第八十三話 処世術
迷宮から一旦脱出してきた俺たちは、出たところにある広場で一息つく。帰り道では魔物に遭遇せず、ここまで素通りで来られた。
「おっ、なんだあいつら。ちょっと前に入ったばかりなのに、もう出てきやがった」
「女ばかりぞろぞろ連れてやがって、ハーレムでも作ってんのか?」
「腰抜け男め、俺ならもっと上手くやれるぜ。探索だけじゃなくて夜の方もな」
モヒカン(迷宮国にもあったらしい)頭の中年冒険者と、射手か何からしい長髪の男が、俺たち一行を見て聞こえよがしのヤジを飛ばし、下品な冗談を言ってガハハと笑う。
(典型的な先輩探索者的なやつか……いるところにはいるんだな)
八番区にも、初心者を指導する名目で探索に連れて行くようなのはいたが、そこまで悪質では無かったように思う。ジャガーノートと戦った時に、横から宝を奪おうとしたような輩もいたが――考えてみれば、それなりに悪人というか、友好的でない相手は目にしてきてはいる。
「……あいつら、死にたいの?」
「ちょっ、エリーさん、それは沸点が低すぎるっていうかですね……っ」
「わ、分かってるわよ。でも、あいつらがアリヒトのことを悪く言ったから……」
「エリーが言うとドキッとするわね、あの人たちなら相手にならないでしょうから。私も何とか言ってやりたいけど……」
「ああいや、俺は気にしてないですよ。彼らは、俺達が出てくるまでの経緯を知らないだけですから……ん?」
少し後ろにいたテレジアの気配が、ふっと消えている。まさか――と思った次の瞬間には。
「…………」
「う、うわっ……なんだこの女、いつの間に……っ」
「ぐっ……て、てめえ、ここで手出したら、守備隊が黙ってねえぞ……っ」
気配を感じさせずに移動したテレジアが、俺に「腰抜け」と言ったモヒカン男の首元に、投擲用の短刀を突きつけていた。
「こいつ、亜人か……人間もどきが、人間様に逆らってんじゃねえ!」
スゥ、と全身の血が冷める。
自分のことを言われるのは良いが、仲間のことを言われることだけは我慢がならない。
一瞬の間に、テレジアがこちらを見る――彼女の考えていることは、言葉がなくとも伝わる。
(こちらから手を出さなければいい……まず、『受けてから』だ……!)
「生意気なんだよ、てめぇっ!」
「……っ!」
長髪の男がテレジアに殴り掛かる――それをテレジアは、瞬時に反応してバックラーで受けた。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃1』『支援防御1』を発動 →対象:『テレジア』
・『ウェルズ』が『テレジア』を攻撃 →ノーダメージ
・『ウェルズ』のカルマが上昇
・『テレジア』の攻撃 →『ウェルズ』に命中 支援ダメージ11
「ぐほぉぉぉぉ……っ!」
テレジアが繰り出したのは、ただの蹴り――しかし、同時に乗せられた固定ダメージ11の衝撃は相当なものらしく、長髪の男はたたらを踏んで膝から崩れ落ちた。近接戦闘系の職業でないからか、防御が相当に脆いようだ。
カルマの上昇は無い――先に手を出した方に反撃するなら、正当防衛と判断されるということだ。
「て、てめぇっ……」
「――そこまでだ!」
テレジアを援護しようと仲間たちが動こうとしたときだった――広場に、凛とした女性の声が響き渡る。
「ギ……ギルドセイバー……お、おお、俺達は何も……っ」
――現れたのは、こともあろうに。ギルドセイバーの本部に戻って、当分会うことはできないと思っていたセラフィナさんだった。
今日は単独行動をしているのか、部下は連れていない。しかしギルドセイバーの腕章を身につけており、彼女がいるだけで広場の空気が引き締まり、緊張が走る。
「ライセンスの記録を見せてもらおう……この男、ウェルズが先に彼女に攻撃を仕掛けたとあるが」
「ち、違う、この亜人が短刀で俺を脅して……」
「先にうちらを悪く言ったのはあんたらやんか。迷宮から一緒に出てきただけで、ハーレムとかどうとか言われる筋合いないで」
「ぐっ……こ、小娘は黙ってやがれ! 男の前だからって無駄に色気づきやがって、この……ヒェッ!?」
カエデに怒鳴りつけた男を見て、セラフィナさんが怒気を強める。俺も怒っているが、彼女の怒気の強さはレベルの高さもあって、思わずたじろいでしまうほどだった。
「このまま引き下がれば見逃してやろう。さもなくば、貴様の根性を私なりのやり方で叩き直してやることになるが……」
「か、かか、勘弁してくれ……いえ、勘弁してください……っ」
セラフィナさんに詰め寄られ、胸ぐらを掴まれた男は、情けなくも腰砕けになり、その場に座り込んでしまう。そんな男たちを見て、彼女はふぅ、と肩をすくめた。
「なぜ、迷宮の外でいざこざを起こすのか……最低限しか迷宮に入らない者たちが、絶えず探索している者たちを悪く言うなど、言語道断ではないか」
『絶えず探索している』――それは事実で、俺も立て続けに潜り過ぎていると思ってはいたが、それは他の探索者にとっても普通では考えられないことのようで、周囲の驚きが伝わってくる。
「アトベ殿、申し訳ありません。このような力づくのやり方は、貴殿の好まれる方法ではないと思うのですが……」
「いえ、そんなことありません。今は例え罰則があるとしても、黙っていられないところだったので……俺は腕っぷしは強くないので、テレジアに助けられたんですが」
「…………」
テレジアはこれで良かったのか、というように俺を見る。そんな心配をする必要はない、と俺は笑う。彼女にはいつも感謝してばかりだ。
「不甲斐ない主人でごめんな。本当は、俺が自分でぶん殴ってやりたかったよ」
「…………」
テレジアはゆっくり首を振る。そして、自分の腕を曲げて見せる――力こぶなんて目に見えて膨らまないのに、私の方が力がある、と言ってくれているようだ。
「アトベ殿をそこまで怒らせるようなことをしたのですか? ならば、やはり私が根性を叩き直して……」
「い、いえ、もう十分だと思います。こんなふうに気絶したら、なかなか立ち直れないと思いますし、俺もある程度気は晴れましたから」
テレジアを侮辱されたことは許さないが、公衆の面前で情けない姿で気絶して、なかなか治療もしてもらえないというのはきついだろう。カルマも上がっているし。
セラフィナさんはライセンスを取り出し、操作し始める――何を調べているのだろうか、と見ていると、彼女は苦い顔をした。
「この者たちは、以前にもいざこざを起こしています。七番区の歓楽街のほとんどで、入場禁止になっており……そのようなことは、アトベ殿のお耳にお入れするような情報ではありませんが。パーティが瓦解し、迷宮に潜れなくなり、貯蓄を浪費して日々を送っているようですね」
長く組んだ仲間がもし欠けてしまえば、パーティのバランスが崩れて立て直せなくなることもありうる。
俺は絶対に、同じ轍は踏みたくない――このパーティの一人一人が、無くてはならない役割を持っている。それだけじゃない、性格の致命的な不一致もなく、全員の仲が良いというのは得難いことだ。
「アトベ殿、そのようなお顔をされずとも大丈夫です。まだ七番区であれば、まっとうな探索者に戻る道もあるでしょう。ギルドには教育施設もありますし、探索者の再生は活発に行われています」
「ギルドはそんなことまで……本当に、迷宮国でのあらゆることに関わってるんですね」
「そうすることが我らの義務ということです。元の国王が失権した以上は、ギルドがこの国における政府の役割を担う必要がありますので」
国王の失権――『迷宮国』という国にはもともと王がいたが、今は一番区から追放され、ギルドの指導者と神殿長が最高権力者となっているとルイーザさんが言っていた。
「しかしギルドは、あくまで迷宮探索の成就、超高難度迷宮に入ることのできる探索者の育成を究極の目的としています。通常の国家は迷宮ではなく、国を囲う壁の外に目を向けるものでしょうから、その点においては異質と言えるでしょう」
「壁の外……そうだわ。壁に囲まれているなら、外の世界があるはずよね」
五十嵐さんと同じように、俺もあまり考えなかった。迷宮の中に入れば、大地の広さを感じ、突き抜けるように高い空を見ることもでき、多くの自然環境を目にすることができる――そのため、常に閉塞感があるということもない。
「では、私は部下に命じて彼らを連行します」
「あ……すみませんセラフィナさん、ギルドセイバーの本部っていうのは、もっと上の区にあると思ってたんですが」
「はい、本部は五番区にあります。七番区の支部で要請を受け、一時的に留まることになりました。人口が多い区は、常に人手が不足していますので……」
人手不足のために、セラフィナさんが一人で巡回をしているとは――そうなると、またパーティに参加してもらうというのは難しいだろうか。
「……アトベ殿、『牧羊神の寝床』に入られたのですね。空を飛ぶ甲虫の魔物がいて、私も新人の頃に苦戦したものです」
「それがですね、うちのスズちゃんがものすごく高いところを飛んでる『名前つき』に矢を当てちゃいまして。もう大騒ぎでしたよ」
一つ間違えば怪我ではすまないというのに、ミサキの言い方では緊張感のかけらもない。セラフィナさんにも笑われてしまうだろうか――と思っていると。
「名前、つき……あの、超高度を飛ぶ甲蟲の……?」
「あ、い、いや、本当に運が良いのか悪いのか、結果的には良かったというべきなんでしょうけど。『背反の甲蟲』ってやつがいて、全員で協力して何とか倒せました」
「……何という。あの、何人も犠牲者を出した魔物を……アトベ殿、『背反の甲蟲』は賞金首です。担当官に報告したら、さぞ驚かれることでしょう」
「毎回驚かせていると思うわ。ルイーザは探索から帰ってきたアリヒトの顔を見ると、最初は身構えるもの」
エリーティアが笑っている――いつもクールなので、笑顔が貴重に感じる。スズナもそれを見て嬉しそうに微笑んでいた。
「忠告ありがとうございます、慎重に報告するようにします」
「それが良いでしょう。私も非常に驚いています……前回の件もそうですが、貴方がたは何かの運命に導かれているかのようですね」
その運命を導いているのが、俺たちのパーティの幸運担当、ミサキであるというのは何とも言えない――いや、彼女が居てくれることで物凄く助かっているのだが。
「運命っていい響きですよねー、ドラマチックで。あ、録画したドラマのこと思い出しちゃった……うちの弟、すぐ上書き録画して消しちゃうんですよね」
「また懐かしい話を……そんなこと言ったら、みんなしんみりするだろ」
「あはは……アリヒト先生、優しいんですね。あたしたち、もうさんざん前世を懐かしむことはしたので、だいぶ整理できてますよ」
「イブキはちょっと前まで、お好み焼きかタコ焼きが食べたいとか言うてたけどな」
「ちょ、ちょっと……そういうこと先生に言わないでよ、恥ずかしいから」
そう、異世界でも食事は美味しいのだが、やはり日本食が恋しいという気持ちは常にどこかにある。俺の場合は蕎麦が食べたい――駅の立ち食い蕎麦で、温かいつゆにコロッケを沈めてから頬張る最初の一口がたまらない。
「食事については、お望みの店をギルドで案内してもらうことも可能です。七番区には、食材こそ産地は迷宮などですが、フランス料理や中華料理を出す店があります。よろしければ、一度行って見てはいかがですか」
知っている料理の名前が出て、俺も少なからず反応した――だが、もっと反応が大きいのは仲間たちの方だった。
「フ、フランス料理……ううん、中華も捨てがたい……ラーメンとか、チャーハンとか、シュウマイとか……あぁっ、どうすれば……っ」
「アリヒトさんは、どちらがお好みですか?」
悩むミサキの肩をぽんぽんと叩いてなだめ、スズナは俺の意見を求めてくる。
「ちょうど今、蕎麦のことを考えてたんだ。蕎麦とは全然違うけど、ラーメンとかの麺類がありそうだから、中華がいいかな」
「パスタはあったけど、それ以外の麺類も選択肢が増えると嬉しいわね」
五十嵐さんの言う通り、ラーメンにしても焼きそばにしても、日本で慣れ親しんだものに少しでも近い味なら、ホームシックのような気分も少しは癒えるのではないだろうか。
「マドカとメリッサもそれでいいか? 他に食べたいものがあったら言ってくれ」
「はい、大丈夫です。食べられないものはトマトくらいなので」
「私も、魔物食が食べられる店ならどこでもいい。本当は、今日獲った獲物を調理してもらいたいけど……また今度にしておく」
今日倒した魔物の素材はメリッサの貯蔵庫に送られている。しかし、あの全身装甲をまとった魔物に食べるところなどあるのだろうか――カニも外骨格をまとっているわけで、意外に美味だったりするのだろうか。口に入れるには勇気が必要そうだ。
◆◇◆
俺たちは上位ギルドの『緑の館』に戻ってきた。時刻は昼下がりで、この時間帯はギルドに用がある人も少ないのか、探索者の姿は少ない。
「アリヒト兄さん、いつも全員で報告してるん? うちらは、リョーコ姉さんが代表でやってくれてるんやけど」
「私たちも、後部くんがいつも報告してくれてるわ。でも今日は合同で探索したから、代表二人で行った方が良さそうね」
「そうですね。五十嵐さん、皆と一緒に待っていてもらえますか」
「ええ、その辺りにいるから終わったら呼んでね……それと。二人と一緒だからって、あまり浮かれないようにね」
「っ……は、はい、重々承知しておりますので、それに関しましては……」
「も、もう……ちょっとだけ念を押しただけでしょう。昔みたいな態度に戻らないで、ドキッとするじゃない」
かなりソフトに二の腕を押される。何だろうこの、高校生くらいでもなかなかやらないような、もどかしいスキンシップは。
皆が五十嵐さんについていき、最後まで残ったテレジアが、ぺたぺたと歩いてこちらにやってくる――いや、足音はしないのだが。
「…………」
「……ど、どうした? テレジア」
五十嵐さんの行為が気になったのか、テレジアは彼女が触れたところに自分も触れる。そして、手触りを確かめるようにする――非常に照れるのだが、俺は一体何をしているのだろう。
「…………」
「……あ、ああ。五十嵐さんは何となくやっただけで、深い意味はないと……テレジア?」
テレジアは急に走り出して、五十嵐さんたちを追いかけていく――急に恥ずかしくなったのか、遠くから見ても微妙に赤くなっているのが分かる。
「うわー……何やろ、めっちゃ甘酸っぱい。うちの顔が熱うなってしまうわ」
「何も言っていないのに、彼女の言いたいことが分かる気がします……切ないですね」
「え、えっ……せ、切ないとかそういうことなの? 先生のこと尊敬してるから、何となく触りたいとかじゃなくて?」
カエデ、アンナ、イブキがひそひそと話している――その横で、リョーコさんは何か考えている様子だったが、自分の中で割り切りができたようで、俺に近づいてきた。
「私たちはリーダー同士ですから。一緒に行動することに、何か遠慮をしたりすることは無いと思うんですが……アトベさんはどう思われますか?」
ボアコートの下に水着を装備している、大人の魅力に満ち満ちた女性にそんなことを言われたら、逆に何もないところからも雑念が生じてきてしまう。
肩にかかるくらいのゆるくウェーブのかかった髪に、大きな瞳はどこか猫のようで――と、改めて容姿を確認している場合ではない。美人だということは、初対面で分かっているのだから。
「そ、そうですね……俺達はリーダー同士ですから。リョーコさんの言う通りです」
「あかん、アリヒト兄さんがリョーコ姉さんの色香にやられてしもた……うちらみたいな子供やと全然気にしてへんのに」
「水着で小麦肌だもん、男の人ってどうしてそういうのに弱いのかなー」
「水着は誰でも着られますので、リョーコに対抗することはできます。七番区の店にも売っていたと思いますが……」
『フォーシーズンズ』の三人も話しながら外に出ていく――何か水着とか言ってたが、俺が女性の水着に弱いとかそんなふうに思われたのだろうか。耐性がないことは認めるが、俺に浮ついた考えなど全く……と考えて。
(……待てよ。あれだけカエデたちに誤解されるということは……ルイーザさんのところにリョーコさんと一緒に行ったら、どうなってしまうんだ)
「すみません、もっと普通の格好をしていたほうがいいですよね。私の職業が職業だからか、なかなかこれより良い装備品がなくて」
「い、いや……探索の役に立つかどうかが、一番優先されますから。ボアコートとか、結構レアな装備なんじゃないですか」
「は、はい。表面撥水加工をするために、八番区の『午睡の湿地』にいる、カエルの魔物を倒さないといけなくて……何とか倒すことはできたんですが、私、元々カエルは触れないくらい苦手なんです。それでも、良い装備なので外せないんですが」
「それは大変でしたね。防水性のある素材が取れる魔物といえば、俺たちも『ゲイズハウンド』というやつと戦ったんですが、見た目は犬っぽいのに、一つ目でこちらをスタンさせる力を持ってて……」
「一つ目……そんな魔物が? アトベさん、詳しく聞かせてください」
その小麦肌からは活動的な印象を受けるのだが、普段のリョーコさんはおっとりとしていて、話していると何とも癒されるものがある。年が一つしか違わないというのもあるのだろうか。
「……ア、ト、ベ、さ、ま?」
その時俺は、『ギクッ』という漫画的な反応が、現実にも起こりうるものだと知った。
これまた漫画のように、オイルが切れて錆びたブリキの人形と化した俺は、ダラダラと冷や汗をかきながら振り返る――そこには、いつものように資料の入った革表紙のファイルを持ち、微笑んでいるルイーザさんがいた。
「アトベさんの『担当職員』の方ですね。改めまして、今日『彼と一緒に』探索をさせていただきました、リョーコ・ナツメと申します」
「こ、こちらこそ改めまして……私はアトベ様が『迷宮国に来たばかりのときから』担当をさせていただいている、ルイーザ・ファルメルです。アトベ様とは『もう何度も二人で』探索後の報告を行っています」
あえてそんな言い方をしなくても、とルイーザさんに突っ込んだら、俺は一体どうなるのだろうか――どちらを立てても角が立つ、ならば例え優柔不断と言われようと、俺は『両方立てる』ことを選ぶ。
「リョーコさんたちとは、同じ目的を持つパーティ同士協力させてもらって、今日は凄く助けられました」
「そ、そんな……私達こそ、アトベさんたちに助けられてばかりで……」
「ルイーザさん、七番区に来たばかりで色々立て込んでると思いますが、早速探索結果の報告をさせてもらってもいいですか。いい報告なので、少しでも早くルイーザさんに話したくてですね……」
「は、はい……勿論です、そのためにお待ちしていたのですから……」
何とかセーフだ――と考えて、俺は気がつく。これは八方美人というやつで、客観的に見たらあまり好感を持たれない振る舞いだろうと。
またハーレムがどうとか野次られないように、俺はもっとハードボイルドな男にならなくてはならない。軟弱さを捨て、女性しかいないパーティの中でも和を乱さないような、そんな我欲を超越した存在に俺はなりたい。
それこそが『後衛』。俺はパーティメンバーを見守る存在であり、決して手を出してはいけないのだ――と考えると、逆に道を踏み外したくなるのは気のせいか。
「では、ご案内いたします。アトベ様、ナツメ様、こちらへどうぞ」
優秀なギルド職員の顔に戻ったルイーザさんは、姿勢良く歩いていく――今日もギルド職員の制服がよく似合っている。ギルド職員の制服がタイトスカートであることには、誰かの意志が働いているのだろうか。
「アトベさんは、最初から上位ギルドに来られたんですよね。失礼ですが、序列は……」
「294位です。八番区でうまく貢献度を稼ぐことができたので……」
「えっ……?」
リョーコさんが立ち止まる。そうだ、俺たちの序列について詳しいことはまだ話していなかった。
フォーシーズンズは何位だろう。上位ギルドに上がってきたばかりということは、2001位から3000位の間ということになるだろうか。
「……あ、あの。ルイーザさん、アトベさんはどうやってそんな凄い序列の上げ方を……見ているだけでは全然わからない、凄い戦い方をされますし……」
「それは、私とアトベ様の秘密です。ナツメ様たちにもお教えできるかどうかは、今後次第ということになるでしょうか」
「は、はい……アトベさんに信頼していただけるように、あの子たちと一緒に頑張ります。これからも、よろしくお願いします……!」
リョーコさんに握手を求められ、手を握られる――そして、ルイーザさんがなぜか眼鏡を外して微笑みかけてくる。
しかし俺は、ある程度確信していたのだった。五十嵐さんとルイーザさんが酒の席を通して親しくなったように、リョーコさんともきっと打ち解けられる。
俺の転生してからの処世術は、なせばなる、なるようになる――恐れていては始まらない。
「……アトベ様、今日は宿舎にご案内したあと、お夕食を一緒にしてもよろしいですか?」
「あ、あの……それでしたら、私たちもご一緒させていただいて……あの子たちもお友達が増えて喜んでいましたし、私もルイーザさんや、皆さんとお話したいですから」
夕食会の人数が空前の大人数に膨らんでいく。中華の店はこの人数で予約できるのだろうかと、俺は忘年会の幹事をしたときのことを思い出しながらぼんやりと考えていた。




