第四十二話 親子
ファルマさんの店に着くと、エイクとプラムは一目散に母親の胸に飛び込んでいった。
「あらあら……どうしたの、二人とも」
「えっと、えっとっ……悪い人がシオンをいじめようとしたんだけど、あのお兄ちゃんが助けてくれたんだよ」
エイクは興奮ぎみに言う。屈み込んでいるファルマさんのエプロンが引っ張られて、大きすぎる膨らみに食い込んでいる――子供が親に甘えるのは当たり前だが、とても直視できない光景だ。
「アトベ様、本当にありがとうございました。私がこの子たちを守らなくてはならないのに、大変なお手数を……」
「いや、偶然通りがかって良かったです。子どもたちのお小遣いを取られるわけにはいかないですしね」
「アトベお兄ちゃん、ありがとう! これあげる!」
プラムは小さな手で握っていた飴をくれる。俺は受け取るべきかと迷うが――五十嵐さんが俺の手に握らせると、代わりにポーチからお菓子を取り出してプラムに渡した。
「えっ、いいの? お姉ちゃん、ありがとう!」
「お姉ちゃんも甘いものが好きなのよ。プラムちゃんの口に合うといいんだけど」
五十嵐さんも屈み込んでプラムを撫でる。『箱屋』のある通りが、一気に和やかな雰囲気になった――みんなも微笑ましそうに見ている。
「町ではカルマのことがあるので、あまり悪いことはできないはずなのですが……抜け道を利用する人は、やっぱりいるんですね」
「シオンがエイクたちを守ろうとして、ガラの悪い男にぶつかってしまったんです。本当に勇敢な犬ですね」
「……バウッ」
シオンは褒められていることが分かっているかのように、相槌のように吠える。それを見たファルマさんが目を見開いた。
「まあ……シオンが他の方になつくなんて。シルバーハウンドは主人にしか心を許さないはずなのですが、アトベ様のことを慕っているみたいです」
「シオンはお兄ちゃんが守ってくれたってわかってるんだよ」
「アトベお兄ちゃんはすごいの! 一緒にいるだけで、魔法みたいに……」
「っ……プ、プラムちゃん、しー。それは内緒にしておいてね」
「? どうして?」
「アリヒトお兄ちゃんは恥ずかしがり屋だから、褒められると照れて隠れちゃうんですよー」
「そうなの? じゃあプラム、ないしょにする!」
五十嵐さんとミサキによって俺の秘密が守られる。まあ、プラムが言いたくなるのも分かるし、『後衛』の秘密はちょっとやそっとでは漏れないと思うが。
シオンが俺になついてくれている件だが、おそらく『支援』したからだろう。奇しくも、迷宮の外で支援しても信頼度が上昇することが検証できてしまった――だがライセンスを見ても、俺たちとジャックの戦闘について表示されているだけだ。
「申し訳ありません、この子たちも何にでも興味があるさかりで……」
「いえ、気にしないでください。ファルマさん、シオンみたいな護衛犬を紹介してくれるところってありますか?」
「シオンのことを気に入られたのですか? ふふっ……そちらの方、イガラシ様でしたか。犬がとてもお好きなようですね」
「はい、昔飼っていたもので……後部くん、シオンみたいな犬を飼いたいの?」
「え、それってキョウカお姉さんのためにってことじゃないですか?」
「っ……お、おめでとうございます。一緒に犬を飼いたいというのは、私たちと出会う前から、親密だったということですよね」
「い、いやそうじゃなくて。五十嵐さんは俺の元上司で、俺は部下ってだけだから」
ありのままを説明したつもりが、五十嵐さんの雰囲気がどこか不穏に――五十嵐さんは自分が部下になったみたいなものと言っていたから、その気持ちを尊重すべきだったか。乙女心というやつが、俺にはまだ理解できていない。
「少しはパーティとして、信頼関係を積み上げたと思ってたのに……それだと、転生する前から何も変わってないみたいじゃない」
「は、はい。パーティとしても勿論、結束は固いというか、彼女を頼りにしているというか……」
「ふふっ……アトベ様はやはり、とても真面目でいらっしゃるのですね。でも、イガラシ様もそうですが、皆様アトベ様を中心に、固い結束で結ばれているように見えます。私もそんな仲間たちと共に冒険ができたら……今の生活も毎日充実していますが」
エイクとプラムの頭を撫でながらファルマさんが言う。そうしているうちに――シオンが店の入口に反応する。そこから出てきたのは、シオンより一回り大きなシルバーハウンドだった。
「ファルマさん、犬を二匹飼ってたんですか?」
「ええ、シオンはこの子の子供なんです。こんなに大きいですが、まだ生まれて二年ほどなんですよ」
母犬は目に傷がついており、歴戦の巨犬という風格を漂わせている。しかしシオンを見つけると、近づいてペロペロとシオンの毛を舐め、毛づくろいを始めた。
「少しギルドのお仕事を頼まれて留守にしていたのですが、今日帰ってきたんです」
「そうなんですか。二匹も強い犬がいるなら、色々と安心ですね」
「そうですね、治安は悪くないと思うのですが、どうしても悪いことを考える人はいますから……あら。シオン、やっぱり……」
シオンは母犬から離れると、俺の方を見る。それは何か命令されるのを待っているようにも見える――俺の犬ではないので、そんなことはできないが。
「アトベ様、もしよろしければ、次に探索に出るときにシオンを連れていってみませんか?」
「え……い、いいんですか? それは、確かに助かりますが」
「この子には父親もいて、今も現役の護衛犬なんです。この子も町の中だけでは退屈そうなので、一度探索を経験させてあげたくて……私たち以外になつかないので、エイクたちが大きくなったら一緒に迷宮に行こうと思っていたんですが。アトベ様でしたら、シオンも慕っていますので、ぜひお願いできればと……」
シオンが来てくれたら、『カバーリング』を使ってもらうことで俺のパーティの防御はさらに鉄壁となる。ファルマさんの家の犬に盾役を頼むのは少し気が引ける――だが、八番区の迷宮ならば、もう俺たちはそうそう苦戦することはないだろう。
「いかがですか? もし、気が進まないようでしたら……」
「いや、むしろその逆です。シオンにはとても助けられたので……俺と一緒に、一回探索に来てくれるか?」
シオンに手を差し出すと、大きな手でお手をしてくれる。爪を立てないようにしてくれていて、肉球が意外とプニプニして気持ちがいい。
(テレジアと一緒にするのもなんだけど、信頼度が本来上がらないらしい関係でも、俺の技能を使えれば信頼度を上げられる。会話ができない相手でもやり方次第で仲間にできるってことは覚えておこう)
「シオンを撫でてあげてください、この子は撫でてもらうのが大好きなので」
「あ、はい……これで大丈夫かな」
シオンの頭を撫でてやっているうちに、何か動き始めたと思ったら――ころん、と地面に寝転がり、腹を見せてきた。
「すっごく気持ちよさそう……アリヒトお兄ちゃんって、元ドッグブリーダーか何かですか?」
「本当ですね……可愛い。身体は大きいですけど、意外と甘えん坊なんですね」
「後部くん、そんなにおっかなびっくりじゃなくてもいいのに」
「犬に触るのは久しぶりですからね……でも、ちょっと慣れてきましたよ。エリーティア、どうした?」
ちらちらとこちらを見ているエリーティアに声をかけると、彼女は少し躊躇してから、意を決したように言った。
「……私にも触らせて?」
「ああ、もちろん。テレジアも触ってみるか?」
パーティに入るのなら、テレジアもシオンに慣れた方がいい――彼女もそれを分かっているのか、エリーティアと一緒にそっとお腹に手を伸ばす。
「…………」
「シオンも気持ちいいみたいです。この子は亜人の方でも警戒しませんので、安心してくださいね」
ファルマさんに声をかけられて、テレジアはこくりと頷く。エリーティアは無言で夢中になって触っている――俺のパーティには動物好きが多かったようだ。
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