第三十二話 レディアーマー
日本人が異世界に行っても、服装などに順応できないのでは――というのは、五十嵐さんには当てはまらなかった。
「え、えっと……小手と具足っていうのもつけてみたけど。見た目よりも重くないのよ、『軽量化』がついてるから」
五十嵐さんは顔を赤らめつつも、装備について解説してくれる。彼女の鎧を鑑定した巻物には、その内容が今も表示されている。
◆ライトスティール・レディアーマー+3◆
・『スティール』でできている。
・『軽量化』の改造がされている。
・『回避力』が向上する。
・『間接防御』を少し強化する。
・『魔法防御』を少し強化する。
前方の『ライトスティール』は素材名らしく、『+』は付加されている要素の数を示している。
「防御力が数値で出れば分かりやすいんだけど、それは見た目で判断するしかないのかな」
「『スティール』で『レディアーマー』だと、だいたいこれくらいの防御力という目安はあるわ。数値化するのは、実際に何度か攻撃を受けないといけないから大変でしょうね」
先輩であるエリーティアがついていてくれると、解説が即座に入るので非常に助かる。素材と防具の種類でベースの防御力が決まるというのは分かった。
「……俺はやるつもりは今のところないが、仲間同士で防御力のテストをしたりってこともあるのか?」
「必要に迫られれば、そういうことをする探索者もいるでしょうね。前衛が敵の攻撃に耐えられる回数が一度違っただけで犠牲が出てしまうし、パーティが崩壊する可能性もあるから」
全滅さえ避ければいいというものではない、俺は一人のパーティメンバーも失いたくない。戦闘を楽にする技能だけでなく、いざとなったら無事に撤退する方法も確保しておかなければ。
「……それにしても五十嵐さん、あつらえたように似合いますね」
「そ、そう……? 前垂れがあるのはいいけど、横側が少し……」
「わー、かなり切れ上がってきわどい感じになってますね。水着を着る時みたいに準備が必要なんじゃないですか?」
「大胆な装備ですね……でも、素敵です。私もいつか、こんな装備をする時が来るんでしょうか……」
「レディアーマーは戦士職向けの装備だけど、巫女向けの装備の中にもファンタジーっぽいものはあるかもな」
「あ……『ファンタジー』という言葉、ときどき転生者の方が口にされますよね。転生される前の世界と比べると、迷宮国は幻想的な場所なのでしょうか?」
この世界で生まれたファルマさんにとっては、迷宮国は幻想的な場所でも何でもない。そういうことを改めて確認させられる。
「俺たちの国で想像上で語られることとか、幻想の世界で起こるとされていることが、ここでは当たり前に起きています。今でも驚きの連続ですよ。五十嵐さんの鎧姿も、神様とかすごい力を持つ戦士とかが、そういう姿をしているものとして想像されてました」
「ほんと、『ヴァルキリー』そのものになっちゃいましたよねー。あ、私もそういうの少しだけなら分かりますよー」
「……わ、私も、少しだけなら……お話の中で見たことがあります」
「初めは自分が、お話の登場人物みたいな格好をしてると、恥ずかしいと思うわよね。でもどんなに抵抗がある人でも、そのうち絶対に慣れるものよ……で、でも、キョウカは色々な意味で周りの人達の注目を集めそうね」
「……ここだけはどうにかならなかったのかしら……鎧なんだから、覆ってくれていいのに」
レディアーマーは胸を支えるような構造は持っているが、胸を覆う装甲がなく、肌着のように着ている鎧下が見えている状態だ。縦セーターでもその起伏を主張していた五十嵐さんの胸が、遺憾なく存在感を放っている。
(うーん、でかい……と口を滑らせそうになる。ルイーザさんは規格外だが、五十嵐さんも日本人では最胸クラスなのでは……)
「……その定期的に視線を移動させるの、カルマ対策?」
「い、いえ、やましい気持ちは一切ありません。せっかく似合ってますから見たいですけど、あまりじっと見すぎるのも失礼じゃないですか」
「ほんとにすごいですよねー、私が着たらぶかぶかになりそうですもん」
「女性でも見てしまいますね、完ぺきに着こなされていて」
ファルマさんも職が罠師でなければ普通に着こなしそうだが、胸はさらに大変なことになるだろう。もちろん体型に関係なく、戦士職なら装備できるとは思うが。
エリーティアは胸を装甲がしっかり覆っている鎧で、『ハイミスリル・ナイトメイル+4』なんていうすごく強そうな装備だ。『超軽量化』なんていう付加効果がついているので、剣士の命である速度が殺されない、理想的な防具といえる。
「兜はクラウンが見つかったので、それを着けていただいています」
「ああ、いいですね。あとは外を歩くときの『外套』ですが……」
「それについては箱から見つかったものには含まれていませんでしたので、私のものをお譲りします。身長が私のほうが少し高いので、丈はぎりぎりになると思いますが」
「ありがとうございます、何から何まで。はぁ……外套があれば何とか……」
カチャカチャと音を立てる鎧がまだ落ち着かなさそうな五十嵐さん。正直言うと、異世界の装備を見事に着こなしてしまう彼女が羨ましくもある。
「後部くん、金属の鎧が他に見つからなかったんだけど、『ハードレザー』の防具ならあるわよ」
「ありがとうございます。硬く加工した革ですか……これって素材は何なんですかね?」
「『湿地の水牛』という、『午睡の湿地』という迷宮にいる魔物の革です。八番区にある初級迷宮の一つですが、文字通り、こちらを眠らせてくる危険な魔物が出没するので、あまり足は運ばれません」
俺は武器なら何でも使えるが、防具はそうとは限らない。しかしスズナはさらに装備が制限されており、ケープ以外には装飾品しか装備できそうなものがなかった。女性陣はファルマさんとエリーティアのアドバイスを受けながら、装飾品を選び始める。
俺は今までの防具を外し、『ハードオックスメイル+2』を装備した。考えてみると、この装備は他の探索者が身につけていたものなのでは――と思うが、見た目では使用感などは分からない。
(出処がどこであっても、使えるものは使っていくしかない。自分専用に一から作った装備も、ゆくゆくは欲しいが……)
他に使えるものはと探すと、『チェイングラブ+1』というのがあった。見た目は布製の小手を鎖帷子で補強してあるもので、指ぬきグローブのようになっており、武器などが扱いやすいように作られている。
その鑑定結果を記載した巻物を見て、俺は思わず声を上げそうになった。
◆ライトスティール・チェイングラブ+1◆
・『スティール』でできている。
・『軽量化』の改造がされている。
・味方を強化する技能が少し強化される。
(これだ……! 強化する技能に、俺の支援技能が含まれていれば……!)
「私、指輪をつけるのは初めてで……」
「サイズがまちまちだから、使えそうなものはあまりこだわらずにつけるしかないわね」
「薬指につけるのって勇気いりますよね~、小指もある意味そうですけど。あ、私はつけたことないですよー、おもちゃの指輪しか」
「テレジアも指輪が気になるの? あなたにはこれがいいと思うわ」
「…………」
「効果よりデザインを重視したいってことですかー? テレジアさんも女の子ですねー」
女性はやはり装飾品に心惹かれるということか。みんながわいわいと選んでいるところを、ファルマさんは微笑ましそうに見ていた。
◆◇◆
ファルマさんに『運び屋』を手配してもらい、銀行に硬貨の詰まった袋を預け、さらに貸し倉庫を借りて持ちきれない『+つき』の装備などを収納した。貸し倉庫一つにつき月に金貨一枚が必要だが、それくらいの投資はどうということはない。
町の中心にある食堂で昼食を取ってから、俺たちは迷宮の入り口に向かった。レイラさんは傭兵斡旋所で他の探索者の対応をしていたが、俺たちを見ると手を上げて挨拶してくれる。
迷宮前の広場では、今日もマドカが露店を開いている。転生者がまた訪れたらしく、かなり盛況だ――配布する以外の装備も売れている。
「あっ、お兄さん、おはようございます!」
「ああ、おはよう。マドカも元気そうで何よりだ」
「仲間の方がすごく沢山……それに、とても良い装備に変わってます。探索が大成功したんですね」
「おかげさまで、色々上手くいったよ。マドカにも何か礼をしないとな」
「い、いえ、私は装備を売るのがお仕事ですから。お兄さんのお気持ちだけで……」
「お店屋さん……はい、アリヒトお兄ちゃん!」
「いや、お兄ちゃんでもないし、挙手もしなくていいが。ミサキ、どうした?」
何をするかと思うと、ミサキは目を輝かせて、マドカの手をがっしと握った。
「えっ、あ、あのっ、どうされたんですか?」
「武器商人さんとギャンブラーって、相性がいいと思わない?」
「ちょっ……な、なんだその雑な勧誘は。悪い、いきなり誘ったりして。俺の監督不行届きだ」
「い、いえ……その、何と言いますか……急だったので驚きましたが、私もそろそろ、レベルが1まで下がってしまいそうなので、探索に出たいなと思っていたので、この方に考えを読まれちゃったのかと思いました」
「ほんと!? ほらー、お兄ちゃん、勧誘はやっぱりフィーリングを重視しなきゃ。この調子で仲間を増やすぞー!」
俺のパーティに固定で入ってもらうというわけじゃないが、『商人』のマドカに、必要なときに同行してもらうこともできるようになったということか。
「あの行動力は素直にすごいわね。友達作りとかすごく得意そう……羨ましいわ」
「ミサキちゃんはどこでも友達を作っちゃうんです。知らない人とも、物怖じせずに話せてすごいなって思います」
『商人』は非戦闘職だが、他の中衛系と比べてまったく戦えないというわけでもないらしい。ワタダマなら倒せるというので、ミサキと行動してもらっても大丈夫そうだ――レッドフェイスが出たときは巻物で脱出すれば危険はない。俺が監督するというのも、必要なら視野に入れておこう。
(守備に特化した前衛探しもしないとな……お、あの人はそういう職かな)
リヴァルさんのパーティには、大盾を持った男性がいる。弓を持った女性、杖を持った男性もいて、攻撃担当らしいリヴァルさんも入れてバランスのいいパーティだ。
「おう、今日こそ三層踏破か。三層にはまた違う魔物が出るから気をつけろよ」
「はい、気を抜かず行ってきます」
仲間たちも挨拶をして、迷宮へ潜っていく――三度目の潜入。初級迷宮の最深部はもう攻略しつくされているだろうが、何か得られるものがあるといいのだが。
◆◇◆
一層に入ってすぐ、まばらな木を目印にして野原を進んでいると、ワタダマが五匹現れた。
エリーティアはあえて戦闘せず、中衛の五十嵐さん、テレジアが前に出る。まず、俺とスズナの射線を開けてもらって敵の数を減らす。
(……そういえばミサキも、いちおう投射武器だったな)
「ミサキ、武器を投げてみろ!」
「うん、やってみるっ……!」
◆現在の状況◆
・アリヒトの攻撃が『ワタダマ』に命中
・スズナの攻撃が『ワタダマ』に命中 支援ダメージ11
・ミサキの攻撃が『ワタダマ』に命中 支援ダメージ11
・『ワタダマ』を3体討伐
「す、すごっ……ただ鉄のサイコロを投げただけなのに……」
ギャンブラーは短剣なども装備できるが、サイコロ、カードなどを戦闘用に改造したものを使うこともできる。俺も装備はできるが、スリングの方が普通に強い――しかし『支援攻撃』してやると、ワタダマなら一撃だ。
(支援ダメージが1増えてる……チェイングラブの効果だ。こういう装備は優先して集めていかないとな)
防御、回復についても効果が期待できる。低レベルのうちは1ポイントの差だからといって侮れない。
「残りは私たちに任せて……行くわよ、テレジアさんっ!」
「――っ!」
鎧を身に着けているとは思えない速さで駆け、五十嵐さんがクロススピアを突き出す。テレジアもショートソードを一閃し、敵は簡単に一掃された。
「ふぅ……私の華麗なサイコロで倒しちゃいましたね」
「アリヒトさんが後ろにいてくれると、攻撃が強くなるの。でもミサキちゃんのサイコロ、よく当てられたね」
「運だけはいいからね、私。当たれって言うとだいたい当たるから」
その運のよさでも毎回『箱』が出るとは行かない。ここではもう、箱の出現数が制限に引っかかっているのかもしれないが。
「新しい技能は、オークと戦うときから試してみるつもりよ。後部くん、それでいい?」
「はい、お願いします。テレジアも『ウィンドスラッシュ』を使ってみてくれ」
指示を出し、ふたたび隊列を組み直して先に進む。エリーティアは遊撃ということで特に位置を固定していないが、何か思うところがあるようなので呼んでみた。
「……なに?」
「悪いな、ワタダマとはいえ気を使ってもらって。何もしないと退屈だろ」
「そ、そんなこと……あなたたちの成長が大事だから、子供っぽいことは言わないわよ」
「それなら良かった。もし取りこぼすようなら、遠慮なく手伝ってくれ」
「うん、そのつもりで控えてる。あなたの『支援』、また受けてみたいしね」
五十嵐さんと同じく、みんな支援するほど機嫌が良くなるのが分かる。まあ普通のパーティでも、応援されれば悪い気はしないし、そうやって信頼を積むものだ。
(……そうだ、『支援高揚1』って技能を取ってたんだ。これは自動で働かないみたいだから、次の戦闘で試してみよう)
それから遭遇する敵には特に苦戦することなく、俺たちは二階層まで順調に移動した。うろついているオークの数はかなり減っているが、目的の方向に何体か居るので、普通に進めば戦うことになる。
「次は新しい技能を使ってみよう。スズナ、勿体無いかもしれないが、『ドクヤリバチ』が出たら『皆中』を使って狙ってみてくれ」
「はい、やってみます」
俺は援護射撃をしたあと、『支援高揚』を使う。士気が10ポイント上がるというのは、どういうことなのか――俺たちに気づいたファングオークが殺気立ち、集まってきても全く怖いとは感じない。それも成長の証なのだろうと思いながら、本日六度目の戦闘に突入した。




