第三十六話 門番
「お兄ちゃん、どうしてあの床はここに通じてたんだと思います?」
「スズナの士気解放は、普通じゃ見えないものを見つけられるんじゃないかと思う。それが成功したから、地中にある転移床の場所がわかったんだ。エリーティアの言うとおりなら、ここは事実上の『四階層』だな」
「みんな、三層までしかないと思いこんでたんですねー。『巫女』はそんなに人数がいなくて、あえて最初の迷宮で士気解放する人もいなかったとか?」
「さあ、どうだろうな。今は見つかってないだけで、過去に人が来た痕跡が見つかるかもしれない」
後列三人で少し話したあと、周囲に注意を巡らせながら、進むことに集中する。
そして。通路の突き当りにたどり着いた俺たちは――そこにある大きな石の扉と、それを守るように立っている巨像を見つけた。
高さは見上げるほど。鷲のような頭をしていて、右手には槍を、左手には盾を持ち、鎧で武装している。全身が鈍い光沢を放っている――金属でできている像だ。
「動く像の予感がするな……みんな、いったん停止だ」
「え、ええ……あれって、やっぱり動き出したりするの? そうだとしたら、かなり強そうに見えるんだけど……」
「見たとおりなら、身体の表面が金属でできているから……ジャガーノートと同じで、簡単には剣が通らないかもしれない。でも、アリヒトがいれば……」
「……動かないってこともあるかもしれないが。チキンではあるが、一度脱出の巻物を試させてくれ。効かなかったら、覚悟を決めるぞ」
スズナは俺の指示に従い、巻物を取り出して読む――だが何も起こらず、ライセンスには『封印中』と表示されている。みんな残念なような、予想通りというような微妙な表情だった。
だが、すぐに気持ちを切り替える。進むしかないのなら、あの像を何とかしなくてはならない。奴が動くと想定して、俺は作戦を組む――動かなかったときが滑稽であるとは思わない、石橋は叩いてから渡りたい。
「俺がいれば、ああいう敵でも打撃が通るはずだ。だが、手数をできるだけ稼がないとな……五十嵐さんはブリンクステップを使ってから、ダブルアタックを仕掛けてください。テレジアは無理しなくていい、敵の速さを見て回避が難しそうなら攻撃しなくていいからな」
テレジアは頷かない――しかし指示に従うべきだと判断したのか、熟慮した後にこくりと頷いた。
「スズナは皆中をかけて弓で狙ってくれ。ミサキは無理せず、俺の近くにいろ」
「私もサイコロを遠くから投げるくらいならできますよー」
「やぶれかぶれでも、運がいいのなら当たるかもしれないし……後部くんの言うとおり無理はしなくていいけど、できれば狙ってみて。攻撃する数が一つでも多いほうがいいのよね?」
サイコロが弾かれたとして、支援ダメージ11がどれくらいの差を生むか分からないが、無いよりはいいだろう。
「……『ベルセルク』を発動しないと、私の技は手数が落ちてしまう。それでも『ブロッサムブレード』なら、十二段は入れられると思う」
「それで十分だ。五十嵐さんも一撃なら回避できるが、続けて『ブリンクステップ』を使うと魔力が足りなくなる。エリーティアは避ける自信はあるか?」
「『ソニックレイド』は回避を上げる意味でも使っているから……あいつがそれより速いのなら、この迷宮に文句を言って」
レベル8でも全く歯が立たない魔物が、初級迷宮の隠しエリアに潜んでいる――無くはない話だが、超えられる障害だと思いたい。
「それと、『士気解放』だ。エリーティアは戦闘開始後に、すぐ士気が溜まる。あと、五十嵐さんとテレジアも使えるんだが……」
「『ヴァルキリー』の士気解放は『ソウルブリンク』というものらしいけど、ごめんなさい……見たことはないわ。戦士などからではヴァルキリーに派生しないから、迷宮国でも数が少ないほうの職なのよ」
「ソウルブリンク……後部くん、どういう意味だと思う?」
『魂の分身』……そのままの意味だと、魂を分身させているから一度倒れても大丈夫とか、そういう意味合いに受け取れる。
「戦闘中に使うものってところは、間違いないか?」
「使える時以外は、ライセンスに『士気解放可能』の文字が出ないから判別できるわ。今は表示されてないでしょう」
五十嵐さんもテレジアも、表示はされていない。戦闘中に使えるということか――使うタイミングが勘に頼るしかないが、ここだと思う時に発動してもらうしかない。
「『ローグ』の士気解放は『トリプルスティール』よ。一度だけ、体力、魔力、敵のドロップ品を奪う効果をすべての味方に付与するの。ドロップ奪取率は高くないけど、試行回数を瞬間的に増やせるから、難度の高いものも奪いやすくなるわ」
「与えた打撃の分だけ回復もするのか? それは凄いな……」
「支援効果はないから、パーティが相手に打撃を与えられないと意味がない。アリヒトとの組み合わせとしては、上手く噛み合ってるわね」
ソウルブリンク、トリプルスティール。後者は俺の支援ダメージ分も体力吸収できるとしたら、最低でも11は回復できる。テレジアがレベル3で体力がおよそ20だから、半分減っても一気に回復できるわけだ。
しかし前衛としては五十嵐さんの体力は20以下、おそらく15ほどで、一撃も受けさせるわけにはいかない。『ブリンクステップ』を使えば絶対回避の盾役となれるが、レベル2でも4回程度が限度だろう。
(基本はエリーティアの回避頼みになる……やっぱり、不動の盾役が必要だ。それと合わせて『支援防御2』を目指して、ダメージ遮断性能が増すことを期待しよう)
「エリーティアの士気解放は、どういう技なんだ?」
「私の士気解放は……『ベルセルク』を一定時間発動して、条件を満たさないと使えない。リスクが大きいし、それに……」
「できればベルセルクは使いたくない……だな。分かった、士気解放を見せてもらうのは呪いが解けてからだ」
「……ありがとう。でも自分の血でもベルセルクは発動するから、その時は狙ってみるわ。あなたたちは離れていて、できるだけ」
仲間が血を流すような事態は何としても避けたいものだが、それも敵の実力次第だ。
「よし……行くぞ。テレジア、慎重に進んでくれ。奴が動いたら仕掛ける」
「…………」
テレジアは前を向き、無音で歩いていく。そして一定の距離まで近づいたとき、鷲頭の巨人像の目が妖しく輝いた。
◆遭遇した魔物◆
★鷲頭の巨人兵:レベル6 戦闘中 ドロップ:???
(動くとは思ってたが、迫力が尋常じゃない……だが、レベル6の『名前つき』なら、ジャガーノートとの差は1。強さがかけ離れてるってわけじゃないはずだ……!)
「――コォアァァァッ!」
まるで生命を吹き込まれたかのように、金属質の身体が動き出す。巨人兵は翼を広げると、俺たちと戦えることを喜ぶように、高らかに鳴いた。
「みんな、油断するな! 『気合を入れるぞ』!」
『はいっ!』
俺の掛け声に全員が呼応する――エリーティアの士気がこれで100になるが、彼女の士気解放は使わず、可能なら士気を他の用途に使ってもらう。状態解除以外に使えるのかは不明だが、士気はあってマイナスになることはない。
「――まずは私から……!」
先陣を切って踏み込んだのは、ブリンクステップを発動した五十嵐さんだった。ダブルアタックを打ち込むが、ガキン、と弾かれる音がする――しかし支援ダメージが入り、巨人像がわずかに傾いだ。
「コァァァァッ!」
荒ぶる鷲のような鳴き声と共に繰り出される槍――簡単に見切ることなどできそうにないそれを、五十嵐さんは技能の効果で無事に回避する。彼女の身体が二つにぶれて、巨人兵の槍は残像を攻撃したのだ。距離が遠いのに状況が把握できるのは、俺が取得した技能の一つ『鷹の眼』の効果だと考えられる。
「くっ……!」
「キョウカ、引きなさい! 私が代わるわ!」
◆ログ◆
・鷲頭の巨人兵が『キョウカ』を攻撃 → 回避
・エリーティアが『ソニックレイド』を発動
・エリーティアが『ブロッサムブレード』を発動
「――削れろっ!」
巨人兵の円錐状の槍がうなり、五十嵐さんを狙う――しかし彼女は技能の効果で回避し、隙のできた巨人兵にエリーティアが斬撃の嵐を浴びせる。
――だが、七段目までが入ったところで。巨人兵の目が輝き、暴れるように首を振って叫んだ。
「クォォォォッ!」
◆現在の状況◆
・『★鷲頭の巨人兵』に七段目が命中 支援ダメージ11
・アリヒトの『支援防御1』が発動 →対象:エリーティア
・鷲頭の巨人兵が『ウィンドバースト』を発動 →エリーティアが行動中断
「っ……もう少しで全部入ったのに!」
物理無効のジャガーノートと違い、打撃自体は入っている――だが、巨人兵は荒れ狂う風を生じさせ、エリーティアを弾き飛ばし、その攻撃を中断させてしまった。
魔力バーの減少量は、全段命中したときと変わらない。『ブロッサムブレード』はあと二発しか撃てない――ならば、どうするか。
(全段入れるためには準備が必要だ。奴の魔法を妨害する……いや、このままでもゴリ押せるか……)
「――アリヒトさん、撃ちますっ!」
「待て、スズナ! 今は……っ!」
スズナが事前の指示通りに矢を放つ――しかし今はまずい、巨人兵の周囲を風が包んでいる……!
◆現在の状況◆
・スズナが『皆中』を発動 →二本連続で必中
・スズナの攻撃 →『ウィンドバースト』によって反射
「あっ……!」
「テレジア、頼むっ!」
◆現在の状況◆
・アリヒトの『支援防御1」が発動 → 対象:テレジア
・スズナの攻撃が『テレジア』に反射 → ノーダメージ
「っ……」
中衛にいたテレジアが円形の盾、タージュを使って矢を防いでくれる。彼女はすかさずアクセルダッシュを発動すると、『ウィンドバースト』の効果が切れた巨人兵に肉薄する――俺は彼女に当たらないように援護射撃をしようとして狙いをつける。
そして集中した瞬間――俺の視界は、まるでスコープでも覗いているかのように、巨人兵の姿をはっきりと捉えた。
(奴の身体のきしみ、力の流れ……動きの癖。それを総合すれば、見える……奴の頭にある古傷、あれが……!)
◆現在の状況◆
・アリヒトの『鷹の眼』により『★鷲頭の巨人兵』の弱点を看破
・アリヒトの攻撃が『★鷲頭の巨人兵』に命中
・テレジアの『ウィンドスラッシュ』が発動
・『★鷲頭の巨人兵』に命中 ノックバック小 支援ダメージ11
「クワァァァァッ!」
(風を使うからといって、耐性があるわけじゃない……そして俺のスリングでダメージが通った。今はっきり、奴の弱点が見えた……頭部の傷だ!)
ウィンドバーストが切れた直後に連発はできない、それも収穫だった。あの隙を突けば、『ブロッサムブレード』も全段入れられる。
「みんな、敵の頭にヒビが入った! そこを狙うぞ!」
「っ……ええ、やってみるわ!」
「あの高い位置の頭を狙うには……でも、やるしか……!」
五十嵐さんとエリーティアに、把握した弱点を伝えられた。必殺の一撃を叩き込むべきは、巨人兵の頭部――。
だがそれに気づいた後、素直に狙うことを許してくれるほど、敵も甘くはない。
◆現在の状況◆
・鷲頭の巨人兵が『生存本能』を発動 →全ての能力が上昇
巨人兵の全身を、赤い光が包み込む――そして、今までよりも比較にならないほどの殺気が迸る。
レッドフェイスと同じように、体力が減ると危険さが増す。ここからいかに倒しきるか、無事に切り抜けるか。鬼気迫る姿の巨人兵を前に、俺は思索を巡らせていた。




