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第四十四話 部屋割り

 俺たちの宿舎は『オレルス夫人邸』という名前で、その名の通りオレルスという女性冒険者が、引退したあとに晩年を過ごすために作った家だという。


 『挫折の回廊』とあだ名される悪名高い四番区の迷宮で、オレルス夫人は夫と仲間たちを全員失い、老齢によって探索ができなくなるまで夫人は敵討ちのために迷宮に潜り続け、引退したときは自力で歩くことができないほどに満身創痍であったという。


 俺たちの帰りを迎えてくれたメイドさん――ミレイさんという人が、部屋に案内する途中で色々と話してくれた。二階に上がるための階段を上がるとき、踊り場にある美しい盾についても、まるで観光案内のように説明してくれる。


「こちらがオレルス夫人が使っていた盾です。『クイーンズナイト・カイトシールド+8』といい、超重量で装備者は限られますが、非常に高い性能を持ち、美術品としても価値のあるものです」


 大人の身体全体を覆って、さらに面積が余るほど大きな盾――オレルス夫人は、女性ながら前衛を務めていたということだろう。


「オレルス夫人の職は、一体なんだったんですか?」

「彼女は転生者ではなく、迷宮国の王族を守る親衛隊の一族で、『ロイヤルオーダー』という職についていました」

「そんな職があるのね……『盾騎士』とか、そういう職なのかと思ったわ」


 俺も五十嵐さんと同じようなことを想像していた。しかしそのロイヤルオーダーという職でも、四番区で彼女のパーティは歩みを止めている。


 そして、迷宮国の王族。転生者以外の勢力についても、いずれは接触することになるのかもしれない――かなり先の話にはなりそうだが。


「あの、メイドさんっていう職はあるんですか?」

「はい、ございます。私たちは転職でメイドを選んでおりますが、転生した際に『メイド』を希望される方もいらっしゃるようですね。探索に役に立つ技能も幾つか習得できますし、意外に装備品も充実しています。メイド服を装備しないと使えない技能も多いのですが」


 ミレイさんははきはきと答えてくれる。ふんわりとしたブラウンの髪を三つ編みにした、おっとりとした雰囲気の女性なのだが、話しぶりはやり手であることを感じさせる。


「ミレイさんも昔は探索者をなさってたんですか?」

「今もいちおう現役で、ずっと八番区におります。同僚や、お世話しているお部屋の方に同行したりして、迷宮に潜っておりますよ」


 なるほど、そういう形の探索者もいるのか。迷宮国の人は引退者以外、探索者と支援者の二つの側面を持つというのは、これまで会ってきた人を見れば分かることだ。


 屋敷の建物は、玄関ホールを中心として左側と右側があり、俺たちの部屋は右側の二階だった。ミレイさんが鍵を開けたあと、俺に合鍵を渡して、部屋の中に案内してくれる。


「ベッドメイキングをつい先ほど済ませましたが、六名分でよろしかったですか?」

「あ、はい。俺は男なんで、できれば部屋を別にしてもらえると助かるんですが」

「あっ……も、申し訳ありません、配慮が足りず……三部屋だけベッドメイキングをしてしまいました。すぐに、使っていないお部屋のベッドを準備します」


 ミレイさんが慌てて寝室に向かう。枕やシーツを、使っていない寝室に運んでくれるのだろうか――手間をかけるのはちょっと申し訳ない。


「アリヒトお兄ちゃん、寝るだけだったらそんなに気にしなくてよくないですか?」

「そうね……後部くんが一人だと、他の一人も一人部屋になるものね」

「あ、あの……私は、アリヒトさんと一緒でも大丈夫です。アリヒトさんが良かったらですが……」

「スズナ、いいのか? じゃあ、着替えの時は外に出てるから。すみませんミレイさん、やっぱりベッドはこのままでお願いできますか」

「かしこまりました。それではお夕食のお時間になりましたら、こちらの居室にお持ちいたします。何かご用事がありましたら、そちらのベルでお呼びください。私がどこにいても呼び出せるようになっておりますので」


 ミレイさんは一礼して部屋を後にする。俺も会釈をして、ようやく一息つける――と思ったのだが。


「スズちゃんが提案してくれたので、お兄ちゃんと誰が一緒に寝るか、あみだで決めない?」

「ううん、ミサキちゃん、心配しなくても大丈夫。アリヒトさん、後衛でもっとみんなの役に立ちたいので、少し相談させてもらっていいですか?」

「そ、そういうことなら……絶対にだめとは言えないわね……でも……」

「い、五十嵐さん……そんな目で見ないでください」

「……この部屋に泊まるのは今日だけじゃないから、交代すればいいと思う。私も、アリヒトに相談したいことはあるし」


 このエリーティアの提案により、四つある寝室は三つだけ使用し、寝る場所は一日ごとにローテーションすることになった。


「今日はよろしくお願いします、アリヒトさん」

「ああ、こちらこそ……どうした? テレジア」

「…………」


 テレジアはじっと俺たちを見ていたが、何を思ったか、居間のソファに座る。


「あ……テレジアさん、遠慮しなくていいのよ。私はとかげのマスクには慣れたし……でも、夜中に突然見たらびっくりしそうね」

「私ももちろん大丈夫ですよー。むしろそのなめらかでひんやりした手触りがくせになるっていうか……夏の寝苦しいときとか一緒に寝たいくらいです……あっ、引かないでくださいよー、引かれると追いかけたくなるじゃないですか」


 ミサキに抱きまくらにされることを想像したのか、テレジアは自分をかばうようにする。迷宮国に四季があるのかというのがふと気になったが、それをエリーティアに尋ねる前に、五十嵐さんが部屋の中にある置き物を見て言った。


「あ……後部くん、この道具って、もしかしたらエアコンのようなものじゃない?」


 黒くて丸い金属の置き物。青と赤のスイッチ――どうやら魔石らしい――がついており、操作を知っているらしいエリーティアが青い方に触れた。すると、置き物の表面にいくつも空いている穴から冷風が流れ始める。


「魔力で動く空調なら、一定ランク以上の宿舎にはだいたい置いてある。使うには、ここにある『充填石』に魔力をチャージしないといけないけど……私たちは魔法の専門家が仲間にいないから、節約しないとね」


 魔力は回復に時間がかかる。迷宮探索で消耗した魔力は、良い宿舎で一晩休まなければ回復しない。


 俺たちのパーティは、まだ必要な職全てが揃っているとは言えない。まだ空調が必要な季節じゃないが、もし暑い夏が来るとしたら、それまでに魔力不足問題を解決したいところだ。


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