱ってまるで生きてるみたいね……残念賞でお金をくれたっていうことよね」
「転移の罠も危ないですけど、他の……爆弾や、毒矢などで無かったのは良かったです。ミサキちゃんの身に何かあったら、ご家族に顔向けができません」
「ごめんねスズちゃん、心配かけて。でも大丈夫、これからは石橋を叩いて壊すくらいの勢いだから」
危なっかしさには何の変わりもないのだが、くれぐれも気をつけてもらいたい。俺も目の前で転移させてしまった経験があるので、二度と同じ事態は繰り返すまいと思う。
「……ポイズンハニー。ドクヤリバチの蜜を瓶にためたもの。武器に塗ったりして使う」
メリッサは解体屋で多く素材を見ているからか、魔物の食材には詳しいようだ。紫がかった蜜はそれほど毒々しい色合いでもないのだが、毒であることに変わりはないらしい。
「毒消しを使って調理した『ポイズンハニーパンケーキ』は人気があるのよ。私も八番区にいるときに、一度食べたきりだけれどね」
「まさに珍味ってやつですね……シオリさんの度胸は凄いな」
「そう? 慣れれば徐々に毒の耐性がつくから、毒の魔物が多いところに挑戦する探索者は、『医師』『薬剤師』といった職業の人に管理してもらいながら、毒に慣れる訓練をしたりもするらしいけど……中には、怪獣みたいな魔物を殺す毒でも耐えてしまう人がいるらしいわよ」
装備品だけでなく、食事でも状態異常に耐性がつく。それは勉強になったが、『ポイズン』と言われるとやはり口にするのは覚悟が必要だ。可能なら、今まで通り装備品などで耐性を備えたい。
未鑑定品は後でまとめて鑑定することにして、他に気になるものは『跳飛石』だ。魔石のようだが、一体どんな効果があるのだろう。マドカに頼むと、商人のみが使用できるライセンス機能の『カタログ』で調べてくれた。
「『跳飛石』は、投射武器につけると、壁などに当たると跳ねる攻撃ができるようになるそうです。防具の場合、例えば靴につけると、高くジャンプができたりするみたいですね」
「跳ねる攻撃……跳弾か。それはちょっと、試してみたくはあるな。使う局面が限られてきそうだが」
「そんな、少年みたいに目を輝かせちゃって……後部くんって、時々意外なことを喜んだりするのよね」
「純真……という言い方をしたら、アリヒトさんに失礼でしょうか」
「弾が跳ねるのってカッコイイですよねー、私のダイスだと魔石がはまらないですけど」
ミサキも興味があったようだが、確かに彼女の武器で魔石が嵌められるものがない。攻撃役ではないので、今すぐに必須というわけでもないが。
「よし、じゃあ次だ。これは、『空から来る死』から手に入った箱だな」
箱に手をかけ、開ける。すると、『黒い箱』のときよりは弱いものの、強烈な光が溢れ、一瞬視界が完全に奪われ――そして、俺の周囲に宝が出現していた。
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