第三十三話 見えざる敵
オークとエルフ、オークと姫騎士。色んな場面で女性の敵であるファングオークだが、この迷宮においても女性を見た時の反応が、まさに獣という感じだった。
「ブヒィィィィ!」
「うわー、すごいよだれ出てますよ。これって捕まったらただじゃすみませんよね?」
「想像しないほうが身のためよ。ワタダマと違ってオークは武器を使うし、知能も人間と同じとはいかないけれど、かなり高いから……」
人型で知能が高く、欲望に正直となると、捕まれば……確かに想像するべきではない。
ドクヤリバチも近くを飛んでいる。既にスズナは弓を構え、技能を使う準備をしている――俺もまずは援護射撃だ。
「――当たってっ!」
◆現在の状況◆
・スズナが『皆中』を発動 →2本連続で必中
・スズナの攻撃が『ドクヤリバチ』に命中
・アリヒトの攻撃が『ドクヤリバチ』に命中
・『ドクヤリバチ』を二体討伐
見間違いでなければ、ドクヤリバチはスズナの矢を移動して回避したはずだった――しかし途中で誘導するように矢の軌道が変わり、見事に敵を射抜く。その隣で黒檀のスリングで放った鉄弾が、別の個体の胴体を貫いた。
「ブギッ……!?」
オークたちは同族ではなくても、ドクヤリバチが撃墜されたことに驚いている。そこに五十嵐さんとテレジアが肉薄し、先制攻撃を仕掛けた。
「みんな、気合いを入れるぞ!」
「はいっ! ……はぁぁぁっ!」
「――ッ!」
◆現在の状況◆
・アリヒトが『支援高揚1』を発動 →パーティの士気が11向上
・キョウカが『ダブルアタック』を発動
・『ファングオークA』に一段目が命中 支援ダメージ11
・『ファングオークB』に二段目が命中 支援ダメージ11
・テレジアが『ウィンドスラッシュ』を発動
・『ファングオークC』に命中 ノックバック小 支援ダメージ11
・『ファングオーク』を三体討伐
『ダブルアタック』は、複数の標的に当てることができる――そして『ウィンドスラッシュ』は、攻撃後に敵を吹き飛ばすので、反撃されにくくなる。
しかし『士気』が向上しても、ダメージが強化されたりはしないようだ。戦いに対するモチベーションを示す数値で、士気を下げられたときに回復するために『支援高揚』を使えということだろうか。
「あ、あの……アリヒトさん、前にいる皆さんの身体が、淡く光っているように見えるんですが……」
「ん……俺にはよくわからないけど。スズナは感じ取れるのか?」
「はい、何となくですが」
霊、あるいは精神体に関する技能を持っているスズナには、向上した士気――精神的なエネルギーが見えているということだろうか。
(何かステータスが変わってるとか、そういうことはないのかな)
◆現在のパーティ◆
1:アリヒト ※◆$□ レベル3
2:キョウカ ヴァルキリー レベル2 士気+11
3:テレジア ローグ レベル3 士気+11
4:スズナ 巫女 レベル2
5:ミサキ ギャンブラー レベル1 士気+11
ゲスト1:エリーティア
スズナは俺と横並びの位置だったので、士気が上がっていない。位置取り次第で支援はかけられるので、俺を四列目、スズナとミサキを三列目とする四列体制の方がいいかもしれない。
(それよりも、士気が11上がったままになってるな……まさかこれ、蓄積するのか?)
もう一度使おうとしても『支援高揚』は発動しない。再使用に時間がかかるらしく、ライセンスに『再使用まで4分33秒』と表示されている。おそらく、使用間隔は5分ということだ。
(魔力も減らないみたいだし、こまめに使ってできるだけ士気を上げてみるか。マイナスの効果があるってわけでもなさそうだし)
「後部くん、この先にいるオークはまだ反応してないみたいだけどどうする?」
「じゃあ、俺が遠距離から釣ってみます」
「それだとお兄ちゃんのパチンコだけで倒しちゃいませんか?」
「心配しなくても、一緒に行動しているだけでも経験値は入るわ。ほら、カードを見てみなさい。少しだけど溜まっているわ」
「あ、ほんとだ。やっぱりアリヒトお兄ちゃんたちが強いので、沢山倒しても少しなんですねー。でも、十分助かります!」
ミサキの経験値は2バブルほどしか溜まっていない。10バブル溜めないとレベルが上がらないので、可能なら今回の探索で上げてやりたいところだ。
「エリーティア、三階の敵の強さはどれくらいか分かるか?」
「ごめんなさい、私はこの迷宮は二層までしか入ったことがないの。一緒に転生してきた家族が、違う迷宮に入りたいと言って、この迷宮は進まなかったから」
「家族……そうだったの。エリーさんの家族は、今どうしてるの?」
五十嵐さんに尋ねられて、エリーティアは――今までの彼女が見せなかったような、儚げな微笑みを見せた。
「元気でやっているはずよ。あの人たちが死んだなんて話は、流れてきていないし」
「……何か事情があるんですねー。エリーさん、もし良かったら話すと楽になりますから、打ち明けてくださいね。お兄ちゃんとか聞き上手ですし」
「まあ元気そうなら、現状では良いんじゃないか。接触することがあったら、挨拶くらいはしておきたいな」
「挨拶くらいなら……でも、競争心の強い人たちだから、もし変なことを言っても気を悪くしないでね」
エリーティアと一緒に転生してきた家族。五番区から八番区に来るまで、エリーティアは彼らと行動していたのだろうか。
今はまだ実感がないが、序列を上がることが探索者の目標である以上、俺たちも彼らと競うことになる――争うようなことはしたくないが、どういう人物なのか次第ではある。
「お兄ちゃん、このオークとハチってどうします? 持って帰るとお金になりますよね」
「それが悩ましいんだよな……おっ、ハチの頭に魔石がついてる。『毒晶石』か」
「そういう貴重品だけ拾うべきでしょうね。三階層の魔物の方が、素材の価値も高いでしょうし」
魔石はかさばらないし、オークが腰につけている袋に入っていたりする鉱石も、ずっしりと重みはあるが何とか運べる。毒晶石ひとつ、鉱石二つを回収し、俺たちは三階層への門があるという北東へ、魔物を狩りながら進んでいった。
◆◇◆
草原の丘に生えていた二本の大樹。その間を潜ると、辺りの光景がまた変化した。
「……同じ『曙』でも、空の感じが変わったな」
「それに、木が増えてるわね……最初はまばらだったのに」
五十嵐さんの言うとおり、遮蔽物が多くなった。こういう地形だと難易度が上がった感があるので、無理をして攻略せずに他に行くというのもあるだろう。初級迷宮自体は、ここ以外にも複数あるのだから。
(ここを攻略するほうが効率がいいのか、どうなのか……うーん。とりあえず敵の強さを確かめたいが……ん?)
「…………」
テレジアが反応し、武器を構える。向こうの木の陰から、中型犬くらいの大きさの動物が出てきて――そして。
「――ギォォォォォッ!」
金切り声のような悲鳴を上げて、いきなりこちらに猛進してくる。ワタダマで慣れてはいるが、地面を走るその速度は寒気がするほど速い。
「こわっ……な、なんですかあの声っ……」
「話は後だ、五十嵐さん、テレジア、まず撃ちます! ミサキ、前には出るなよ! スズナ、心持ち俺の斜め前に出ろ!」
「はいっ! 『当たって』……っ!」
◆現在の状況◆
・スズナが『皆中』を発動 →2本連続で必中
・スズナの攻撃が『ゲイズハウンド』に命中 支援ダメージ11
・アリヒトの攻撃が『ゲイズハウンド』に命中
――まだ息がある。そこに間合いを詰めていた五十嵐さんが、『ダブルアタック』を打ち込もうとする――。
「ギォォンッ!」
「っ……!?」
◆現在の状況◆
・ゲイズハウンドが『凝視』を発動 →『キョウカ』がスタン
(まずい……状態異常持ちか……いや、テレジアがいる!)
『ゲイズハウンド』が動きを止めた五十嵐さんを狙おうとしたとき、テレジアはアクセルダッシュで追いつき、『ウィンドスラッシュ』を放つ。
「ギャフッ……!」
「五十嵐さん、『しっかりしてください』!」
「っ……身体が動く……これならっ!」
俺の『支援高揚』が功を奏したのか、五十嵐さんはすぐに復帰する。そして彼女は今度こそ、渾身の力を込めて『ダブルアタック』を放った。
◆現在の状況◆
・アリヒトが『支援高揚1』を発動 →パーティの士気が11向上
・キョウカが士気を消費して『スタン』から回復
・テレジアが『ウィンドスラッシュ』を発動
・『ゲイズハウンド』に命中 ノックバック小 支援ダメージ11
・キョウカが『ダブルアタック』を発動
・『ゲイズハウンド』に一段目が命中 支援ダメージ11
・『ゲイズハウンド』に二段目が命中 支援ダメージ11
・『ゲイズハウンド』を一体討伐
「やった……!」
「――キョウカ、気をつけて! まだ近くに『何かいる』っ!」
「えっ……きゃぁぁっ!」
◆現在の状況◆
・何者かが『ブレイクタン』を発動 →キョウカの『シルク・クロース』が破損
――どこに潜んでいたのか。ゲイズハウンドを仕留めて一息ついた五十嵐さんに、何者かが攻撃を仕掛けてくる。
(見えない敵……そうだ、カメレオン……そういう魔物がいるって分かってはいた。エリーティアは何故反応できた……そうか、テレジア……!)
「――スズナ! テレジアの示す方向を狙ってくれ!」
「は、はい……っ!」
皆中の効果は二本連続で続く。スズナは俺の言うとおりに、テレジアが示す方向に弓を放つ――それは賭けだったが、魔物がそこにいると理解して撃つなら当たる、そう信じるしかない……!
◆現在の状況◆
・スズナの攻撃が何者かに命中 支援ダメージ11
・何者かの正体が『プレーンイーター』と判明
スズナの放った矢が『何もいない空中』に突き立つ――そして姿を現したのは、渦巻き状の目を持つ、カメレオンを怪物にしたような魔物だった。
脳天に矢が刺さっているというのにまだ絶命しておらず、プレーンイーターは反撃しようとする――だが、その前にエリーティアが動いていた。
「――果てろっ!」
◆現在の状況◆
・エリーティアの『ソニックレイド』が発動
・エリーティアの『スラッシュリッパー』が発動 →『プレーンイーター』に命中
・『プレーンイーター』を一体討伐
まさに一撃――居合抜きのごとく、剣を鞘から抜いたところが見えなかった。プレーンイーターは真っ二つになり、紫色の血しぶきが上がる。エリーティアは十分すぎるほどに距離を取っており、返り血を浴びることはなかった。
「五十嵐さん、大丈夫ですか!?」
「え、ええ……大丈夫よ後部くん、どこも痛くは……」
俺が駆け寄ると、五十嵐さんは無造作に振り返る。すると、見えてはならないものが俺の視界に思い切り映った。
「す、すみませんっ!」
「えっ……きゃぁぁっ!?」
鎧の胸のところ――鎧下として着ていた『シルク・クロース』が破損して、片方の胸が見えてしまうほど、大きく破れてしまっていた。
「ど、どうしてこんな……防具だけ狙う魔物なの……?」
「何か特殊な攻撃をして、鎧を狙ってくるのね……透明化といい、こんな敵が初級迷宮にいるなんて」
リヴァルさんたちですら何も言わなかったのは、遭遇率が低いからなのだろうと思いたい。カメレオンのブーツは、プレーンイーターから作られたものなのだろうから、倒した探索者は過去にも居たのだろうが。
「…………」
「あ、ああ……ありがとう、敵はもう近くにはいないんだな」
テレジアは俺のところに戻ってきて、周囲の安全を伝えてくれた。プレーンイーターが群れを作る魔物でなくて良かった――運が悪ければかなりの被害が出てしまう。
「スズちゃん、お裁縫得意だったよね」
「はい、お裁縫セットを持ったままでこちらに来たので、ある程度は繕えます……でも、布を食べられてしまっているので、代わりのものが必要ですね」
「背に腹は変えられないから、スカーフを当てておいたら?」
「見られた……後部くんに見られた……」
五十嵐さんのショックは大きいが、俺の申し訳なさも大きいので許してほしい。こんな形で見てしまっても、ラッキーとはとても言えない。
「…………」
「……テレジア、頼む。今はじっと見ないでくれ」
無言で見つめられると、内心は喜んでいるのでは、と言われているみたいで落ち着かない。プレーンイーターの『ブレイクタン』による被害を二度と出さないことが、俺にできるせめてもの五十嵐さんへの償いだと思った。




